納棺とは関係のない話ですが
人の最期の時に触れることがあると
たまにですが
その方の人生の色々な事に
触れてしまうことがあります。
そんな時に平常心で接することができるようになったのも
今までの自分の生き方があったからかなと
ちょこっと書いてみてます。
で、続き
義母の言動で泣いた時や
裁判などで
私的には子供たちには
何でもない
と言う顔をしていたつもりでも
結構しんどそうな顔してたんだろうなと。
だから最期にいろいろあったときに
長男は家の「長」としてふるまったんっだろうし
下の子は寄り添うようにしてくれていた。
細かいことは
ずいぶん書いたので(1~2月頃)
端折りますが
自分を守ることは
家族を守ること
につながりますね。
あとちょっとだけ
つづく