JR東海道本線 米原駅 (滋賀県米原市) | ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館

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 前回の東京オリンピックに合わせて昭和39年に東京~新大阪間で開通した日本初の新幹線。途中静岡や名古屋、京都など沿線の主要都市に停車駅が設けられたが、その中のひとつとして駅が設置されたのが米原。県都の大津は京都に近すぎたから仕方ないとして、近江八幡や彦根ではなくなぜ米原だったのか。というのは当時の米原は市ではなく坂田郡米原町。東海道新幹線の駅で唯一郡部に作られたのである。東海道本線と北陸本線の分岐駅で鉄道の要衝の地であり、福井や金沢方面からの乗り換えの便を優先したためであろうが、それにしても他に新幹線駅が設けられた自治体に比べると、やはり見劣り感は否めない──
 そんな"郡部の新幹線駅"状態は、21世紀になり平成の大合併で米原市が誕生するまで実に40年以上も続くことになる。その後山陽新幹線が小郡(当時の小郡町、現在山口市に編入)に停車し、東北や上越などあちこちに新・新幹線ができて以降も新白河や越後湯沢などに停車するようになり"唯一の"ではなくなったが、米原駅は長らく郡部の駅であった。人口も米原町時代は1万人前後、他3町と合併して市になった時にも4万人ちょっとであり、自治体規模だけで見ると「ここに新幹線駅? 県都を含め他に主要都市が沿線にいくつもあるのに?」な気はしてしまう。鉄道路線的には乗換接続の便もよく、利用客にとっても都合はいいだろうけど、それら乗客の中に。果たして米原駅の改札を抜けて駅の外に出る人が果たしてどのくらいいるだろうか…? 駅構内の移動だけで完結してしまって自治体内で買い物や食事をしてくれなければ自治体にお金が落ちないわけで、米原の街的には旨味はどの程度? などという他所者の勝手な詮索を禁じ得なかったりする──
 その米原駅には、僕は米原町時代と米原市になってから、それぞれ1回ずつ降り立ったことがある。上述の通り移動の大動脈である主要幹線の分岐駅かつ新幹線停車駅であると同時に操車場なども併設されてるため、構内及び鉄道関連施設のスペースはかなり広い。駅の中だけ見てると結構な大都市を彷彿とさせられてしまう。が…、その外の様子というのが、地平駅であるのにほとんど窺えない。米原の街並みってどこに開けてるの? なんて思いながら僕は改札を抜けて外に出て見た…。何もなかった──いや、民家や商店はそれなりにあったし、決して人里離れた場所ではないけれど、市街地的なノリも駅前的なノリも特になかった。
 てか、他の新幹線駅のような高架ではなく地平駅だからというのもあるだろうけど、駅舎が小さい。新幹線駅のたたずまいという以前に市の代表駅という感じもない。駅ビルはもちろんだがコンビニも併設されておらず、西口と東口、線路の両側に入口が開けてるが、いずれもほとんど駅機能のみで改札も少なく、さほど多くの入出場客を捌く仕様にはなっていない模様。実際改札を出入りする人もかなりまばらである。東口にはここを起点とする近江鉄道の駅も隣接しており、そっちへの乗換移動もあるだろうに…。
 ──つまりは、これと言って見どころを見つけられなかったわけ。市になる前の頃はもちろん、2度目の訪問は今から4年前、市になって10年は経ってたのだが。ただ、ロータリーは広々としており、バス路線も敷かれてるようなので、あるいは駅から離れたどこかに市の中心街があるのか? 元々宿場町であり鉄道敷設前から街道の分岐点として交通の要衝だった場所だから、やはり駅周辺が市街地ではないかと思うのだが。鉄道関連の用地があれだけ広大なだけに、余計に街並みがそれと対照的な印象を受けてしまう。
 米原から東海道本線上り方向、関ヶ原までの4駅間は本数が極端に少なく、在来線で行くのは結構困難であるし、駅周辺に長い待ち時間を潰せそうなスポットは見当たらない。東京方面への帰りは、あきらめて新幹線を使うことにした。それでもこだましか停まらない駅なので、こちらも少なからずホームで待たされた──