ツイッターで議論は無理でしょう | ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館

ちょいと、戯れ言横丁・テーマトーク館

春原圭による、よろず文章読み物ブログです。読んでくれた皆様との忌憚ない意見交換を重視したいと考えておりますのでよろしく。









 ツイッターのタイムラインを見てると、自分のオピニオンを滔々と述べてる人をよく見かける。日本の状況を慮る憂国の士だったり、ビジネスコンサルタントだったり、ベンチャー企業の経営者だったり…。そういう人たちが自らの信念に基づいた持論を展開してるのだが…、何しろ140文字以内という制約の中なので、本人が言いたいことが完全に伝えきれないことが多く、またそれを読む側も真意を理解し切れない状態で自分の解釈の範囲で反論したりするものだから、それが全く噛みあわない不毛な議論になってしまってる状況をタイムライン上でいくつも見かける──
 で、こういうオピニオンを述べる人というのは、自分自身に強い信念があるつもりなので、いろんな見解が考えられる事柄についても往々にして断定口調になり、違う意見の持ち主がそれと相反する意見をメンションで述べると、ムキになって反論してくることが多い。その反論も断定的な決めつけ口調(という印象を抱いてしまう。上述の通り文字数も少ないのであるいは本人にそのつもりはないのかも知れない)になってしまってるので、言われる方もカチンときて売り言葉に書い言葉の応酬が始まって、やがて不毛な対立──この図式はブログや掲示板でも、リアルな議論でもありがちではあるのだが、文字数の制約があるツイッターではその傾向が特に強いような気がする──
 僕もツイッターアカウントを持ってて、頻繁にツイートしてるけど、そんなわけで自らの持論展開や社会的発言はもっぱらこちらのサイト記事の方でするようにして、ツイッターではたわいもない駄弁を中心としている(ちなみに結構下ネタもつぶやいてるんでフォローは要注意、と言っておきますw)のだが…、それでもたまに「なんだこいつ…」という勢いでメンションで異論を相手に送ってしまうことがある。そして、それに耳を傾けてもらえることは、まずない──
 まあ、ツイッターに関しては、フォローする相手もされる相手も、そんなに深入りはしないゆるいつながりのツールなので、気に入らなかったり不毛だと思えばあっさり議論を打ち切って、アンフォローするなりブロックするなりすればいいので、ある意味気楽ではあるのだが、しかしその気楽さで好き勝手言い放ってるのだとしたら、それもまた問題ではないのかな、と。
 ネットで議論はするものではない、というのは以前から感じてることではあるのだが、ツイッターでは特にそうである、というのは僕以外の多くの人が感じてるのではないだろうか。ツイッター上の論客たちも、そのことに早く気がついて欲しいな、と思うのであるが…、しかし経営者だったり、その経営者たちにアドバイスする立場だったりと、それなりの社会的ステータスを持ってるはずの人たちにこんな説教しなきゃならないってのも何だかなあ…、なのである。