このことわざが「他人に情けをほどこせば、その情けはめぐりめぐって自分にも戻ってくるものなのだ」という意味であることは、これをお読みの大半の人には説明は不要かと思われる。どのことわざ辞典にもそういう意味で載っている。間違っても「むやみに情けをかけると相手が人の情けばかりを期待して甘えを持ってしまうので、結局はその人の為にはならない」という意味を載せたことわざ辞典は存在しない。当然この解釈は全くの誤りである、本来的には──だが、実際には後者の意味だと解釈してる人がとても多く、このことわざを会話の中で引用する際にもそれを踏まえた上で行わなければ解釈の取り違えで話がとんでもない方向に行きかねない。 実は僕はこのサイトの各コンテンスの記事では多かれ少なかれ「正解を知ってるだけの単なる"物知り”では意味がない。応用例や例外事項、とりわけ誤用例のケーススタディができてて、それらを踏まえて適用ができるかが肝心なんだ」というスタンスでいるのだが、その格好のテキストがこの『情けは人の為ならず』ということわざだと思う。会話の流れの中で「お? この人、間違った方の意味(情けはその人のためにならない)で使ってるな」というような場合、それを踏まえてそっちの意味で話をつなぐか、話の腰を途中で折って「おまえ、そのことわざは使い方が違うだろ」と正解を教えようとするか…。その場が気まずくならず、相手との関係が円滑に進むのは当然前者である。 考えてみれば「情けをかけることで相手が甘えてしまう」というのが間違いというのは、あくまでもことわざ本来の持つ意味がそうではない、ということなのであって、この考え方自体は決して間違ってるわけではない。もちろん本来の意味通りの「情けは結局自分に戻ってくる」という考え方もその通りである。ケースバイケースで前者の意味がふさわしい場合もあれば、後者の意味がふさわしい場合だってある。要はその会話の中に出てきた、情けをかけられようとしてる人がどちらのタイプの人物か、あるいはそのことわざを口にした相手の言う“情け”の性質はどうか、それはホントの情けなのか、ということが問題なのだ。どちらの意味が正しいか間違いかというのも、言葉そのものの語義ではなく、結局はそれを適用する、適用される対象の性質次第なのである。 もっとも、だからことわざの意味を間違って覚えてる人をそのままにしといていいってわけではない。その会話とは別の機会にでも、軽いノリで正解を教えてあげる方がいいだろう。でないとTPOによっては、間違った意味でことわざを引用するとやはり恥をかくこともあるだろうから──ただ、本来の正解のみにこだわらず、相手の誤用にはなるべくフレキシブルに対応しようね、っていうアドバイスもぜひとも忘れないようにした方がいいですけど、ね…。 |