論語の中で「子は怪力乱神を語らず: 先生(孔子)は神や不思議な力などを
語ることが決してなかった」という一節があり、「子」で「君子」ではないので、孔子自身が言わなかったということですが、「君子=指導層」は怪力乱神を語るべきではないと孔子が考えていた。でも孔子は
「怪力乱神を語らず」と言っていても、神や不思議な物を信じるなと言っているのではない。
でも、ファーストレディは言わない方がいいのでしょうね。
首題の本はハヤカワ・ノンフィクション文庫、著 スーザン・A・クランシーです。
また、『コンタクト』など科学啓蒙書で著名なカール・セーガンも、「悪霊にさいなまれる世界」で警鐘をならしている。科学的な考え方はわれわれの方法論の中でベストの持ち駒であり、「人類は誤りを犯すもの」という前提(Fallibility)が、そこに組み込まれている。
ちなみにこの方は、カールおじさん。

小学校の恩師が逝去された。
博多に帰った時にお見舞いとか同窓会やっておけば良かった...今年2回も帰ったのに。
闘病されていることも知らなかった。
大チョンボ。
大失敗。
1945年6月19日の福岡大空襲の体験を語り継ぐ市民グループ「証言者の会」世話人の川口勝彦(かわぐち・かつひこ)氏が22日午前7時52分、肺炎のため福岡市内の病院で亡くなった。76歳。福岡市博多区出身。自宅は福岡市早良区梅林7の29の8。葬儀・告別式は24日午後1時から福岡市中央区警固3の1の7、メモリード九州福岡典礼会館で。喪主は妻喜久子(きくこ)さん。
大乗寺前町(現博多区冷泉町)の博多織職人の家に生まれた。大空襲に遭ったのは12歳の時。銀行の地下壕(ごう)で焼死した約70人の遺体が並ぶ光景を見たのが、「平和を創(つく)る」と自ら表現した運動の原点となった。
小学校で教壇に立つ傍ら、70年代から福岡市内の小中学校で戦争体験を語って回った。93年には、終戦直後に米軍が福岡市民から聞き取った調査書を翻訳するグループを立ち上げ、5年後に「福岡空襲とアメリカ軍調査」を出版した。
2005年に食道がんを患うが、病と闘いながら活動を続けた。今年5月には福岡大空襲のフィールドワークで講師役を務め、6月19日の福岡市戦没者追悼式にも出席した。8月15日付の本紙都市圏版の記事「戦争体験者、政権公約に思う」でも、戦争の愚かさを強く訴えた。
=2009/09/23付 西日本新聞朝刊=

