マーブルが虹の橋を渡った日もまだ暑かったなぁ~
あれから4年が経ちます。
今日はマーブルの命日です。
その時は思い出として残せたらと思い綴っていました。
4年前の様子ですがその時の記事コピーですが
アップします。
今、マーブルは腎不全と戦っております。
それも病気がわかったのは先月の20日
それまでは今までと何一つ変わらずとっても元気に
過ごしておりました。
いつもならチョコより早くがっついて食べるのに、
少しだけご飯をすぐに食べないかな~?っていう感じで1週間くらいはそんな感じでした。
ただ急に食べなくなり長女が1粒づつまた1粒づつあげてやっと完食。
その時に、知り合いの医者にも鼻がきく娘というくらいに言われている長女娘が
ママ!マーブルの口から魚が腐った臭いがするよ!!と。
お口を見てみると奥歯辺りは歯垢が溜まっていたし、きっと歯槽膿漏だねと
以前パパが飼っていたマルチーズが歯槽膿漏でお口も臭かったと言う会話をして
念のために明日、病院へ連れて行くね!と。
今朝、歯槽膿漏じゃ!硬いのが嫌なんだな!と思い
フードをふやかしてあげたところチョコよりも早くに完食。
あ~やっぱり!歯槽膿漏だわ。。。
そして病院へ連れて行って先生にご飯を食べない。今朝、フードをふやかしたら食べた。
そしてお口が臭いと告げると、
臭いを嗅いで、歯槽膿漏はこんな臭いじゃない!!
ちょっと血液検査をしよう!と。
そして検査結果が…。
なんとBUN(尿素窒素)140 器械の限界数字なので実際にはそれ以上かも!と…
クレアチニン 9.0
他も正常値ではないものもあるけれどとにかくBUN・クレアチニンが異常の数字になり
もう愕然。
急性腎不全かも?ということで即入院しました。
急性腎不全の場合にはある程度改善される。
その言葉を信じて10日間入院しました。
入院中は長女は受験生なので、夏期講習がみっちり入っていたために
面会に行けず次女と行ってました。
しかし、値がある程度まで下がる事がなく皮下点滴をやればやるほど
貧血の値が下がっていってしまうと何とも悪循環な結果だそう。
結果、急性ではなく慢性腎不全だそうです。
マーブルはとにかくどんな人にも愛される人懐こい性格で
いつも腰フリフリ元気一杯のワンでした。
なので誰もが体の変化に気づかず、いやこのの病気は
なかなか気づかないそうです。
マーブルの場合ほんとうに末期になるまで気づかなかったくらい
元気だったんです。
貧血がなければ皮下点滴の量を増やしてBUN等下がってくるのだけれども
量を増やす事によって貧血が輸血限界までになってしまう。
退院してから、通院で皮下点滴治療しており
療法食も初めは食べていたけれど、やはり栄養制限されているフードなので
味がいまいちなのか? 食べない。
ペットショップで同じメーカーのウェットタイプがあったのそれをあげてみたら
すぐに食べてくれて安心。
ドライと混ぜてあげていたら10日の夜から全然食べなくなり
11日はとうとう胃液まで吐いてしまった。
11日はパパと一緒にどうしても出かけなくていけない用事があり、
幸い長女が家に居てくれて何度か連絡をやり取りをして黄色いのを吐いた!と聞いた時は
出先だったので落ちつかなかった。
お口の臭いもだんだん強くなってるいる感じ。
これはすでに尿毒症の症状でアンモニア臭なのです。
今朝、朝一番で病院へ連れて行きとうとう食べ物を受け付けないです!
何度か吐いた事を告げると即入院しましょう!と。
そして夕方面会に長女と行き血液検査の結果を聞き、
今の状態が極めて厳しいと告げられてこのまま入院治療をしていても
もしかしたら入院中に亡くなってしまうかも…。
こんなに急激な速さで進行するなんて先生も驚いていました。
どっちにしても皮下点滴を続けなくてはいけないし
今後更にマーブル状態は悪化するのは確実だし、衰弱し、かなり辛い思いをする。
マーブルの事を一番に考えた上で先生から選択肢の事も話され
マーブルちゃんのご家族で話し合って下さいと言われ一緒に説明を聞いていた長女も
私と一緒に車の中で泣いて家に帰りました。
そして次女が部活から帰宅し、パパも帰宅しマーブルの今の状況を話しをして
明日退院させて家に連れて帰ってこようという事に。
マーブルは今ほんとうに小さい体で病気と闘っています。
今日も検査等がある為夕方マーブルを迎えに行った。
事前に退院の連絡を入れていなかったために
迎えに行った時はまだ点滴の先の管がくっついており
昨日夕方面会に行ったより衰弱してるなと思った。
でもいつもながら先生や、スタッフの方に尻尾はプリプリ。
検査結果はBUN140.0以上・クレアチニン9.0 クレアチニンが若干下がっただけで
何とも凄まじい値。
そし赤血球数が202万 昨日216万でまたさらに減っている。
ヘマトクリット値13.7% ヘモグロビン4.8 それぞれ昨日より減っていて
もうこれはかなりの限界にきている値だと思う。
貧血がかなりひどくもうすでにマーブルは必死に生きてるんだと思う。
帰る途中、塾に向かう長女にちょうど会い明らかに衰弱している姿に驚いていた。
でも「マーブル!マーブル!帰ってきたのっ!」と長女の問いかけに
尻尾はフリフリ。
どんなに辛くてもマーブルはマーブルなりの精一杯の
お姉ちゃんに会えて嬉しい!という純粋な気持ちなんだろうなぁ。
家に着いてすぐさま、義母にマーブル帰ってきたよ!と抱っこしながら
連れて行ったらあまりにも衰弱しているマーブルに驚いてしまい
ご飯の支度はやっておくからマーブルに付いていてあげてと本当に感謝。
サークルのベットにマーブルを降ろすともうすでにフラフラ。
そしてバタン!と倒れてしまった。
でもすぐさま立ち上がり何とかベットに寝る事ができた。
次女はマーブルが心配で部活が終わると息をきらして帰宅しマーブルは?と。。。
帰ってきてるよと聞くとあ~よかった!とすぐにマーブルの元に駆け寄って行った。
きっと学校からMAXで走ってきたんだろうな…。
長女は1度帰宅し、次女とまた塾に行く事になっているので
マーブル帰ってきたら遊ぼうね!と。
夕方長女が塾にいってる間、マーブルはあんなに衰弱していたのに
パパが帰ってきてパパも私も一段落ついた位から
サークルから出てきたり戻ったり、チョコのところへ行ったり
帰宅した直後のマーブルとは思えないくらい元気を取り戻していた。
娘達の塾の迎えもマーブルを一緒に連れて行き、
娘達が帰ってくると本当にビックリするくらいお目目がショボショボだったのに
一生懸命お目目を丸くし、お姉ちゃん達にたくさん撫で撫でしたもらったりしてた。
でも寝てる事が多くそんな中突然ゲージの中のベットで寝ていたマーブルが
あのフラフラしいる身体でよたよたしながら私の所へ寄ってきて抱っこをせがんできた。
しばらくして今度はパパのところへきて膝の上に乗ってきた。
そして今度は娘達がソファーに座っているところへ。
さすがにソファーには上がれなく
長女の足元へペタンと伏せした状態に…
私はふとその時、挨拶にきたのかな~って思った。
次女が寝る時にママは今日はリビングで寝てね!
マーブルの側にいてあげて!絶対だよ!!と。
はい!もちろんそのつもりでいました。
ほんとうは次女も一緒についていたいのだけど
部活での練習+塾が大変なので1度寝たらもう起きれない自分を重々わかっていて
私に念には念を入れお願いして自分の部屋に戻って行った。
電気を消して布団に入るとマーブルは身体が辛いのか
ベットに座ったまま横になろうとしない。
そしてやっと横になったかと思うと
また座っている。こんな状態が繰り返し。
しだいにベットから私の布団にフラフラと入り込んではその場所でまた
同じように繰り返していた。
その間、何度サークルの柵にバタンとぶつかったりしただろうか。
私もとてもそんなマーブルを見ていて寝れる状況ではなく
ただただ見守るしかなかった。
ほとんど寝れずにやっとうとうとしているとマーブルの異変に気づき
明け方の4時頃、マーブルの呼吸が荒くなってきたので
すぐに抱っこをしてひたすらマーブルを私の腕の中で
ずっとずっとずっとずっと…さすってあげた。
さすっている間中涙がどんどん溢れ出し止まらなく、
マーブル。マーブル。もうがんばらなくていいんだよ。。。
もうその言葉しかみつからなかった…。
マーブルは苦しさに絶えながらもワンともキャンとも何も言わず
ただただじっと私を見つめていた。
1時間くらいずっとさすってあげ、ようやく落ち付きをみせ
私の布団に横になりやっとマーブルと一緒に1時間くらいは寝れたのかな…
マーブルが少しだけ落ちついた為、少し寝れたのかもしれない。
朝いつもの時間に携帯電話のアラームがなりはッ!とマーブルを見ると
私の起きた物音に気づき横たわりながらマーブルも起きた。
そして娘達が次々と起きてきて明け方の話をしたらもう涙ぐみ
次女がマーブル!行ってくるね!また今日も遊ぼうね!と撫で撫でして
朝練がある為に早々と後ろ髪ひかれながら家を出て行った。
長女は部活を仮引退してる為、朝は、わりとゆっくり。
マーブルに話かけたり撫でたりと学校に行くまでずっと様子を見ていた。
実は昨夜、長女が寝る時に、
ママ!マーブルともっともっと一緒にいたいけれど
今、まだこのままのマーブルの状態だったら、そんなに苦しんでないから
ゆっくり寝てそのまま天国に行ってくれればどんなにマーブルは楽なんだろうね!
だれのせいとかじゃなく天国でゆっくり休めるのに…と私に言ったのです。
それは先日、長女と面会に行った時の話の選択肢の1つ、それは安楽死。
この事はマーブルが病気とわかってからいろいろとネットで調べたりしていたときに
見たことがあってそういう考え方もあるんだと考えさせられた事だった。
そして同じ事が我が家に…。
このことについてその夜、家族みんなで話をしたところ、娘達は涙を流しながらに絶対嫌だ!
辛いのはかわいそうだけど、だってそういう決断をしたら
自分達のせいでマーブルは死んじゃうんだよ。
後で絶対後悔する!
これからもっとマーブルの辛い姿を見るのは辛い。そして一番苦しく辛いのはマーブル
でも1分1秒でも一緒に多く過ごしたい。私もパパも本当に悩んだ。
そして、後悔しない為にもどんな状況になっても
みんなで最善を尽くしていこうと決めたのです。
本当に苦しい選択だった。
結果をだしたはずなににきっと長女は自分なりに、
ずっとずっと考えていたからこそでた言葉だろうと思った。
そうこうしてるうちに毎日皮下点滴をしなくてはという状況なので朝一番でと思い
マーブルを病院へ連れて行った。
点滴が始まり5分くらいしたら、だんだん身体がガタガタと。
しかも目が少し焦点が合ってきていない。
先生が神経が麻痺してきてるかも!そうしてるうちに今度は痙攣が始まってしまい
もう全身がガタガタ大きく痙攣。
私はこれが痙攣なんだと驚いてしまった。
なんとか娘さんたちが学校から帰ってくるまでがんばってくれればと
痙攣を和らげる注射をしてくれて若干おさまったもの、
刺激を少なくする為にとにかくそっと帰った方がいいと。
パパに連絡をとったものの近くにいないとの返事だったので
家に電話しても義母もいない。
私が焦っているとスタッフの方が私とマーブルを車にのせて行ってくれた。
家に戻りまだ少しだけ痙攣していて
どうかお姉ちゃん達が帰ってくるまでマーブルがんばって!と
語りかけていたら痙攣も全然おさまらずもうすでに目もおかしい、舌も白くなってるし。
しばらく側でついていたのだけれど、ちょっとだけ用を済ませる為に
マーブルから目を離しすぐさまマーブルのところへ戻ってくるとマーブルは
旅立ってました。ほんの数分だったのに…。
午前10時過ぎ頃でした。
マーブル!マーブル!マーブル!どんなに呼んでももうマーブルは動く事はなかった。
もう辛い思いしなくてもいいだよ!これでゆっくり休めるんだよ!よく頑張ったね!
私が戻ってきた時は義母がいたので、すぐに義母を呼びに行き、
マーブルの元へ駆け寄った。
義母もマーブルよく頑張ったと涙を流しながらまだ暖かいマーブルをしばらく撫でてくれた。
パパは急遽、家に戻っている途中だったけれど間に合わず、
帰ってきた時はまだ暖かかったので
マーブルの一番好きな格好にしてあげるねと形をととのえたり、
パパも泣きながらマーブルよく頑張ったな!とずっとずっと撫でていた。
マーブルはもともと、この犬種では小さく最後4.8kgしかなかった。
病気が発覚してから27日間、
毎日のように点滴をしたりと辛い闘病生活を送っていました。
でも1度たりとも点滴を打つ時や血液検査や今まで病院でいろんな治療もやってきたけれど
吠えたりする事など決してないとって我慢強い本当に良い子でした。
お昼前頃、車を取りに、そしてお世話になったお礼を言いに病院へ行き、
先生が本当に最後までマーブルちゃんは我慢強い子でした。
入院している時も本当は辛いはずなのに、私や、スタッフに尻尾をフリフリさせ
元気を見せていたんですよ!
病院へ来る事が嫌いな子が多いのにマーブルちゃんはいつも喜んで来てくれていた
とっても印象深い良い子でした…。と言っていただきました。
そして最後にマーブルを仔犬の頃から知っているスタッフの方に
マーブルちゃんだからこそご家族の中で最後一番辛い姿を
本当のお母さんだけにしか見せなかったんですよ~
と涙を流しながらお話をしていただきました。
私もマーブルのために頑張ってよかったなぁ~って
その言葉で肩の荷がスゥーっとおりたように感じました。
慢性腎不全だったので実際にはもっと前からだるいなぁ~等
言いたいことはあったのだろうけれど
決してあなたはそんな姿を見せずに、
誰にでも愛嬌を振りまき最後の最後までまわりのみんなを心から和ませくれたマーブル。
本当に良い子だった。
『我が家に来てくれてありがとう あなたのママになれて幸せでした
ゆっくりと休んでね チョコやお姉ちゃん達を見守ってあげててね』
これが最後にマーブルに話かけた言葉でした。
とてもとても長い文章最後まで読んでいただきありがとうございます。
今読み返すと文章まとまってないですね…
でも当時の事が昨日のように思い出されて涙がまた溢れてきてしまいますが
思い出として残しておきたいと思います。。。
マーブルは今でも大切な家族です。
そしてワタシの大好きな写真
あれから4年が経ちます。
今日はマーブルの命日です。
その時は思い出として残せたらと思い綴っていました。
4年前の様子ですがその時の記事コピーですが
アップします。
今、マーブルは腎不全と戦っております。
それも病気がわかったのは先月の20日
それまでは今までと何一つ変わらずとっても元気に
過ごしておりました。
いつもならチョコより早くがっついて食べるのに、
少しだけご飯をすぐに食べないかな~?っていう感じで1週間くらいはそんな感じでした。
ただ急に食べなくなり長女が1粒づつまた1粒づつあげてやっと完食。
その時に、知り合いの医者にも鼻がきく娘というくらいに言われている長女娘が
ママ!マーブルの口から魚が腐った臭いがするよ!!と。
お口を見てみると奥歯辺りは歯垢が溜まっていたし、きっと歯槽膿漏だねと
以前パパが飼っていたマルチーズが歯槽膿漏でお口も臭かったと言う会話をして
念のために明日、病院へ連れて行くね!と。
今朝、歯槽膿漏じゃ!硬いのが嫌なんだな!と思い
フードをふやかしてあげたところチョコよりも早くに完食。
あ~やっぱり!歯槽膿漏だわ。。。
そして病院へ連れて行って先生にご飯を食べない。今朝、フードをふやかしたら食べた。
そしてお口が臭いと告げると、
臭いを嗅いで、歯槽膿漏はこんな臭いじゃない!!
ちょっと血液検査をしよう!と。
そして検査結果が…。
なんとBUN(尿素窒素)140 器械の限界数字なので実際にはそれ以上かも!と…
クレアチニン 9.0
他も正常値ではないものもあるけれどとにかくBUN・クレアチニンが異常の数字になり
もう愕然。
急性腎不全かも?ということで即入院しました。
急性腎不全の場合にはある程度改善される。
その言葉を信じて10日間入院しました。
入院中は長女は受験生なので、夏期講習がみっちり入っていたために
面会に行けず次女と行ってました。
しかし、値がある程度まで下がる事がなく皮下点滴をやればやるほど
貧血の値が下がっていってしまうと何とも悪循環な結果だそう。
結果、急性ではなく慢性腎不全だそうです。
マーブルはとにかくどんな人にも愛される人懐こい性格で
いつも腰フリフリ元気一杯のワンでした。
なので誰もが体の変化に気づかず、いやこのの病気は
なかなか気づかないそうです。
マーブルの場合ほんとうに末期になるまで気づかなかったくらい
元気だったんです。
貧血がなければ皮下点滴の量を増やしてBUN等下がってくるのだけれども
量を増やす事によって貧血が輸血限界までになってしまう。
退院してから、通院で皮下点滴治療しており
療法食も初めは食べていたけれど、やはり栄養制限されているフードなので
味がいまいちなのか? 食べない。
ペットショップで同じメーカーのウェットタイプがあったのそれをあげてみたら
すぐに食べてくれて安心。
ドライと混ぜてあげていたら10日の夜から全然食べなくなり
11日はとうとう胃液まで吐いてしまった。
11日はパパと一緒にどうしても出かけなくていけない用事があり、
幸い長女が家に居てくれて何度か連絡をやり取りをして黄色いのを吐いた!と聞いた時は
出先だったので落ちつかなかった。
お口の臭いもだんだん強くなってるいる感じ。
これはすでに尿毒症の症状でアンモニア臭なのです。
今朝、朝一番で病院へ連れて行きとうとう食べ物を受け付けないです!
何度か吐いた事を告げると即入院しましょう!と。
そして夕方面会に長女と行き血液検査の結果を聞き、
今の状態が極めて厳しいと告げられてこのまま入院治療をしていても
もしかしたら入院中に亡くなってしまうかも…。
こんなに急激な速さで進行するなんて先生も驚いていました。
どっちにしても皮下点滴を続けなくてはいけないし
今後更にマーブル状態は悪化するのは確実だし、衰弱し、かなり辛い思いをする。
マーブルの事を一番に考えた上で先生から選択肢の事も話され
マーブルちゃんのご家族で話し合って下さいと言われ一緒に説明を聞いていた長女も
私と一緒に車の中で泣いて家に帰りました。
そして次女が部活から帰宅し、パパも帰宅しマーブルの今の状況を話しをして
明日退院させて家に連れて帰ってこようという事に。
マーブルは今ほんとうに小さい体で病気と闘っています。
今日も検査等がある為夕方マーブルを迎えに行った。
事前に退院の連絡を入れていなかったために
迎えに行った時はまだ点滴の先の管がくっついており
昨日夕方面会に行ったより衰弱してるなと思った。
でもいつもながら先生や、スタッフの方に尻尾はプリプリ。
検査結果はBUN140.0以上・クレアチニン9.0 クレアチニンが若干下がっただけで
何とも凄まじい値。
そし赤血球数が202万 昨日216万でまたさらに減っている。
ヘマトクリット値13.7% ヘモグロビン4.8 それぞれ昨日より減っていて
もうこれはかなりの限界にきている値だと思う。
貧血がかなりひどくもうすでにマーブルは必死に生きてるんだと思う。
帰る途中、塾に向かう長女にちょうど会い明らかに衰弱している姿に驚いていた。
でも「マーブル!マーブル!帰ってきたのっ!」と長女の問いかけに
尻尾はフリフリ。
どんなに辛くてもマーブルはマーブルなりの精一杯の
お姉ちゃんに会えて嬉しい!という純粋な気持ちなんだろうなぁ。
家に着いてすぐさま、義母にマーブル帰ってきたよ!と抱っこしながら
連れて行ったらあまりにも衰弱しているマーブルに驚いてしまい
ご飯の支度はやっておくからマーブルに付いていてあげてと本当に感謝。
サークルのベットにマーブルを降ろすともうすでにフラフラ。
そしてバタン!と倒れてしまった。
でもすぐさま立ち上がり何とかベットに寝る事ができた。
次女はマーブルが心配で部活が終わると息をきらして帰宅しマーブルは?と。。。
帰ってきてるよと聞くとあ~よかった!とすぐにマーブルの元に駆け寄って行った。
きっと学校からMAXで走ってきたんだろうな…。
長女は1度帰宅し、次女とまた塾に行く事になっているので
マーブル帰ってきたら遊ぼうね!と。
夕方長女が塾にいってる間、マーブルはあんなに衰弱していたのに
パパが帰ってきてパパも私も一段落ついた位から
サークルから出てきたり戻ったり、チョコのところへ行ったり
帰宅した直後のマーブルとは思えないくらい元気を取り戻していた。
娘達の塾の迎えもマーブルを一緒に連れて行き、
娘達が帰ってくると本当にビックリするくらいお目目がショボショボだったのに
一生懸命お目目を丸くし、お姉ちゃん達にたくさん撫で撫でしたもらったりしてた。
でも寝てる事が多くそんな中突然ゲージの中のベットで寝ていたマーブルが
あのフラフラしいる身体でよたよたしながら私の所へ寄ってきて抱っこをせがんできた。
しばらくして今度はパパのところへきて膝の上に乗ってきた。
そして今度は娘達がソファーに座っているところへ。
さすがにソファーには上がれなく
長女の足元へペタンと伏せした状態に…
私はふとその時、挨拶にきたのかな~って思った。
次女が寝る時にママは今日はリビングで寝てね!
マーブルの側にいてあげて!絶対だよ!!と。
はい!もちろんそのつもりでいました。
ほんとうは次女も一緒についていたいのだけど
部活での練習+塾が大変なので1度寝たらもう起きれない自分を重々わかっていて
私に念には念を入れお願いして自分の部屋に戻って行った。
電気を消して布団に入るとマーブルは身体が辛いのか
ベットに座ったまま横になろうとしない。
そしてやっと横になったかと思うと
また座っている。こんな状態が繰り返し。
しだいにベットから私の布団にフラフラと入り込んではその場所でまた
同じように繰り返していた。
その間、何度サークルの柵にバタンとぶつかったりしただろうか。
私もとてもそんなマーブルを見ていて寝れる状況ではなく
ただただ見守るしかなかった。
ほとんど寝れずにやっとうとうとしているとマーブルの異変に気づき
明け方の4時頃、マーブルの呼吸が荒くなってきたので
すぐに抱っこをしてひたすらマーブルを私の腕の中で
ずっとずっとずっとずっと…さすってあげた。
さすっている間中涙がどんどん溢れ出し止まらなく、
マーブル。マーブル。もうがんばらなくていいんだよ。。。
もうその言葉しかみつからなかった…。
マーブルは苦しさに絶えながらもワンともキャンとも何も言わず
ただただじっと私を見つめていた。
1時間くらいずっとさすってあげ、ようやく落ち付きをみせ
私の布団に横になりやっとマーブルと一緒に1時間くらいは寝れたのかな…
マーブルが少しだけ落ちついた為、少し寝れたのかもしれない。
朝いつもの時間に携帯電話のアラームがなりはッ!とマーブルを見ると
私の起きた物音に気づき横たわりながらマーブルも起きた。
そして娘達が次々と起きてきて明け方の話をしたらもう涙ぐみ
次女がマーブル!行ってくるね!また今日も遊ぼうね!と撫で撫でして
朝練がある為に早々と後ろ髪ひかれながら家を出て行った。
長女は部活を仮引退してる為、朝は、わりとゆっくり。
マーブルに話かけたり撫でたりと学校に行くまでずっと様子を見ていた。
実は昨夜、長女が寝る時に、
ママ!マーブルともっともっと一緒にいたいけれど
今、まだこのままのマーブルの状態だったら、そんなに苦しんでないから
ゆっくり寝てそのまま天国に行ってくれればどんなにマーブルは楽なんだろうね!
だれのせいとかじゃなく天国でゆっくり休めるのに…と私に言ったのです。
それは先日、長女と面会に行った時の話の選択肢の1つ、それは安楽死。
この事はマーブルが病気とわかってからいろいろとネットで調べたりしていたときに
見たことがあってそういう考え方もあるんだと考えさせられた事だった。
そして同じ事が我が家に…。
このことについてその夜、家族みんなで話をしたところ、娘達は涙を流しながらに絶対嫌だ!
辛いのはかわいそうだけど、だってそういう決断をしたら
自分達のせいでマーブルは死んじゃうんだよ。
後で絶対後悔する!
これからもっとマーブルの辛い姿を見るのは辛い。そして一番苦しく辛いのはマーブル
でも1分1秒でも一緒に多く過ごしたい。私もパパも本当に悩んだ。
そして、後悔しない為にもどんな状況になっても
みんなで最善を尽くしていこうと決めたのです。
本当に苦しい選択だった。
結果をだしたはずなににきっと長女は自分なりに、
ずっとずっと考えていたからこそでた言葉だろうと思った。
そうこうしてるうちに毎日皮下点滴をしなくてはという状況なので朝一番でと思い
マーブルを病院へ連れて行った。
点滴が始まり5分くらいしたら、だんだん身体がガタガタと。
しかも目が少し焦点が合ってきていない。
先生が神経が麻痺してきてるかも!そうしてるうちに今度は痙攣が始まってしまい
もう全身がガタガタ大きく痙攣。
私はこれが痙攣なんだと驚いてしまった。
なんとか娘さんたちが学校から帰ってくるまでがんばってくれればと
痙攣を和らげる注射をしてくれて若干おさまったもの、
刺激を少なくする為にとにかくそっと帰った方がいいと。
パパに連絡をとったものの近くにいないとの返事だったので
家に電話しても義母もいない。
私が焦っているとスタッフの方が私とマーブルを車にのせて行ってくれた。
家に戻りまだ少しだけ痙攣していて
どうかお姉ちゃん達が帰ってくるまでマーブルがんばって!と
語りかけていたら痙攣も全然おさまらずもうすでに目もおかしい、舌も白くなってるし。
しばらく側でついていたのだけれど、ちょっとだけ用を済ませる為に
マーブルから目を離しすぐさまマーブルのところへ戻ってくるとマーブルは
旅立ってました。ほんの数分だったのに…。
午前10時過ぎ頃でした。
マーブル!マーブル!マーブル!どんなに呼んでももうマーブルは動く事はなかった。
もう辛い思いしなくてもいいだよ!これでゆっくり休めるんだよ!よく頑張ったね!
私が戻ってきた時は義母がいたので、すぐに義母を呼びに行き、
マーブルの元へ駆け寄った。
義母もマーブルよく頑張ったと涙を流しながらまだ暖かいマーブルをしばらく撫でてくれた。
パパは急遽、家に戻っている途中だったけれど間に合わず、
帰ってきた時はまだ暖かかったので
マーブルの一番好きな格好にしてあげるねと形をととのえたり、
パパも泣きながらマーブルよく頑張ったな!とずっとずっと撫でていた。
マーブルはもともと、この犬種では小さく最後4.8kgしかなかった。
病気が発覚してから27日間、
毎日のように点滴をしたりと辛い闘病生活を送っていました。
でも1度たりとも点滴を打つ時や血液検査や今まで病院でいろんな治療もやってきたけれど
吠えたりする事など決してないとって我慢強い本当に良い子でした。
お昼前頃、車を取りに、そしてお世話になったお礼を言いに病院へ行き、
先生が本当に最後までマーブルちゃんは我慢強い子でした。
入院している時も本当は辛いはずなのに、私や、スタッフに尻尾をフリフリさせ
元気を見せていたんですよ!
病院へ来る事が嫌いな子が多いのにマーブルちゃんはいつも喜んで来てくれていた
とっても印象深い良い子でした…。と言っていただきました。
そして最後にマーブルを仔犬の頃から知っているスタッフの方に
マーブルちゃんだからこそご家族の中で最後一番辛い姿を
本当のお母さんだけにしか見せなかったんですよ~
と涙を流しながらお話をしていただきました。
私もマーブルのために頑張ってよかったなぁ~って
その言葉で肩の荷がスゥーっとおりたように感じました。
慢性腎不全だったので実際にはもっと前からだるいなぁ~等
言いたいことはあったのだろうけれど
決してあなたはそんな姿を見せずに、
誰にでも愛嬌を振りまき最後の最後までまわりのみんなを心から和ませくれたマーブル。
本当に良い子だった。
『我が家に来てくれてありがとう あなたのママになれて幸せでした
ゆっくりと休んでね チョコやお姉ちゃん達を見守ってあげててね』
これが最後にマーブルに話かけた言葉でした。
とてもとても長い文章最後まで読んでいただきありがとうございます。
今読み返すと文章まとまってないですね…
でも当時の事が昨日のように思い出されて涙がまた溢れてきてしまいますが
思い出として残しておきたいと思います。。。
マーブルは今でも大切な家族です。
そしてワタシの大好きな写真