
大味で豪快、いい意味でテキトーだった
「昭和のパ・リーグ」を象徴する選手。
それが、近鉄の“和製ヘラクレス”栗橋茂だ。
タレントとしても活動する金村義明さんが
なかばネタのように話しているが、
ご本人から直接聞く話はそれにも増して
ハンパなくおもしろい。
というわけで、これを読んで
もっと“伝説”が知りたくなったら、
大阪・藤井寺にあるご本人経営のスナック
『しゃむすん』をぜひ訪れていただきたい。
あのムチャクチャだった頃のパ・リーグを
「懐かしい」と感じる人なら、
そのためだけに大阪まで行く価値は十分ある。
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【栗橋茂さんインタビュー】
──史上初の〝二刀流〟として注目を集める大谷選手ですが、武骨な昭和のパ・リーグ野球を知っている我々からすると、やはりどこか物足りないのも事実です。そのあたりをぜひ、数々の〝豪快伝説〟をもつ栗橋さんにうかがえればと。
栗橋 まぁ、いまはピッチャーの球も速いし、昔と比べても技術そのものが格段に進歩してるから、あんまり偉そうなことは言えないけど、ひとつ確かなのは、もし俺がいまの時代で現役をやってたとしても、やっぱり酒飲んで160キロを打ちに行ってただろうなってことだよね。なにしろ昔は、とにかく〝根性〟。この俺にしたって、大学まではまったく飲めなかったぐらいだしね。
──そんな、またまた。「酒豪」と書いて「くりはし」と読むぐらいの大酒飲みで知られる栗橋さんが「飲めない」はないでしょう?
栗橋 いや、ホントだよ。ウチは親父ですら、おちょこ一杯も飲めない家だったからね。それを大学に入って、最初はビール2本ぐらいからスタートしてさ。そうやって日々鍛えていたら、不思議なもんで、量もイケるようになってきた。まぁ、最終的には「何ケース飲んだ」とか、ケースで勝負するようにもなってたから、近鉄に入ったときには、逆に「プロでも、こんなもんか」って思うぐらいにはなってたけどね(笑)。
──当時の近鉄でさえ、そこまで豪快な人はいなかったと。
栗橋 最近まで西武でコーチをされてた土井(正博)さんあたりは、そっち方面でも有名だったけど、まだペーペーだった俺からしたら、雲の上の大先輩だったし、俺が入ってすぐに移籍しちゃったから、一緒に飲むなんてこともなかったしね。飲む酒の量だけで言えば、学生のときのほうが圧倒的に飲んでたよ。
──とは言え、いまや後輩・金村義明さんの“持ちネタ”とも化している、数々の“栗橋伝説”は、すべて実話ですよね?
栗橋 まぁ、そのへんについては、あいつがおもしろおかしく誇張しちゃってる部分もかなりあるんだけどね(苦笑)。自分じゃ、「そんなこともあったっけな」ぐらいにしか思ってないから、「いやいや、あのときはこうだった」なんて、野暮なこともわざわざ言わないだけでさ。
──だとすると、「女は100メートル先から目で濡らせ」という、あの名言も実は言ってなかったり?
栗橋 いや、それは間違いなく言ったよ(笑)。女性と遊ぶなら、それぐらいの心構えでやんなきゃダメ。近場でちょちょこやってんじゃねぇぞって意味でね。まぁ、そのおかげで俺も女性には、これまで散々泣かされてきたわけだけど。
──「泣かせた」ではなく?
栗橋 もちろん泣かせたこともあるけどね(笑)。ただ、なかには、デキてもないのに「デキちゃった」って言ってきたり、オーナーのところにまで、「栗橋と結婚させろ」って直談判に行くようなやつもいたからね。まぁ、そんときは、ちょうど俺がブレイクするかしないかのときだったから、球団も俺には言わずに内々で処理してくれたり、わりと気もつかってくれたみたいだけどさ。もし、肝心の成績が箸にも棒にもかかってなかったら、おそらくトレードにでも出されていただろうね。
──結果もしっかり出していたからこそ、多少のヤンチャも大目に見てもらえたわけですね。
栗橋 そうそう。やっぱり、何をするにしても、球団や首脳陣に守ってもらえる選手でいるってことは大事なことだよ。ちなみに、さっき言ったその直談判女は、遠征先の仙台にまで押しかけてきて、ホテルにいた西本(幸雄/当時監督)さんに直接電話をしてきたこともあったんだけどね。そしたら、あの冷静な西本さんがパンツ一丁で「クリが大変だ、クリが大変だ」って慌てちゃってさ。あとで「俺でよかったらいつでも出て行くぞ」って言ってもらえたときは、「守られてるなぁ」ってのを実感して、心底うれしかったね。
──いまじゃ考えられない、いい話ですね。ところで昔は、阪急の今井雄太郎さんのように一杯引っかけてからマウンドに上がる“酒仙投手”なんてのもザラだったと聞きますが、栗橋さんご自身は?
栗橋 飛んだり跳ねたりしなきゃいけない野手の場合は、さすがに自分から進んで飲むやつはいなかったんじゃないかな。もちろん、結果的に酔ってた、ってことは俺自身にも何度かあるけどね(笑)。
──やっぱりあるんですね!
栗橋 リーグ連覇がかかってた80年の西武戦(10月11日/後期13回戦)なんかは、まさにそうだったよ。あのときは、藤井寺で当然デーゲームだから、練習開始が朝の8時半とかだったんだけど、気がついたらもう7時でさ。急いで自転車漕いで球場まで行って、練習に合流したら、結局、その後の試合では3打数3安打の1ホームラン。そんときはさすがに思ったね。「これぐらいビビらず打てたら楽なのに」って。
──時には酒を味方につけるぐらいの〝気合〟も大事だと。
栗橋 まぁ、酒が抜けてくるにつれて、身体はやたら重くなってくるからオススメはしないけどね(笑)。ただ、ムリに「酒を飲め」とは言わないにしても、それぐらい肩の力を抜いて伸び伸びやるってのは、いまの選手にも必要なんじゃないかな。成績だけじゃなく、人間的なスケールの大きさみたいなものも、プロ野球選手の魅力だと思うしね。



