「みなさん
 お忙しい中
 集まっていただいてありがとうございます
 
 これから王妃様の〝妊活〟
 つまり 妊娠活動を支援するうえで
 みなさんのお力をお借りしたくて
 来ていただきました

 私は王妃様の主治医になった
 ユ・ウンスです
 まだまだ不慣れで未熟者です
 どうかみなさんの御力をお貸しください
 よろしくお願いします」

 
ウンスが挨拶すると
ジンとジミンが好意的に頷いたものの
アン内官は
自分が何故呼ばれたかわかっておらず
心配そうな顔をした


王妃が懐妊しないなら
側室を娶れば世継ぎはできるだろうに


内心 王妃の懐妊に興味のない
イ尚宮とヨンノの反応も薄く
気が気でないチェ尚宮が
ウンスに声をかけた
 
 
「ウンスや
 王妃様の体調はどんな様子か
 わかったのかい?」
 
 
「ええ
 この数年のご様子はこれまでの記録から
 計算しました
 月経周期が不順なので
 先ず ホルモンバランスを整えて
 月経周期を安定させて行くのが
 当面の目標です」
 
 
みな ポカンとした顔でウンスを見ている
 
 
「えっと
 月のモノを順調に迎えるよう
 王妃様の体質改善をする必要があります
 
 食事と運動と漢方を軸に
 あとはストレス…心労を与えないこと
 心も体も健やかに過ごしていただけるよう
 援助していこうと思います」
 
 
「ほう 具体的にはどうするのじゃ?」
 
 
「王妃様の食事の献立を拝見しました
 
 焼厨房のイ尚宮さん
 素晴らしいですね!
 栄養が万遍なく取れるよう
 しかも
 毎日飽きないように工夫されていて
 感動しました!」
 
 
新任の医官が会合など開き
何を言い出し
どんな注文をつける気かと
不信感をもって臨んでいたイ尚宮
 
 
最高(チェゴ)尚宮であるチェ尚宮に言われて
渋々参加していたのだが
いきなりウンスに褒められ驚いた
そして
当然とばかりに頷き 口角をあげた
 
 
「献立を見ただけでも
 美味しそうなお料理でよだれが出ちゃいそう
 
 でも せっかくのお食事も
 残される品も多いんじゃないかしら?
 王妃様は食が細そうですもの
 食いしん坊な私とはきっと違いますよね」
 
 
そう言ってウンスが
ペロッと舌を出して微笑んだ
 
 
「これこれ また其方はそのように…」
 
 
チェ尚宮が苦笑して
ウンスの膝をぽんぽんと軽く叩いたが
ウンスは悪びれず肩をすくめて笑っている
 
 
ウンスの愛嬌ある仕草に
臨戦態勢だったイ尚宮も
母性本能をくすぐられたのか
少し心を許し始め 口を開く気になった
 
 
「左様です
 王妃様は食が細くていらっしゃいます」
 
 
「ですよね!
 だから 先ずは
 妊娠に必要な大切な栄養素だけでも
 しっかり摂っていただきたいんです
 
 タンパク質 ビタミン 鉄分 葉酸 亜鉛
 
 食べる順番を変えたり
 調理方法や調理器具を変えるだけでも
 栄養の吸収が変わってくるんです
 
 でも頭ではわかってても
 実際に綺麗に美味しく調理するなんて
 私にはそんな才能ありません
 
 私の理想を実現する腕のあるイ尚宮さん
 貴女が本当に羨ましい
 
 食べることは生きること
 一番大切な身体作りの根幹に関わる
 尊い仕事を担っているのが焼厨房で
 そのトップでリーダーのイ尚宮さん
 私には貴女の助けが必要です」


 


何やら変わった言葉を言われたが
どうやら悪い意味ではないらしいと
感じたイ尚宮
自分を必要だと言われ
悪い気はせず
ジンやジミンと共に頷いた
 
 
「じゃあ 今日は顔合わせなので
 どの栄養素がどの食材に多く含まれるか
 さわりだけ簡単にお話しますね?

 アン内官
 亜鉛やタンパク質は
 王様にも摂っていただきたいの
 
 厨房の尚宮様ともなると
 よくご存知だと思いますけど
 確認のためだと思って
 イ尚宮さんも一緒に聞いてくださると嬉しいわ
 
 イ尚宮さんの腕の見せ所の話ですもの」
 
 
こうしてウンスは
食生活の改善について話していった
 
 
「そしてヨンノさん
 ここで貴女の出番です!
 
 食の細い王妃様にとって
 栄養の補助にもなる漢方はとても大切です
 
 毎日お出しする薬湯は
 コツコツ積み重ねれば
 体質改善の成功の鍵を握ると言っても
 過言じゃありません!
 
 一口に薬湯と言っても
 きちんと調合して
 時間をかけて煎じて
 水の量をきっちり守って
 濃度を一定に保ち
 しかも
 決まった時間に合わせて
 飲み切っていただけるよう作るのは
 簡単なことじゃないわ
 正確性と根気が必要な難しい仕事よ
 作る人によって効能まで
 変わってくるんですもの
 
 その点
 ヨンノさんは丁寧で信頼できるって
 ジン先生からも聞いてるわ
 
 根気よく作業するって私の苦手分野だし
 生薬は勉強不足だから
 それを毎日こなしてる
 ヨンノさんを尊敬しちゃうわ」
 
 
ヨンノを気分良く持ち上げながら
妊活チームの一員として
自覚を持たせていったウンス
 
 
地味な仕事の
知られざる苦労を
わかってもらえたことが嬉しいヨンノは
自然と笑みを浮かべていた
 
 
「それに毎日の脈診で
 王妃様の微妙な体調の変化を
 察知できるジミンさん

 ジミンさんの診断ひとつで
 漢方や食事も変わってきますが
 安心して任せられるだけの
 実力があることはジン先生も保証されてます
 
 私もジミンさんの誠実さは
 この数日だけでも
 十分 伝わってきたから
 ジミンさんを心から頼りにしています
 
 だからこれから一緒に頑張りましょうね」
 
 
日頃から
どこか自信なさげにしていたジミンは
憧れの医官から褒められ
頼りにしているとまで言われて
今まで以上にやる気が出てくるのだった
 
 
「叔母様
 王妃様の運動はまず散歩から
 私がお誘いしますね
 様子を見て体操やヨガ よもぎ蒸しも
 試してみようと思っています
 
 あと
 これをお渡ししておきます」
 
 
ウンスはチェ尚宮に暦を渡し
☆印を指差して言った
 
 
「月のモノが不順だから
 正確性には欠けるんですけど
 あくまで目安に
 王妃様の次の排卵日を計算しました
 このあたりで夫婦生活をお勧めします

 でもお二人の床入りって
 王様の執務の御都合とか
 吉日みて合房(ハッパン)を決めるとか
 何か決まり事があるかも知れないし
 私はその辺り全く無知だから
 叔母様とアン内官に
 調整は頼り切りになってしまうわね
 
 様子を見て
 王様 王妃様には
 私からもお話しますが
 最初から焦らせるのも
 負担になってよくないから
 今は参考程度にしてください」
 
 
「医員様
 そのような計算ができるのですか?」
 
 
イ尚宮が不思議そうに尋ねた
 
 
「ええ
 月のモノの周期が定まれば
 女性がいつ頃排卵するかわかるから
 妊娠しやすい日もわかります
 そこで男性の精子の生存時間
 約三日を考慮して
 夫婦生活を送るんです」


皆 はじめて聞く話に驚き
ウンスの知識に感心した

 
「でも 妊娠するためには
 心の安定がとても大切
 
 だから
〝この日ですよ さあどうぞ〟って
 勧められると 逆に負担になったり
 それ以外の日が虚しくなったり
 御懐妊しなかったら
 落胆も大きくなってしまいます
 だから まだこれは
 お二人にお伝えするべきではないと
 私は思っています」
 

チェ尚宮とアン内官の方を見て
ウンスが伝えると二人はしかと頷いた

 
「ウンスや
 御懐妊されるまでどれぐらいかかるか
 目処はたっておるのか?」


流石 叔母様
鋭い質問だわ

ホルモン療法も 排卵誘発も 
もちろん人工受精もできない

正直  今のままじゃ
自然に妊娠するのは厳しいわね

 
「目標はあります
 
 でも ここで大切なのは
 私たちが焦らないこと
 気持ちの焦りはご本人に
 伝わってしまうものだから
 王妃様のご負担なってしまったら
 本末転倒だわ
 
 妊娠しやすい体作りをして
 月のモノが安定するのに二年から三年
 それから 実際に自然妊娠するには
 今から五年先を目標にしています
 
 長い道程に感じますが
 王様も王妃様もまだお若いし
 充分可能な目標だと思っています」


皆は思ったよりも
長くかかることに驚いた
しかも 必ず懐妊する保証はない


「みなさんは今
 そこまでしても懐妊しなかったら…って
 思っていませんか?
 でも見方を変えてみてください

 王様と王妃様が仲睦まじいのは
 ご存知ですよね

 ここにいる皆さんが一丸となって協力し
 王妃様が御懐妊されたら…

 王妃様が王様のお子を
 抱いておられるところを想像してみてください
 これほど喜ばしい幸せな光景はありません」


確かにお二人の間にお子が出来ることは
お二人だけでなく民の宿願であり
政の火種にもなりかねない側室問題も解決し
国の安泰にも繋がるだろう


「王様と王妃様の間にお子ができ
 私たちが少しでも
 御懐妊をお支え出来たとしたら
 私たちにはかけがえのないものが手に入ります」


「なんですか?
 褒美の話ですか?」


ジン侍医の声音には
驚きと失望と少しの非難が混じっていた


「ええ 褒美です
 他所では絶対に手に入らない
 自分の仕事に対するプライド
〝自信と誇り〟を
 私たちは手に入れることができるでしょう

 今日
 集まっていただいたみなさんは
 立場は違いますが
 同じ目標を持つ仲間
 私たちは御懐妊のための
 一つのチームになるんです!
 今 ここにいるどなたが欠けても
 チームは成り立ちません

 このチームの主役は王様と王妃様ですが
 ここに集まってくださったみなさん
 それぞれがプロフェッショナルで
 大切な役目があります

 ジミンさんが脈診して
 体調を正確に診断しても
 
 それをもとに
 焼厨房でイ尚宮さんが腕によりをかけて
 美味しい料理を作っても
 
 ヨンノさんが苦労して慎重に煎じた薬湯も
 
 実際に王妃様が口をつけてくださらないと
 味もわからないし栄養もとれません

 それに王妃様の体調だけでなく
 王様の体調も整っていないと
 御懐妊は難しくなります
 
 そこで
 叔母様とアン内官に
 さり気なくお食事の際に
 お声かけして欲しいんです
 これは王様や王妃様のお側にいて
 お人柄も理解している
 叔母様やアン内官にしかできません
 
 それに王様や王妃様の
 微妙な心境や体調の変化も
 お二人にしか気づけないことがあると思います
 その情報をまた
 チームに提供してください
 もちろん
 政  以外の情報ですよ」
 
 
ウンスが少し戯けて二人に頼むと
チェ尚宮とアン内官も表情を緩め頷いた
 
 
「誰か一人の手柄でもなく
 誰か一人の負担でもなく
 誰か一人が欠けても目標は達成できません
 それがチームワーク!」


 


ウンスは一人一人と目を合わせた


「みなさんは私とって
 とても大切で必要な方なんです
 どうか協力していただけませんか?」
 
 
ここまで一通りの説明を聞いた面々は
天界語マジックもあり
すっかりウンスの力説に魅了され
最後はウンスの目を見て
みながしっかり頷いた


みなの瞳が
しっかりと意志を持ち
輝いたように見えて
手応えを感じたウンス


「みなさん
 ご理解いただいてありがとうございます
 最後に大切なお願いです

 私たちのチームで共有する情報は
 決して外に漏らさないでください
 守秘義務があります
 このチームの…仲間だけのピミルですよ!

 今日ここに集まってくださった方は
 きっとみなさん
 秘密を守ってくださる
 誠実で口の堅い方々ばかりだと
 私 信じています!」


最後は溌剌とした笑顔で
カンファレンスを締めくくった



***
 
 

懐かしい声音が漏れ聞こえてくる
何を話しているか
内容までは聞き取れないが
あの 少し高めの張りのある声


振り回されて苛立ち
腹の立つことばかりだった


彼女と初めて
ここで会った頃を思い出し
口元が緩んだ


部屋の中で
人々の動き出す気配がする


そっと檽子の間から覗くと
相変わらず天界語混じりの言葉を話す
元気そうな彼女の姿が目に飛び込んだ


急に瞳が潤みだした自分に戸惑って
慌てて一度 目を逸らした


どうしたんだ
らしくもない


珍しく
感情が昂ぶり
動悸がしている


一旦 深呼吸して
気持ちを落ち着けると
もう一度 彼女の方に視線を向けた



***