王妃にセレブ化粧水を渡そうと
坤成殿を訪れたウンスは
王妃が康安殿にいる事を聞き
出直そうかと迷っていた
 
 
でも
お二人揃っているところで
高麗でできる不妊治療のこと
お話した方がいいかしら
 
アンドチさんと叔母様にも
一緒に聞いてもらった方がいいわね
 
 
思い立ったらすぐに
康安殿にやってきたウンス
チョン宦官に取り次いでもらったのだった
 
 
「王様 王妃様
 ここまで押しかけちゃってごめんなさい…って
 あらら?
 みなさんお揃いで
 なんの相談かしら?
 私 お邪魔しちゃった?」
 
 
「イムジャ こちらに」
 
 
ヨンはウンスのそばに寄ると手を引いて
自分がかけていた椅子に座らせた
隣のトルベ チョモがウンスに挨拶しながら
一つずつ 席をずらすと
ウンスは二人に手を振って微笑みかける
 
 
ウンスの正面に掛けていたアン・ジェは
ヨンの様子にニヤつきながら
その場でウンスに会釈し
 
 
ソジンは
美しい大護軍の奥方が向かい側に座り
豊かな表情に見惚れて
胸が高鳴った
 
 
ソジンの隣にいたサンユンは
ウンスへの気持ちに区切りをつけたとはいえ
憧れの女人であることに変わりなく
数日ぶりに姿を見られて
嬉しさで頬を緩ませた
 
 
「姉上
 よく来てくださった」
 
 
「姉様が邪魔なわけありませぬ」
 
 
卓の上座に並んで掛ける王と王妃の笑顔に
ウンスが安心していると
チェ尚宮から声をかけられた
 
 
「ウンスや
 王様に何か急ぎの用向きがあったのか?」
 
 
「叔母様
 王妃様に化粧水を持ってきたの
 
 はい 王妃様
 あとで使い方は叔母様から聞いてくださいね
 お二人にお話もあったんだけど
 今じゃなくてもいいから今度にします」
 
 
「姉様
 ありがとうございます
 早速 お作りになったのですね」
 
 
「ええ
 まだまだいろいろ作りますから
 楽しみにしててくださいね
 
 それより
 みなさんお揃いで
 なんの悪巧みかしら?」
 
 
「イムジャ!
 王様に向かって悪巧みなどと…」
 
 
「よいよい大護軍
 確かに悪巧みじゃ!」
 
 
王と王妃が朗らかに笑い
ヨンに叱られたウンスも
ぺろっと舌を出し笑っている
 
 
ソジンは初めて目にする
ウンスの仕草にも面食らったが
ウンスの登場で場の空気が
急に明るいものにかわったことに驚いていた
 
 
不思議な魅力のある方だ
それに なにか微かに甘い
良き香りが漂ってくるのは気のせいか?
 
大護軍は奥方のことを叱ってみせたが
王様の御前だというのに
手はしっかり握ったままではないか
 
典医寺でも人目を気にせず
奥方を抱きしめておられたが
大護軍はどうされたのだ?
しかも 誰一人
それを不思議にも思っていないようだ
一体 どうなっているのだ?


四年間 ウンスを待ち続けていた
ヨンの直向きな想いをよく知る面々と
帰還道中の二人を
ずっと目にしていたサンユンにとって
人前で手を繋ぐ程度のことは
最早 気に留めるほどのことではなかった

 
「そうじゃ!
 姉上にもお知恵を拝借してはどうだ」
 
 
「姉様は物知り故
 よい策をご存知やもしれません」
 
 
「何なに? どんなことかしら?」
 
 
長年 悪事を働いてきた重臣がおり
それを告発してくれた使用人がいる
証拠となる帳簿の在処もわかっているが
盗み出すと
しらばっくれる恐れがあるため
目の前で押収するには
どうすればよいか
 
 
ヨンが掻い摘んで要点のみを
ウンスに話した
 
 
「なるほど つまり
 その狸親父の家に隠された悪事の証拠を
 盗み出さずに
 狸の目の前で堂々と手に入れたいわけね
 それなら簡単だけど」
 
 
ウンスがあっさりと言って
みなが驚いた
 
 
「ただし
 あまり騒ぎ立てずに
 狸の家に上がり込めればの話よ
 
 だって大勢で乗り込めば
 証拠を持ち出して逃げられたり
 最悪 燃やしたりして
 証拠隠滅されちゃうでしょ
 
 だから
 家宅捜索に来たってわからないように
 何人かで上がり込めればいいわ」
 
 
「それなら 大丈夫であろう」
 
 
王が答えたので
みなが王を注視した
 
 
「その狸めは今
 娘の縁談をまとめたくて躍起になっておる
 
 縁談相手の男や親族が訪ねれば
 喜んで迎え入れるだろう」
 
 
王は平然と言ってのけ
迂達赤は仰天して大護軍を見遣り
ヨンとチェ尚宮は大いに顔を顰めた
 
 
「王様 それグッドアイデアだわ!
 
 縁談相手とその家族の協力があれば
 あとは此処にいる誰かが
 仲人だとか 立ち会い人だとか
 何かと理由をつけて
 一緒に上がりこめばいいわ!」
 
 
「して 姉上
 姉上が考える策とは…」
 
 
「それはね…」
 
 
ウンスは自分の幼い頃の経験と
人間の心理について説明し
どうやって証拠を手に入れるか
演出家になったような気分で滔々と語り
作戦の決行は
国境へ交代兵らが出発した翌日と決まった
 
 
王はアン内官に合図して
義州郡守を監察する勅旨を認め
チュンソクとチョモを特使とした


そしてチョモに
任命書と馬牌を与えると
早馬として出立するよう勅命を下し
チョモはみなに激励され康安殿を後にした


 
***
 
 
 
長い一日がようやく終わろうとしていた
 
 
午前中には手裏房宿を出て
王宮に向かったけど
入れてもらえずに
雨と寒さで倒れて
気づいたら典医寺にいた

その後
離れに移って部屋を整え
典医寺のジン先生やジミンさんに挨拶

離れに戻って叔母様に
チェ家の簪のことを話せて
やっと謝ることができた

この二日ほど
申し訳なくてなんて話そうかと
ずっと思い悩んでいたから
打ち明けて ほっとしたせいか
その後は
ゆっくり休むことができたわ

マンボ姐さんからの夕餉を
シンが運んで来てくれて
ジウォンと三人
次は何を作ろうかと話をしながら
楽しく食事して

一息ついてから
王妃様に会いに行ったら
結局
みんなのミーティングに
飛び入り参加することになって

そして今
新月の暗い道をヨンと歩いている


典医寺の離れまでヨンに送られたウンスは
扉の前でヨンの顔を見上げて言った
 
 
「送ってくれてありがとう
 じゃあ またね」
 
 
「はっ?
 イムジャがここに泊まるなら
 俺もここに泊まります
 
 それにジウォンも武閣氏も
 疾うの昔に帰しましたゆえ
 護衛は俺しかおりません」
 
 
「えっ?
 貴方…   チェ家に泊まらなくていいの?」
 
 
「なぜイムジャのおらぬ屋敷に
 俺だけ泊まらねばならぬのですか」
 
 
「だって 開京に帰ってから
 ずっとお屋敷に泊まってたんでしょ?」
 
 
「まさか
 
 イムジャが坤成殿に泊まった時だけは
 兵舎に泊まりましたが
 あとは…
 いつも…    イムジャの隣におりました」
 
 
ヨンはウンスの顔色を窺いながら白状した
 
 
「えっ 手裏房宿に泊まってたの?」
 
 
「はい
 イムジャが寝入ってから…
 ジウォンに入れ替わってもらっておりました」


 

 
ヨンはバツが悪そうに話したが
ウンスは ぱっと笑顔になって
 
 
「そうだったの!
 なんだ〜
 全然気づかなかった
 
 でも これでわかったわ!
 ヨンが傍にいたから
 いつもぐっすり眠れたのね!」
 
 
急に機嫌が良くなり
ヨンの腰に腕を回すウンス
 
 
ウンスが怒り出すかと心配していたヨンは
予想外の反応に驚いたものの
笑顔のウンスに安堵して
自然と顔がほころび
ウンスを抱きしめ返した
 
 
ヨンは一度も
チェ家の屋敷に泊まってなかったのね
ずっと私と一緒にいてくれた
今夜もずっと私と一緒にいるんだわ
 
 
奥方への嫉妬から
ヨンを恋しく思いながらも
素直に受け入れられなかったウンス


この数日の憂いが晴れたウンスは嬉しくて
ヨンの首に腕を絡めて引き寄せると
満面の笑顔のまま
少し背伸びして
ちゅっとヨンの頬にポッポした


ウンスからの口づけに驚きながらも
嬉しさが溢れるヨン
しかし
一度の軽い頬への口づけでは到底物足らず
ウンスを抱きしめて
何度も唇に吸い付いた
 
 
扉の前で
いちゃつき始めた二人に
痺れを切らし
 
 
「あの〜 オイラ
 チョモを連れて帰ります」
 
 
遠慮がちにテマンが声をかけると
ヨンは軽く手をあげ
ウンスと共に離れの中へと入って行った


月のない真っ暗な夜だったが
星はいつも以上に
明るく夜空に煌めいていた
 
 
 
***