予定通り白州の宿に入った一行
 
 
元気のないウンスが心配なヨンは
旅の疲れを取るためにも
風呂好きのウンスに温泉をすすめた
 
 
ウンスはジウォンを誘い
温泉に入ることにしたが
ジウォンはかなり緊張していた
 
 
「ジウォナ 温泉は初めてなの?」
 
 
「いいえオンニ
 大人になってから 誰かと一緒に
 湯に入るのが初めてなの
 だから 恥ずかしいわ」
 
 
「そうなのね
 私は此処に来る前にいたところで
 小さい子たちを湯に入れてたけど
 そういえば 大人とゆっくり入るのは
 久しぶりかも!?
 
 ジウォナ 髪を洗ってあげる
 こうやって よ〜く泡立てて洗うといいわよ」
 
 
人から髪を洗ってもらうなんて
子供の頃
アッパに洗ってもらったのが最後
 
 
ジウォンは
どこかくすぐったいような照れ臭さもあったが
嬉しさで胸が詰まるのを
顔を洗って誤魔化した
 
 
「ごめんね
 石鹸が目に染みちゃった?
 それにしてもジウォナ
 とっても綺麗なお肌ね!
 羨ましいわ〜」
 
 
「そんな
 オンニの方が凄く綺麗じゃない
 それにオンニはいつも
 いい香りがしているわ」
 
 
「それは石鹸の香りよ
 髪も体もこの石鹸で洗うといいわ
 
 開京に着いたら
 マンボ姐さんに手伝ってもらって
 髪用の石鹸や化粧水も作るつもりだから
 ジウォナにもお裾分けするわね
 
 お肌にさらに磨きをかけて
 副隊長を夢中にさせなきゃ!」
 
 
「やだオンニったら
 私のはただの憧れよ
 
 歳も離れてるし
 私なんて副隊長の眼中にないわ
 遠くからお姿を見るだけで私には充分よ」
 
 
「俳優やアイドルに憧れる気持ちに近いのかしら
 でも副隊長と夫婦になりたくないの?」
 
 
「そんなあり得ないこと
 考えたこともないわ
 
 それに陰ながら想えるだけでも幸せよ
 たいていは本人の気持ち関係なく
 家が決めた相手に嫁ぐんだもの」
 
 
「はあ〜 そうよね
 気持ちが通じ合ってるだけでも
 ここでは有難いって思わなきゃね」
 
 
「でも互いに想い合って
 家も周囲も気にせずにお付き合いできるって
 どんな気持ちかしら?
 大護軍と慕い合ってるオンニが羨ましいわ」
 
 
「生きてるだけでいい
 会えるだけでいいって思ってたのに
 それが叶うと
 もっともっとって
 私 随分 欲張りになっちゃったわ」
 
 
ウンスは呟いて
寂しそうに笑った
 
 
 
***
 
 
 
「チェヨン ちょっと時間あるかい?」
 
 
「なんだ? 遊んでる暇はないぞ」
 
 
「違うよ
 手合わせして欲しいってわけじゃない
 気にかかることがあるんだよ」
 
 
「ウンスのことか?」
 
 
「あんたのことだよ
 ウンスにも関わってくる問題だから
 心配してるんじゃないか」
 
 
 

 
そう言ってペクは
開京で待ち構えているキム・ミンソや
郷妻になると言っているチョン・メイ
愚かなチェ家の使用人たちのことを
ヨンに伝えた
 
 
「いまだそんな馬鹿なことを言ってるのか
 
 だが
 俺にその気は全くないから問題ない」
 
 
「あんたにその気がないのは知ってるさ
 
 けど 彼奴らの執着は尋常じゃないんだよ
 だからウンスに何かされやしないか
 心配してるんじゃないか」
 
 
昔から男女(おとこおんな)と呼ばれたり
気味が悪いと蔑まれてきたペクは
初対面から偏見なく自分を受け入れ
嫌悪感を抱くことなく
自分とも付き合ってくれるウンスのことが
大好きで
本当の親友だと思っていた
 
 
「とにかく開京じゃ
 あんたと賛成事の娘との縁談は
 噂じゃなく事実だと思われているし
 あんたが帰京したら
 すぐにでも婚儀だと皆信じているよ
 
 うちらは何が真実か知ってるが
 ウンスの耳に入れば
 いい気はしないだろうよ
 
 ただでさえ最近元気が無いようだし…
 ウンスは大丈夫なのかい?」
 
 
ヨンは二年前
国境への出陣途中
テマンから知らされた縁談の噂が
未だに信じられていることに驚いたが
自分が思っていたよりも
遥かに広まっていることを深刻に受け止め
そこには
賛成事一家の意図があるように感じた
 
 
「旅の疲れはあるようだ
 開京に着いて落ち着けば回復すると思うが…
 
 それより
 未だに縁談の噂が消えぬのは
 キム家の仕業だろう
 
 師叔にも頼むつもりだが
 手裏房で新たな噂を流してくれ
 
 賛成事の娘との縁談など作り話で
 チェ家にとっては迷惑千万
 俺にはちゃんと妻がいるとな
 
 情報操作は手裏房の御手の物だろう」
 
 
「わかったよ
 
 けど 当事者のあんたが噂を否定して
 ウンスといちゃつくのを見せるのが
 一番効果的だと思うけどね」
 
 
「ああ わかっておる
 もちろん噂は否定する
 
 だが 人前でいちゃつくなど
 武士ができるわけなかろう」
 
 
「何言ってんだい
 いつも通りでいいんだよ
 
 女人に無関心な大護軍も
 奥方だけは特別で
 他の女なんて目に入らないほど
 寵愛してるってこと
 いつものあんたを見せれば
 みんな一目でわかるさ
 
 とにかく
 ウンスが嫌な思いをしないように
 気遣ってやっとくれ
 ウンスはあたしの大事な友なんだからね
 泣かせたら承知しないよ」
 
 
 
***
 
 
 
ジウォンと温泉を楽しんだウンス
手裏房やヨンらと
旅の最後の夕餉を囲んだ
 
 
「医員殿
 塩州から白州は米や海老が名物です」
 
 
ウォンジョンが説明すると
ウンスは歓声をあげた
 
 
「黄海は高麗海老が有名だものね
 あっ! これ アミの塩辛ね!
 嬉しい! 大好きなの
 お米が美味しいから食べ過ぎちゃうわ」
 
 
言葉ではそう言っても
ウンスは少ししか手をつけなかった
 
 
もうすぐ開京に着くと思うと胸が苦しくて
せっかくの夕餉も食べられないわ
 
 
内心で皆がウンスを心配する中
ウォンジョンはウンスとジウォンの前に
油紙に包んだ米菓子を差し出した
 
 
「米どころですので
 土産にカンジョンをご用意しました
 これは日持ちしますので
 少しずつでも召し上がってください
 
 医員殿
 ジウォンと仲良くしていただいて
 ありがとうございました」
 
 
「やだウォンジョンさん
 お世話になってるのはこっちなんだから
 お礼を言うのは私の方よ
 
 それにジウォンがいてくれて
 私もとっても楽しかったわ
 
 明日でお別れじゃないわよね?
 これからも開京で会えるわよね?」
 
 
ジウォンがウォンジョンを見て
ウォンジョンが頷くと
ウンスとジウォンは手を取り合って喜んだ
 
 
 
***
 
 
 
 

 
窓辺に佇み外を眺めていたウンスを
背後から抱きしめたヨン
 
 
「イムジャ
 まだ食欲は戻らぬようだが体は大丈夫か?
 どこか辛いところがあるのか?」
 
 
開京に着いて
貴方が奥方の元へ行くのが辛いの
 
 
「前が食べ過ぎだっただけよ」
 
 
「しかし
 近頃は気力も無いではないか?
 もしや何かの病ではあるまいな?」
 
 
貴方を独占したい欲張り病よ
 
 
「大丈夫よ
 慣れない旅で少し疲れてるだけ」
 
 
「イムジャ
 何か食べられそうな物はあるか?
 欲しいものがあれば言うてくれ」
 
 
ウンスはヨンに向き直った
 
 
「私が欲しいのは貴方だけ
 貴方がいれば 他には何も要らないわ」
 
 
寂しそうに笑うウンスが
儚く消え入りそうで
不安になったヨンはウンスを強く抱きしめた
 
 
 

 
「イムジャ
 俺はずっとイムジャの傍におる
 イムジャを離さぬ
 俺はイムジャがおらぬと
 もう生きていけぬ」
 
 
「私も貴方と離れて生きていけないわ
 もう手遅れ 引き返せないのに
 どうしたらいいの」
 
 
ヨンと離れられない
でも
奥方といる貴方は見たくない
 
 
「何が手遅れなのだ?
 俺の傍におればよいではないか
 何を悩んでおるのだ?」
 
 
この時代の人たちにとっては
夫に側室や愛妾がいる生活なんて
当たり前のこと
 
いつまでもぐちぐち悩んで
受け入れられない私の心の問題なのよ
 
それに
正妻でもない私が
後からきて文句言うなんてお門違いよ
 
 
「ごめんねヨンア
 私 随分欲張りになったみたい」
 
 
偉大な崔瑩将軍を独り占めしたいなんて
わがまま過ぎるわウンス
 
 
「欲張り?
 イムジャのどこが欲張りだ?」
 
 
「いつも貴方が欲しくなるから」
 
 
ヨンはウンスと額を合わせた
 
 
「俺も同じだ
 いつもイムジャを欲しておる」
 
 
ヨンはウンスに口づけると
抱き上げて寝台に運んだ
 
 
「チェヨン 愛してるわ 貴方だけを」
 
 
 

 
ヨンを独占できる最後の夜だと思うと
ウンスの心は激しく揺れ
心と体に 深く刻み込むようにヨンを求めた
 
 
「ウンス 俺もウンスを愛しておる」
 
 
ウンスの心を癒すように
自分の不安を消すように
深く強く ヨンは自分をウンスに打ち込んだ
 
 
昨夜に続き
何度も自分を求めるウンスに違和感を覚えながら
自分の想いをぶつけるように抱いたヨン
 
 
それでも
夜が更けるほど
憂いを増していったウンスに
やがて
ヨンの不安も募りだし
気を失うように眠りについたウンスを
自分から離れぬよう
ずっと抱きしめていたのだった
 
 
そして 夜が明け
 
 
ヨンには待ちに待った
ウンスには来て欲しくなかった
開京到着の朝を迎えた
 
 
 
***
 
 
 
4・帰還 完