手裏房やチェヨン テマンに囲まれて
賑やかに夕餉を食べ 
楽しそうに談笑しているウンス
 
 
ウンスの様子を窺いながら
隊員らと夕餉をとっていたサンユンだが
そこで隊員たちから
思いがけない話を聞く
 
 
 

 
「組頭 見ましたか?
 魚の骨や海老の殻を取ったり
 医員様が咽せたら水まで飲ませて
 ずっと大護軍が甲斐甲斐しく
 食事の世話を焼いていましたよ
 
 それに大護軍は
 常に医員様から目を離しません
 怪しいと思いませんか?」
 
 
一人の隊員が話すと別の隊員も言い出した
 
 
「組頭
 先日 あの手裏房の内攻使いと大護軍が
 医員様を巡って争っていたそうです」
 
 
「なんでも医員様は内攻使いと
 ずっと一緒に暮らしておったそうです」
 
 
「なんだと どういうことだ?」
 
 
「ここへ来られる前まで
 共に暮らしていたそうで
 それを聞いた大護軍が内攻使いに
 今後は医員様に手を出すなと言われ
 内攻使いは医員様を自分の大切な女人ゆえ
 お前の指図は受けぬと反論し
 一触即発だったそうです」
 
 
「しかし なぜ大護軍が指図されるのだ
 医員殿と内攻使い お二人の問題であろう」
 
 
「それがどうやら大護軍も医員様と…」
 
 
「なんだ はっきり申せ」
 
 
「兵営の警らをしていた隊員から聞いた話ですが
 あの郡守邸で宴があった日の夜遅くに
 医員様の部屋から房事の際の嬌声が
 漏れ聞こえてきたそうです
 
 そして
 医員様の部屋に出入りしたのは
 大護軍しかいなかったと」
 
 
サンユンは驚きで言葉を失う
 
 
あの宴では薬を盛られたと聞いた
そしてウンス殿は襲われかけたと
 
では大護軍は薬で眠るウンス殿の
寝込みを襲ったのか
 
ジュファンを責めておきながら
自分も同じことをしたというのか
いやまさか
大護軍に限って 何かの間違いでは…
 
 
「大護軍には寵愛されている奥方がいて
 その奥方が開京に入られるゆえ
 国境から帰還する決意をされたと聞いたが…」
 
 
「はい しかし
 実は…    西京や黄州の宿でも大護軍は
 医員様と同じ部屋でお休みでした」
 
 
では 大護軍とウンス殿はやはり深い仲なのか
それでは
大護軍が寵愛するという奥方が開京に来たなら
今後ウンス殿は どうなるのだ…
大護軍は一体どうされるおつもりか…
 
 
「某が大護軍から事実を確認するゆえ
 お前たち それまでは決して口外してはならぬ
 無闇に噂をたてるな」
 
 
ウンスの名誉を守るため
隊員らに命じながらも
 
 
もしも大護軍がウンス殿に無体を働いたのなら
たとえ上官であっても決して赦しはせぬ
 
 
サンユンは激情に胸を焦がした
 
 
 
***
 
 
 
それぞれが夕餉を終え部屋に戻った頃
サンユンはヨンを訪ねた
 
 
「大護軍 お話があります」
 
 
サンユンの思い詰めた顔を見たヨンは
とうとう覚悟を決めたのだろうと
二人で人気のない建物の裏まで来た
 
 
「大護軍 尋ねたき儀がございます」
 
 
「なんだ」
 
 
怒りに震えそうなサンユンに対して
落ち着き払っているヨン
 
 
「大護軍は医員殿と
 どのような間柄でございましょう」
 
 
「なぜ知りたいのだ?
 お前には関係の無い事だが
 理由によっては教えてやろう」
 
 
 
 
 
「聞き捨てならない話を耳にしました
 大護軍にとっても医員殿にとっても
 良からぬ噂が立っております」
 
 
「どのような噂だ 興味深いな」
 
 
「郡守の宴があった夜
 大護軍が医員殿の部屋にずっとおったと」
 
 
「ああ 事実だ」
 
 
あっさり認めたヨンに
サンユンは憎らしさが溢れる
 
 
「西京の宿でも
 医員殿の部屋に泊まられたのですか?」
 
 
「ああ そうだ」
 
 
 
 
 
ふっ とヨンが鼻で笑うと
サンユンは怒りを露わにした
 
 
「では大護軍はジュファンを責めておきながら
 ウンス殿の寝込みを襲われたのですか!」
 
 
「いや
 寝込みは襲っておらぬ
 あの方は起きていた
 同意の上だが何か文句があるのか」
 
 
サンユンはヨンの開き直ったような態度と
ウンスの同意があったことに衝撃を受けた
 
 
「大護軍には寵愛されている奥方が
 おられると聞いております」
 
 
「いかにも」
 
 
「その奥方様が開京に入られるので
 此度 大護軍も帰還されると聞き及びました」
 
 
「いかにも」 
 
 
「では ウンス殿はどうなるのですか?
 側室にされるおつもりですか?
 妾にされるおつもりですか?」
 
 
「いや 側室にも妾にもするつもりはない」
 
 
「そんな!
 数日の慰みだったというのですか!」
 
 
「サンユン
 お前はただ噂の真相が知りたいのか?
 それとも
 あの方に対して特別な思いがあるのか?」
 
 
 
 
 
「某は大護軍と違って
 本気でウンス殿をお慕いし
 今後のことも真剣に考えております」
 
 
「俺と違ってか…    まあよい
 
 俺はお前が思うより
 遥かにあの方のことを真剣に考えておるが
 お前にわかってもらいたいとは思わぬのでな
 
 それにサンユン
 今後のこととは何だ
 あの方と男女の縁を望むなら
 それは無理だ あの方のことは諦めろ」
 
 
「嫌です
 ウンス殿は某にとってすでに大切な女人
 これは某とウンス殿  二人の問題です
 たとえ上官でも
 指図される覚えはありません
 それこそ大護軍には関係の無い事」
 
 
いつも冷静なサンユンが
ヨンに反発して強い眼差しを向けた
しかし
ヨンも真っ直ぐにサンユンを見て告げた
 
 
「いや 俺には関係がある
 
 あの方は俺の妻だ
 四年前から俺の たった一人の妻だ」
 
 
サンユンは驚きのあまり息をのんだ
 
 
今 大護軍は何と言った
妻? たった一人の妻?
 
では大護軍が寵愛する奥方とは
ウンス殿のことなのか?
 
奥方が開京に入られるゆえ大護軍も帰還するとは
今  この行程のことなのか?
 
 
サンユンは動揺し
事実と自分の考えを整理するのに時を要した
 
 
「し、しかし
 大護軍の奥方は郷妻でお体が弱いと…」
 
 
「確かに妻にした当時
 徳興君に刺された毒を解毒したばかりで
 体が弱っていたのは事実だ
 だが 今は問題ない
 郷へ向かい その後しばらく旅をしていたが
 戻ってきたゆえ 今後は開京で共に暮らす
 
 郷妻やら様々言われておるようだが
 事情を知らぬ奴らが勝手に
 噂しているだけのこと」
 
 
「それでは
 ウンス殿は本当に大護軍の奥方なのですね
 迂達赤はみな知っておるのですか?」
 
 
「古参の者は知っておる
 わざわざ自ら吹聴しておらぬゆえ
 みなが知るかどうかは知らぬ
 
 妻かと問われれば隠すつもりもないが
 俺のところに聞きに来る者は
 これまで誰もいなかったのでな」
 
 
サンユンは狼狽えつつ確認する
 
 
「で、では
 あの手裏房の内攻使いは?
 ウンス殿と共に暮らしていたと聞いています」
 
 
「内攻使いとは 妻が旅をしていた折
 護衛をしてくれていた 俺の師兄のことか?」
 
 
「師兄?」
 
 
「ああ 昔 赤月隊で一緒だった師兄だ」
 
 
「赤月隊!!」
 
 
あの伝説の隠密精鋭部隊!
 
みな特殊な武攻を持ち
生き残りは大護軍だけだと聞いたことがある
しかし あの手裏房も元赤月隊で
しかも 大護軍の師兄なら
内攻といい 武術といい あの強さも納得できる
 
 
サンユンは複雑な胸中のまま
ウンスを初めて見染めた日から
今日までを振り返る
 
 
冷静に考えれば大護軍とウンス殿は
明らかに特別な仲であった
 
 
 
 
 
〝ヨンア〟〝イムジャ〟と呼び合い
自然に触れ合っており
気さくなウンス殿が他の男と接触するのを
大護軍が悉く阻もうとしていた
 
 
これまで疑問に思っていたことも
ウンス殿が大護軍の妻だとすると全て腑に落ちる
 
 
なぜ気付かなかったのか
いや 違う
俺は 二人の仲を認めたくなかったのだ
 
しかし まさか 奥方だったとは…
 
 
そして 気付く
 
 
何ということだ…
 
生涯を共にしたいと初めて望んだ女人が
よりによって大護軍の妻で
俺はウンス殿本人よりも先に
夫である大護軍に気持ちを告げてしまった
 
 
サンユンは大きなため息を吐き項垂れたが
やおら姿勢を正すと深く頭を下げた
 
 
「大護軍
 知らなかった事とは言え大変失礼いたしました
 先ほど某が申した事はお忘れください
 
 決して二度と
 奥方に横恋慕するようなことは致しませぬ
 どうかお許しください」
 
 
「お前を惑わすつもりはなかったが
 徳興君の間者や
 他にも王宮の鼠に狙われておる身ゆえ
 身元を明かすのは危険だったのだ
 
 サンユン 許せ」
 
 
「いいえ 大護軍
 冷静になればわかったものを
 某 盲目になっておりました
 申し訳ありません」
 
 
「もうよい
 俺も昔 身に覚えがあるのでな
 それにサンユン
 お前は人を見る目があるのだ」
 
 
ヨンはそう言って少し口角をあげ
サンユンの肩を叩いた
 
 
「事情を知らぬ隊員が噂をしておりますゆえ
 話してもよろしいでしょうか?」
 
 
「わざわざ周知させるつもりはないが
 お前の判断に任せよう」
 
 
サンユンは己の想いを振り切るように
開き直って言った
 
 
「大護軍
 これほど大護軍を…    いえ他の男を
 羨ましく思ったことはありません」
 
 
「そうだろう
 俺がお前の立場でもそう思う
 俺には過ぎた妻だ
 
 それにしても 迂達赤にも随分と口が軽く
 噂好きの者がいるのだな
 そんな暇があるのなら
 まだまだ鍛え足りぬということか」
 
 
ヨンの言葉にサンユンも頷いた
 
 
この数日の懸念と蟠りが解け
尊敬する上官と信頼に足る部下の関係に戻った二人
 
 
カタン と音がした方を見遣ると
二階の窓からウンスが顔を出して空を見上げていた
 
 
ウンスへの想いを胸に
夜空に浮かぶ三日月とウンスを
二人は暫し 眺めたのだった
 
 
 
***