「默家だ!」
 
 
 
 
 
叫び声と警笛が鳴り響き
ウンスは慌てて飛び起き
足首の短刀を握ったが
すでにテマンやペク ジホ
ウォンジョンに囲まれていた
 
 
さらに数名の迂達赤が包囲するように
ウンスを守り飛んでくる矢を弾いているが
隣にいたはずのチェヨンの姿はなかった
 
 
ウンスは心配で囲まれた隙間から覗くと
ヨンやシン トルベ サンユンら迂達赤の精鋭が
黒装束の男たちと戦っており
ジウォンとシウル そしてマンソクが
弓で援護しているのが見えた
 
 
中でもヨンとシンは抜きん出て強かった
 
 
シンは剣を振りながらも軽攻を使って
仲間が戦う間をすり抜けながら
何かを投げる動きを繰り返していた
 
 
シンが通った後の默家は蹲り目をおさえ
その間に仲間が止めを刺した
 
 
ヨンは地面を蹴って宙を舞いながら
鬼剣の一振りで仕留め
圧されている迂達赤にも助太刀し
無駄な動きがなく
まるで優雅な剣舞のようだった
 
 
 
 
 
ヨンとシンは意図した連携で隊形をかえ
徐々に默家を一箇所に追い詰めていった
 
 
ヨンが合図してテマンが笛を吹き
迂達赤 手裏房が 一斉に引いた
 
 
ヨンは内気を巡らせ右手に溜めると
シンが叫んだ
 
 
「ヨンア!」
 
 
爆ぜ始めていた青白い光を一気に正面に放ったヨン
と同時に
シンが雷攻に重なるように手から渦を放つと
稲妻はより大きく光って
威力を増し 激しく轟いて  默家を襲った
 
 
一瞬の出来事だった
 
 
先ず光って 轟音がし 地が揺れた
次に感じたのは焦げたような  きな臭い匂い
 
 
竜巻が通り過ぎたように薙ぎ倒された草木と
枝を広げたように走った黒焦げの地面
 
 
そして
肌に奇妙な赤い模様が浮かんだ
黙家たちの死体
 
 
 

 
みなが驚愕し 身動きすらできぬ中
ウンスが呟いた
 
 
「リヒテンベルク図形」
 
 
 
***
 
 
 
ずっと短刀を握り締めていたウンスだが
ヨンがそばに来て強張るウンスの手から
ゆっくり短刀を外し  抱きしめると
ようやく体から力が抜けて微笑んだ
 
 
「生で見たの初めてよ」
 
 
ウンスは黙家の死体に浮かんだ赤い模様を
至近距離でまじまじと見つめて言った
 
 
死体の皮膚に表れた奇妙な柄が
何かの呪いのようで恐ろしく
尻込みする隊員もいたが
ウンスは頷きながら観察している
 
 
「ウンスや
 これが何か知ってるのかい?
 見た者が呪われたりしないだろうね」
 
 
「オンニ
 これは呪いじゃないの
 歴とした雷の放電による反応なのよ」
 
 
ウンスが説明を始めると
隊員たちも恐る恐る近づいてきた
 
 
「人の体には全身に血管ていう
 血の管があるのはわかる?
 ほら皮膚の下にも透けて見えているでしょう」
 
 
ウンスは袖をめくって自分の腕で説明した
色白のウンスの肌に青い筋が走っている
 
 
隊員たちはウンスの肌を見て頬を赤らめ
ヨンが咳払いをすると
みな目を逸らした
ヨンはウンスに近づき袖を戻して肌を隠す
 
 
「雷に撃たれるとね
 肌に電気が… 体に雷が走って 
 その衝撃でこの毛細血管…
 血の管が破裂するのよ
 
 だから血の管の広がる模様と
 同じような赤い樹枝状の模様が浮かぶの
 この電紋のことを
 〝リヒテンベルク図形〟っていうの
 
 これは見ても触れても絶対に呪われないわ
 それに感電することもないから大丈夫よ
 
 それより 迂達赤も手裏房も
 誰も怪我しなかったかしら?」
 
 
ウンスが大丈夫と断言したことで
迂達赤隊員や手裏房もほっとして
死体を片付け始めた
 
 
ヨンやシンは昔から
今回の様に  内攻を使って倭寇と戦っていたが
この現象について深く考えたことはなく
なんでも知るウンスの知識にまたも感心した
 
 
この方は本当に医官なのだ
我らの知らない知識を体得されている
素晴らしく聡明な女人だ
こんな女人には今まで会ったことがない
 
 
サンユンはウンスに惹かれる気持ちを
抑えられず
あと数日で開京に到着してしまう現実に
焦りを感じていた
 
 
 
***
 
 
 
「見て! すごく綺麗ね!
 
 こんな黄昏時をトワイライトっていうの
 私 この昼と夜の間のこの時間が大好き」
 
 
一行が海州に到着する頃
海に太陽が沈み始め
海面がきらきらと輝き茜色に包まれた
 
 
 
 
 
夕日に照らされたウンスの横顔は
本当に美しく
多くの隊員が 憧憬の思いでウンスを見つめた
 
 
ケ セラ セラ〜
 
 
またウンスが鼻歌を口ずさみ始めると
すでに耳に馴染みのあるフレーズを
多くの隊員らも心で歌っていた
 
 
やがて水平線が橙から淡い桃色へ
そして紫へと変化していく
 
 
一番星を指差して微笑むウンス
 
 
貴女はやはり天女なのだな
 
 
ヨンの胸は切なくなった
 
 
 
***
 
 
 
ウォンジョンの手配した宿に入り
ようやく長かった一日が終わる
 
 
明日の出立の打ち合わせや
站赤での馬の手配など全て終わらせ
みなで食堂へ向かう
 
 
ウンスが夕餉をとても楽しみにしていたので
ウォンジョンは女将に頼んで
海鮮鍋を拵えてもらっていた
 
 
ヨンにはすでに習慣と化していることだが
骨を外した魚をウンスの匙にのせたり
海老の殻を剥いてやったりと
まだ 四年前より痩せたままのウンスに
たくさん食べさせようと世話を焼き
その光景を迂達赤隊員は驚きの目で見ていた
 
 
ウンスはこの夕餉を旅で一番喜び
そんなウンスの姿を見て
共に卓を囲むみなも頬が緩んだのだった
 
 
 
***
 
 
 
賑やかに夕餉を摂るウンスから
少し離れた卓にいたサンユンは緊張していた
 
 
サンユンは国境の兵営を出てから
ずっと迷っていたが
開京到着を目前に
このままでは次に何時
ウンスに会えるかわからぬことに思い至った
 
 
そして
ウンスに許婚などいないことも後押しし
漸く ウンスに声をかける決意をしたのだった
 
 
この海州の宿にいるうちに
どうにかウンス殿と
二人きりになる機会を持てまいか
 
もしも理由を問われても
石鹸の礼だという名分もある
 
その際に思い切って想いを告げようか
 
いや 改めて人を立て
縁談の申し込みをした方がよいか
 
とりあえず
開京でもまたお会いしたいと伝え
次の約束をしていただこう
 
 
サンユンはウンスが気に入っていたと聞き
思わず購入した硯箱を
荷から懐に入れ直して
ウンスに声をかける機会を探っていたのだった
 
 
 
***