今回 帰還する道中
チェヨンはできるだけ野営はせず
ウンスを宿に泊めたかった
 
 
徳興君の陰謀で足止めされて遅くなったが
なんとか黄州までたどり着き
ウォンジョンの手配した宿に入った
 
 
流石に一日中 馬で移動し
昼間 襲撃もあったため
ウンスはぐったりと疲れていた
 
 
ヨンに支えられ部屋に入ると
そのまま寝台に横になる
 
 
「イムジャ
 飯はこちらに運ばせます
 鞍で擦れたところが痛むでしょう
 薬を塗ります 伏してください」
 
 
「えっ 貴方が塗る気?」
 
 
「他に誰が塗るというのですか
 さぁ 早う」
 
 
「嘘でしょ?!
 自分で塗るから結構よ
 貴方は出ててちょうだい」
 
 
ウンスは一旦
ヨンを部屋から追い出し
自分で股を見ると 見事に赤くなっており
皮が剥けているところもあった
尻側も手探りで痛いところに塗り横になると
そのまま寝入ってしまった
 
 
 

 
ヨンは翌日の出立の刻限を隊員に告げ
見回りの確認をするとシンを探したが
宿に手裏房らの気配はなく
今夜シンと話すのは諦め
ウンスの眠る部屋へと戻った
 
 
 
***
 
 
 
夜中に空腹で目覚めたウンス
卓にのる冷めた夕餉を食べていると
ヨンが湯桶を用意してくれた
 
 
ウンスは清拭するため衝立の裏に行ったが
ヨンもついて来る
 
 
「ちょっとヨンア
 体を拭きたいから向こうで待ってて」
 
 
「イムジャは疲れておるゆえ
 俺が拭きます」
 
 
「何言ってるの 
 貴方にそんな事させられないわ
 それに恥ずかしいでしょ
 自分でできるから ねっ」
 
 
昼間の悋気と不安の裏返しで
ヨンはウンスを独占し
ウンスにとって自分は唯一特別な男だと
どうしても確認したかった
 
 
「今更恥ずかしがらずとも
 イムジャの体は俺の方がよく知っています
 さぁ こちらへ」
 
 
 

 
真顔で答えるヨンにウンスは呆れ
しばらくは押し問答して拒否していたが
珍しく我を通すヨンに根負けし
羞恥にまみれつつも手拭いを預けた
 
 
ウンスの体を自由にできるのは俺だけだ
 
 
ヨンの支配欲は満たされ機嫌もよくなったが
やはり ただの清拭だけで終わらなかった
 
 
あちこち悪戯し始めたヨンに
ウンスは翻弄され戸惑いつつも
結局は受け入れてしまうのだった
 
 
 
***
 
 
 
様々な疲れから深く眠ったウンスは
翌朝 起きようとして悲鳴をあげた
 
 
長時間の乗馬により全身が筋肉痛で
特に背筋から大腿にかけての
激しい痛みに襲われたのだ
 
 
朝から再度 鞍擦れした部位に薬を塗り
何時戻ったのか手裏房らと朝餉を食べていたが
普段は食欲旺盛なウンスの食が進まず
何をするのも辛そうで
ヨンは甲斐甲斐しくウンスの世話を焼いていた
 
 
「イムジャ
 今日は共にチュホンに乗りましょう」
 
 
「でも それじゃあチュホンが可哀想よ」
 
 
「駈歩はしませぬ故 チュホンも大丈夫です
 今日はゆっくり参りましょう」
 
 
「でも 昨日いろいろあったから
 予定より遅れてるんじゃないの?」
 
 
ウンスが問うとテマンやジウォンが答える
 
 
「大丈夫です」
 
 
「あたしも疲れてるから
 ゆっくり行きたいわ」
 
 
「ウンスや〜
 あたしもお股から脚にかけての
 筋が痛むんだよ 後で診ておくれよ」
 
 
ペクが声をかけるとヨンが睨みつけ
 
 
「死にたいか
 お前の股をイムジャが診るなど断じて許さぬ」
 
 
ペクが拗ねて  みなが笑う砕けた空気の中 
内心一人で馬に乗れるか不安だったので
ウンスはヨンに甘えチュホンに乗ることにした
 
 
出立の支度をしていると
ヨンとシンが短く言葉を交わし
その後ウォンジョンと協議したあと
斥候を兼ねシンとウォンジョンは早駆けて行った
 
 
ウンスはチュホンの鼻面を撫で
 
 
「チュホ〜ン ごめんね
 今日はよろしくお願いします」
 
 
賢馬チュホンはまるで理解しているかのように
首を上下に振って応えた
 
 
ウンスは馬上ですっかりヨンに身を預け
時には居眠りするほど力を抜いていた
 
 
いくら二人乗りとは言え
あれはくっつき過ぎではないか
時々大護軍は  まるでユ医員の髪や頬に
接吻しているようにも見えるではないか
 
 
 
 
 
サンユンはそんな二人の様子に悋気し
次の休憩後 自分の馬に誘うか迷ったが
たとえチュホンが疲れてもテマンやトルベなど
親しい隊員を差し置いて自分が申し出るのは
下心を悟られるような気がして声を掛けられず
終始 悶々としていた
 
 
ケ セラ セラ〜
 
なるようになる〜
 
フ フ フ フフ フンフフン…
 
ケ セラ セラ〜
 
なるようになる〜
 
 
チュホンの馬上で揺れながら
無意識に鼻歌を口ずさむウンスが微笑ましく
一行は心を和ませていた
 
 
ウンスの香りに包まれながら
ウンスの腰を抱いてチュホンに乗るヨンは
自分を信頼しきって身を任せるウンスに
自然  顔も緩んでいた
 
 
無理せず休憩を挟み
常歩から軽速歩程度でゆっくり進んでも
まだ日が明るいうちに
予定していた沙里に到着し
無事 一行はウォンジョンが手配した
手裏房系列の宿に入った
 
 
 
***
 
 
 
「チュホンや〜 ありがとう
 お疲れ様でした」
 
 
沙里は山城もある交通結節点の街で
站赤(ジャムチ)が充実していた為
チュホン以外の馬は此処で全て乗り換えられ
二人乗りをして来たチュホンも
明日は騎乗なしで並走のみの予定だ
 
 
筋肉痛も幾分か解れたウンスは
夕餉の後
ジウォンにチャン都事のことを
こそこそと尋ねていた
 
 
「ねぇねぇ 二人は恋仲なの?」
 
 
「オンニ そんなんじゃないの
 第一身分が違うわ
 向こうは名門貴族チャン家の嫡男だもの
 あたしたちはただの幼馴染みよ」
 
 
「あ〜身分
 だったら私とヨンも駄目ってことね
 そもそも私は自分の身分すらわからないし
 高麗には実家すらないのよ」
 
 
「大護軍は身分なんて気にしないでしょ
 ウンスオンニが大事なんだから」
 
 
「それはあのチャンさんも同じじゃない?
 どう見てもジウォナのことを
 大切に想ってる瞳をしてたわ」
 
 
「オンニ からかわないで
 それに例え互いがどう思ってても
 身分は家同士の問題だもの
 チャン家の大奥様たちが許すはずないわ」
 
 
「そういうもんなの?
 まるで財閥に嫁ぐ庶民ってとこかしら
 
 でも ジウォナの気持ちはどうなの?
 誰にも言わないから正直に言って
 貴方はチャンさんをどう思っているの?」
 
 
「正直にいうと初恋よ
 でも まだ世間を知らなかった子供の頃の話よ
 もう心の整理もついたし
 本当に今は何とも思ってないわ」
 
 
「そうなの? お似合いの二人だったけど…
 じゃあ 今は誰を慕っているの?」
 
 
「えっ それは言えないわオンニ
 ごめんなさい」
 
 
「謝るってことは… まさか!? ヨンアなの?」
 
 
「やだ 違うわ 大護軍じゃない
 もう…    絶対に誰にも言わない?」
 
 
「ええ 私 医者だから守秘義務は得意なの!」
 
 
「はぁ オンニ〜 恥ずかしいわ」
 
 
「恋バナってそういうものよ
 で 誰なの?」
 
 
ジウォンは激しく照れて  もじもじした
ウンスはそんなジウォンを可愛く思う
 
 
「慕うというか…    憧れの人よ
 迂達赤の…    副隊長様
 やだ〜 言っちゃった
 誰にも言ったことないのに〜」
 
 
「えっ    チュンソクさんなの?!
 確かにすっごくいい人だし
 貴女も見る目があると思うけど
 ちょっと歳が離れ過ぎじゃない?」
 
 
「オンニ違うわ!
 チュンソク様は隊長よ
 あたしが慕っているのは副隊長!
 イ・ソジン様よ」
 
 
ジウォンが慌てて訂正した
 
 
「ふ〜ん 私の知らない人ね
 でも開京に着くのが楽しみになって来たわ!
 
 それでどれくらい脈ありなの?」
 
 
「まったく脈はないわ
 第一あたしの気持ちなんて知らないだろうし
 きっと相手にもされないわ」
 
 
「それはまだわかんないでしょ!?
 でもいいわね〜
 なんだかどきどきして甘酸っぱい青春よね〜
 私も もう一度初恋からやり直したいわ〜」
 
 
「貴女は今から誰とやり直すというのですか?」
 
 
突然横からヨンが口を挟み
ウンスとジウォンは飛び上がるほど驚いた
 
 
「ちょっとチェヨン!
 乙女の恋バナを盗み聞きするなんて最低よ
 何時からそこにいたの」
 
 
「貴女が〝甘酸っぱい青春よね〜〟と言うのが
 耳に入ってきただけで
 何も盗み聞きなどしておりませぬ」
 
 
ヨンの話を聞いて二人はほっとしたが
ヨンはウンスに問い詰めた
 
 
「で イムジャ
 一体 誰とやり直したいというのですか」
 
 
「もう!
 恋する相手の話じゃなくて
 恋する時期の話よ
 相手はもちろん貴方に決まってるでしょ
 
 高校生くらいの青春時代に戻れたら
 校内で貴方とどきどきする恋をしたいな〜
 きっとすごくときめいて楽しいわよ!
 
 貴方が校庭で体育の授業を受けてて
 私は教室の窓際からそれを見つめて…
 あっ ダメだわ!
 ヨンは運動神経抜群だから
 みんながヨンを好きになっちゃうわ
 
 
 

 
 ん〜
 共学はやめて
 男子校と女子校のシチュエーションもいいわね
 出会いはどうする?
 
 朝 駅で見染めるのはどう?
 あっ これもダメだわ
 女子がみんなヨンに群がって同じ車両に
 乗っちゃうわね
 ヨンは自転車通学にしなきゃ
 
 じゃあ バイト先で知り合うのはどう?
 例えばね……」
 
 
ウンスが空想にふけり始めると
ジウォンは静かに立ち去り
ヨンは持ってきた薬湯を卓に置いて
幸せそうに  にやつくウンスを見つめて
口角を上げた
 
 
 
 
 
 
***