村長の屋敷に着き
直ぐさま作戦は開始された
 
 
ジホとシウルが庭に忍び込み
混乱しないよう先んじて
村人の縄を解きながら
もう直ぐ助けが来ると伝えて落ち着かせた
 
 
ヨンや迂達赤らが突入し
あちこちで怒号や悲鳴が上がる中
一人 二人と門から出てきた村人を
役人やペクが誘導して保護し
怪我人がいないかウンスが確認していく
 
 
賊から殴られたり
拘束痕が残る者はいたが
幸い大きな怪我人はいなかった
 
 
幼子を抱いたジホやシウルも出てきたが
まだ迂達赤は誰も外へ出てこない
 
 
 
 
 
ヨンはきっと大丈夫
だって長生きする筈だもの
 
でも ずっと元気で長生きしたんだっけ?
途中で大怪我とかなかったかな?
 
歴史は受験勉強ぐらいしかしてないから
細かいところまでわかんないわ
徳興君は卑怯者だから
何か罠があるかもしれないし
 
 
ウンスはヨンのことが心配で
じっとしていられなかった
 
 
しばらくして怒号は収まり
迂達赤に捕獲された賊は一箇所に拘束され
服毒した者は台車に積まれた
 
 
乙組一班が捕縛した賊の見張りをし
役人は村人を集落まで送って行ったが
ヨンと乙組二班はまだ出てこない
 
 
ウンスは堪らず動き出した
テマンやジウォンに止められたが
 
 
「徳興君は毒使いよ
 もしも罠を仕掛けられて何かあったなら
 一刻も早く対処しなくちゃいけないの
 中の様子を見るだけ
 絶対に無茶はしないから お願い 行かせて」
 
 
制止を振り切り屋敷に向かったので
テマンは慌てて警笛を鳴らした
 
 
 

 
 
***
 
 
 
徳興君と対峙したヨンは
警笛が聞こえ舌打ちした
 
 
約束したにも関わらず
ウンスが動き出した合図だ
 
 
 

 
ここまで何人もの男を倒し
蔵近くの建屋まで辿り着いたヨンらの前に
黒装束の男に護られ  傍に女人を侍らし
薄ら笑いを浮かべる徳興君がいた
 
「久しいのお チェヨンよ
 我が妻は息災か」
 
 
「あの方がお前の妻になったことなど
 一瞬たりともないわ
 高麗へ足を踏み入れた以上
 お前はただの罪人だ」
 
 
「お前では話にならぬ
 我が妻を呼ぶのだ」
 
 
「誰のこと?
 私はあんたの妻になった覚えはないし
 この先も絶対にならないけどね」
 
 
ウンスがヨンの後ろから顔を出して
下まぶたを引き下げ  あかんべ  をして睨んだ
 
 
ウンスの仕草に迂達赤は驚いて口を開け
ジウォンとペクは吹き出しかけて必死で堪え
ヨンはウンスを小声で叱った
 
 
「イムジャ
 絶対に無茶はしない
 俺の指示に従うと約束したはずです
 なぜここまで来たのですか」
 
 
「あら
 ちゃんと貴方の言い付けを守ってるわ
 貴方いつも言うじゃない
 三歩離れては守れません
 俺のそばにいることって
 だから貴方のそばに来たのよ」
 
 
 
 
 
ウンスの用意していた言い訳に
手裏房らは苦笑し
迂達赤らは感心するやら呆れるやら
ヨンは目をぐるりと回したあと
深い溜め息をはいた
 
 
「おお やはり我が妻は変わらず美しいのう
 どうだ 共に元へ行かぬか」
 
 
「行くわけないでしょ!
 無関係な村の人達を巻き込んで
 あんた いい加減にしなさいよ!」
 
 
「その気の強さも懐かしい
 考え直すなら今のうちだ
 
 いずれ高麗は我がものとなる
 さすれば其方にこの国を捧げよう
 さぞや麗しい王妃になるであろうな」
 
 
 

 
にやつく徳興君に
ヨンの手から怒りで青白い光が爆ぜはじめた
 
 
「相変わらず
 現実と妄想の区別がつかない人ね
 
 王妃なんて  ちぃーっともなりたくない
 真っ平ごめんよ
 
 それに あんたは絶対
 王になれない運命なんだって
 何度も言ってるでしょ!
 
 ついでに
 私とも絶対に結ばれないし」
 
 
「では 己が手でその運命をかえるまで」

 
徳興君が顎で合図すると
黒装束の男は懐から瓶を出し
仲間が持っていた火種を点けて前に放った
 
 
徳興君とヨンらの間に撒かれていた油に
火炎瓶の炎は引火し 瞬く間に燃え広がり
蔵への進路を塞いだ
 
 
「もう一度聞く
 我と共に行かぬか
 其方の欲しいものは何でも手に入れ
 贅を尽くした暮らしをさせてやるぞ」
 
 
「ほんとにわからない人ね
 悪いこと言わないわ
 欲張らず 人のものを欲しがらず
 静かに暮らしなさい
 じゃないと長生きできないわよ」
 
 
徳興君が合図し
ヨンや迂達赤に向け
男らが懐中から瓶や焙烙玉を投げつけた
 
 
ヨンも迂達赤らも
剣で撃ち避けたが 瓶や玉は割れて
中の液体や火薬が飛び散り降りかかった
 
 
途端に油の匂いが強く漂い
ウンスは慌ててヨンの手を握り締め
雷光を止めようとする
 
 
「ヨンア ダメよ
 引火して燃えてしまうわ」
 
 
「其方が来ぬなら
 人質には死んでもらう」
 
 
そして男が再び何かに火をつけようとした
よく見ると 蔵から火薬がのびており
男のそばの導火線に繋がっている
 
 
「待って やめなさい
 人質は関係ないでしょ!」
 
 
ウンスが叫んだが
徳興君の表情は変わらず薄笑いを浮かべており
そばにいる男たちは油瓶を掲げて見せた
 
 
「最後の機会をやろう
 
 我とともに参るか
 それとも人質とその者らを殺すか
 
 さあ どちらだ」
 
 
ウンスが四年前
ヨンを救うために取引した時のように
苦渋の決断を下そうとした瞬間
ヨンが叫んだ
 
 
「下がれ! みな早く下がれ!
 お前にこの方は 死んでも渡さぬ」
 
 
迂達赤が戸惑う中
ジウォンとペクがウンスをヨンから離そうとする
ウンスは離れまいとヨンの袖を握りしめる
 
 
「やめて     放して        ヨンアーー!」
 
 
「下がれ!      早く下がれー!」
 
 
ヨンが再び叫び
固まっていた迂達赤も慌てて引いていった
 
 
「ウンスや      ごめんよ」
 
 
ペクがウンスを力尽くでヨンから引き離し
後ずさっていく
徳興君は立ち上がると
 
 
「せっかく機会をやったのに馬鹿な奴等だ
 仕方あるまい
 我が妻とは来世で睦まじく暮らすとしよう」
 
 
 
 
 
そう言って背を向け 女人を連れると
裏門に続く回廊へと歩き出した
 
 
男らは油瓶をさらに投げ付けて徳興君に続き
ヨンの前には炎の壁が燃え上がる
 
 
とうとう最後に残った男が
導火線目掛けて火を放った
 
 
パチパチと音と火花をあげながら
蔵に向かって導火線は一直線に燃え進む
 
 
ヨンは 一瞬 振り返ってウンスを見つめた
 
 
「ヨンア!!        いやーーーっ!!」
 
 
ウンスの悲痛な叫びが響く中
覚悟を決めたように微笑んだヨン
 
 
ぺジャを脱ぎ捨てるとヨンは
烈しく燃え立つ炎に向けて
一歩 足を踏み出した
 
 
 
***