「で ワンへって誰?」
 
 
ヨンや古参の迂達赤が怒りで顔色を変える中
ウンスが暢気に聞いた
 
 
王譓とは 徳興君のことです」
 
 
 


ウンスの動揺を心配したヨンだったが
意外にもウンスは軽く言い放った
 
 
「ああ あのストーカーね」
 
 
「すとかー?」
 
 
「そうストーカー
 
 特定の人に異常な程  関心を持って
 しつこく付き纏う人のこと」
 
 
「わあ 奴にぴったりな名前だな」
 
 
テマンが思わず呟くと
トルベも頷いている
 
 
どこに隠れていたのか
ちらほらと村人が出てきて娘に駆け寄り
娘もようやく安堵の表情を見せたので
次にウンスは少年と向き合った
 
 
テマナ 名前を聞いてくれる」
 
 
「テドって」
 
 
「テドや
 貴方も毒を持ってるの?
 捕まったら服毒しろって言われてるの?」
 
 
 
 
 
「丸薬を持ってるけど
 飲んでも死なない偽薬だって
 
 拷問を受けないために
 しばらく死んだように寝てるだけだって」
 
 
ウンスは驚きバッグから聴診器を出して
道端に並んでいる賊の死体を調べた
 
 
脈は触れない
呼吸は止まっている
瞳孔は開きっぱなし
聴診器で心臓と肺の音を確認する
 
 
「テド
 これから先 誰から何を言われても
 たとえ偽薬だから大丈夫だって言われても
 絶対に飲んじゃ駄目 絶対に!」
 
 
テドから丸薬を渡してもらい
ウンスは強く言った
 
 
隣町まで役人を呼びに行った迂達赤が戻り
捕縛された賊と死体は役人に引き渡された
 
 
「ねえ まだ子供よ
 拷問とか体罰はしないであげて
 それが心の病に繋がるのよ」
 
 
役人は驚いたが
ウンスの言葉を受けて
ヨンも口添えしてやると
大護軍からの命とあって役人も承知した
 
 
「テド
 貴方は生きるために
 大人の命令に従ったのね
 子供が生きのびるには過酷な環境だわ
 
 テドや
 もう人を傷つけたりしないでね
 
 貴方にも人生の曲がり角が必ず来るわ
 これから貴方の人生
 いい大人に巡り合って
 幸せになるよう 私 祈ってる」
 
 
ウンスが少年の両肩に手を置き
目を見ながら話すと
テマンが首を捻りながら短く訳した
 
 
 

 
少年は怪訝な顔をしながらも頷き
役人に連れられて行った
 
 
この様子を一行は黙って見ていたが
もう皆 ウンスに慣れてきたので
誰も妙には思わなかった
 
 
「さあ 次は監禁されてる人たちを助けに行くわよ
 村長の家ってどこかしら?
 案内してもらえます?」
 
 
 
***
 
 
 
村人から敷地内の配置や間取りを聞きとり
様子を探るためジホとシウルを
向かわせて戦略を練る
 
 
根城で少年が見た賊は十名ほどだが
総勢は知らぬと言っていた
 
 
村人が人質だと知れば
見殺しにできないウンスが必ず来るとわかって
待ち構えているのだ
 
 
こちらは手裏房の四人を入れて三十二
そして ウンス
 
 
いつもなら難なく勝てるが相手は毒使い
どんな罠があるやも知れぬ
 
 
ウンスを連れて行きたくはないが
置いていくのも危険だ
それに村人とウンスを守りながらの
戦いとなれば油断はできぬ
 
 
ここの役人は却って足手まといだ
しかも役人の姿をした賊がいるため
区別も難しい
村人の保護に専念させた方がいいだろう
 
 
ヨンやサンユンが戦略を考えていると
多くの隊員が疑問に思っていたことを
遠慮がちにジョンフンが尋ねた
 
 
「大護軍
 何故 徳興君がこれほどユ医員を
 狙うのか聞いてもよろしいですか?」
 
 
「奴はずっとこの方を
 自分の許婚だと言い張っているのだ」
 
 
サンユンは はっとした
ではユ医員の許婚の高貴な方というのは…
 
 
「昔も同様のことがあった
 
 この方を妻にしようとして断られ
 俺や重臣達を罠に嵌め
 婚姻しなければ殺すと脅して
 この方は仕方なく婚約を承諾したのだ
 
 その後 なんとか婚儀は回避できたが
 彼奴はこの方を毒針で刺した
 
 解毒薬もなく
 この方は危うく死ぬところだったのだ」
 
 
 

 
憤怒の形相で拳を握りしめるヨン
ウンスは困ったように苦笑して
ヨンの背を優しく撫でた
 
 
「徳興君は私のことを慕ってるわけじゃないの
 執着よ 執着 恋慕とは違うわ
 
 本当は劣等感の塊なんだと思う
 ずっと感情や意志を抑圧されてきた人が
 何かのきっかけに我慢をやめて
 抑圧する側になって周りを服従させたいの
 
 彼奴は私が自分の思い通りにならないのが
 我慢できないだけなのよ」
 
 
「確かに徳興君は
 王族の一員で王子だったのに
 身分の低い母親から生まれた庶子だからって
 ずっと隠れるように
 ひっそりと生きてきたらしいわね」
 
 
「その寝ていた子を起こしたのが
 奇轍ってわけさ
 本当に面倒なことしてくれたもんだよ」
 
 
ジウォンに続けてペクが言い捨てた
 
 
「まあ彼の場合は ある意味 病なのよ
 承認欲求が強くて
 プライドが高いから敗北感が許せないの
 
 だからいつまでも
 自分を受け入れなかった私に執拗に拘って
 無駄にエネルギーと時間をかけるのよ」
 
 
「病ならウンスが治せるのかい?」
 
 
ペクは何気なく聞いたのだが
ヨンにひどく睨みつけられた
 
 
「う〜ん これは心の病気だし
 もともとの気質もあるから難しいの
 
 それに手術で治せるものじゃないし
 私の専門外だわ
 すごく時間もかかるの
 私の世界でも この病の人はたくさんいたのよ」
 
 
「へえ 
 でも なんでこんな病になっちまうのさ
 思い通りにならない事なら
 あたしにだって山ほどあるよ」
 
 
ペクが不思議に思って聞いた
 
 
「原因はいろいろあって複雑なんだけど…
 
 強いて言うなら
 幼い時の愛情不足かしら
 心が満たされず
 寂しい思いをしてきたのかな
 
 つまり心が成長してない
 可哀想な人ってこと
 
 まっ ただの自己中な
 エゴイストかもしれないけどね
 
 とにかく 無関係な人達を巻き込んで
 自分勝手な事件を起こすなんて
 人の命を何だと思ってるのかしら」
 
 
ウンスの怒りが再燃した頃
シウルらが偵察から戻った
 
 
 
 
 
村長の屋敷に監禁されている村人はおよそ五十人
その多くは庭の一角に集められ
山賊のような形の者が三十名以上
 
 
人質の姿は見えなかったが
敷地の東にある蔵の前に
見張りが集中しており
蔵に近い建屋には
黒尽くめの男らがいたと報告された
 
 
ジホやシウルと乙組一班は
村人を救出し 外の役人に引き渡す
 
 
ヨンやサンユン マンソク トルベなど
手馴れの隊員と乙組二班は
屋敷内に入り黒装束の男らを相手とし
人質を探して救出する
 
 
役人の半数は集落を警らし
残りの役人とともに
テマンやジウォン ペクは屋敷の外で
ウンスを守ると決まったところでヨンが言った
 
 
「何があっても俺の指示に従ってください
 絶対に無茶をしないと約束してください」
 
 
今度こそウンスはみなの視線が集まる中
ヨンに約束を迫られ頷いた
 
 
 
***
 
 
 
一行が村長の屋敷に向かう道々
ペクがテマンに尋ねた
 
 
「ところでさ
 さっきウンスが賊の男の子に話した時
 あんたちゃんと通訳したのかい?
 
 ウンスが話してたのと尺が違い過ぎて
 気になったんだけど」
 
 
「う〜ん
 ユ医員の話を伝えるのは難しいから…」
 
 
「で なんて伝えてやったんだい?」
 
 
「まっとうに生きろ テド
 天女がお前の幸せを祈ってくれたぞ」
 
 
「なるほど
 確かに 間違っちゃいないね」
 
 
テマンとペクの会話を聞きながら
前を歩く手裏房や古参の迂達赤らも頷くのだった
 
 
 
***
 
 
 
村長の屋敷に向かいながら
サンユンの胸中は複雑だった
 
 
ずっとウンスに高貴な許婚がいると
ジュファンから聞いた話を信じていたサンユン
 
 
しかし
それは今や高麗では罪人である徳興君が
身勝手に吹聴していた妄言だったとわかり
驚きと同時に安堵と喜びでいっぱいだった
 
 
大護軍の話とウンス殿のこれまでの様子から
ウンス殿は女人でありながら
とても立派な医官だとわかった
 
少し変わった思想をお持ちだが
聡明で慈悲深く
お優しい方であることは間違いない
 
男女問わず
誰とでも触れ合うのが玉に瑕だが
それも気さくな性格と
異国の慣習や医官ゆえの慣れなのだろう
 
 
サンユンは改めてウンスへの想いを強くし
ウンスをつけ狙う徳興君に
憎しみが湧くのだった
 
 
 
***