心配していた夜間の襲撃はなかった
 
 
夜半の西京到着だったので
ウンスが疲れているだろうと
翌朝の出立は辰の初刻と
随分明るくなってからだった
 
 
「ここからは岊嶺道(チョルリョンド)を通って
 開京まで参りますが あまり大きな町はなく
 宿に泊まれず野営することもあるかと
 
 途中 辛くなったら我慢せず
 お知らせください」
 
 
座り心地を良くするためウンスの馬の鞍に
宿で買い取った座布団を括り付けながら
ヨンが伝えるとウンスは笑顔で頷いた
 
 
今日はヨンとサンユンが先頭を行き
隊の中央にウンス 横にジウォン
その前にテマン 後ろにトルベとジョンフンが付き
殿はマンソクが務めていた
 
 
まさか
殿を任されるとは思っていなかったマンソク
大護軍は本当に自分を信じているのだと
身を持って感じるのだった
 
 
 
 
 
暗闇ではわからなかったが
さすが昔 高句麗の都だっただけあって
市も港も朝から活気があった
 
 
半刻くらいは景色を楽しむ余裕もあったが
一刻は保たずにウンスの尻は悲鳴をあげ始めた
 
 
ウンスの様子を見ていたジウォンがテマンに知らせ
テマンの笛の合図で一行は厳戒態勢の中
川の畔で暫し休息をとった
馬にもしっかり水を飲ませ 草を喰ませる
 
 
「ごめんね 足手まといで」
 
 
ヨンは詫びるウンスを周囲から隠すように
木の裏に連れて行き 抱きしめた

 
 
 
 
「足手まといなどと誰も思うておりませぬ
 馬車よりもずっと速く進んでおります
 
 貴女に辛い思いをさせるのは
 速さを優先させ馬車を用意しなかった
 俺の責任です」
 
 
「貴方の責任じゃなくて
 乗馬に慣れてない私の自己責任だけどね
 ほんとに すぐ責任負いたがるんだから」
 
 
ウンスが苦笑していると
ヨンは急に背後からの鋭い気を感じた
 
 
振り向き 目を凝らしても何もない
気のせいか… いや
あの気は昔 確かに感じたことがある
 
 
警戒しながら
ウンスに水を飲ませ 念を押す
 
 
辛くなったら無理せずに言ってください
 
 
「わかったわ
 でも 次の休憩が昼餉だと思うと頑張れそう」
 
 
 

 
自分を励ますウンスが可愛くて
堪らずヨンは素早く口づけた
ウンスがちょっとびっくりした後 苦笑する
 
 
何です? ヨンが目で問うと
 
 
「また 髭が伸びてきたなって」
 
 
「嫌ですか」
 
 
「嫌じゃない
 髭があっても無くても
 ヨンアだったらそれでいいの」
 
 
ヨンは空を仰ぎ 大きく深呼吸した
そうしないと また抱きしめたくなり
そのまま押し倒したくなってしまう
 
 
ウンスの馬の元に戻り
鞍の敷物の固定を再確認する
 
 
「ありがとうヨンア
 昨日よりずっと快適よ」
 
 
「決して我慢しないでください」
 
 
「これくらいの間隔で休憩した方が
 馬も長持ちするんだから
 気にしなくていいのよ
 
 それに 大護軍にとっても
 休憩を挟んだ方が天女と触れ合えるしね」
 
 
ジウォンがこっそり耳打ちして笑った
ウンスは赤面しつつ
 
 
「でも遅くなると襲撃に遭っちゃうでしょ?!」
 
 
「違うわよ天女
 遅かれ早かれ必ず襲撃されるんだから
 
 その時天女は無茶しないで
 みんなに任せてくれればいいの」
 
 
あっけらかんと言い放つジウォンに
ウンスも開き直ることにした
 
 
「わかった じゃあ我慢しないことにする」
 
 
「そうそう
 あんたに我慢も遠慮も似合わないわよ
 先も長いんだから 無理しちゃだめよ」
 
 
いつの間に合流したのか
ペクも寄ってきてウンスと肩を組もうとしたが
ヨンに手を払われ阻まれた
 
 
「せっかく昨日あんたに頼まれたやつを
 探してきてやったのに
 そんな態度なら もうやらないよ」
 
 
「朝からオンニの姿が見えなくて寂しかったのよ
 ここからはまた一緒に行ってくれるの?」
 
 
ヨンに睨まれたペクが一瞬  不貞腐れたが
ウンスの言葉に機嫌を直して
 
 
「ウンスに免じて 渡してやるよ」
 
 
調達してきた膏薬をヨンに渡す
 
 
「鞍で擦れたところに 後で塗りましょう」
 
 
「何なのあの態度!」
 
 
 
 
 
ヨンはペクには返事もせず
ウンスにだけ声をかけるので
余計にペクは臍を曲げて 周りは笑っている
 
 
「オンニ
 このために朝から出かけてたのね
 ありがとう
 
 あとで私からもオンニにプレゼントがあるのよ」
 
 
「〝ぷれぜんと〟って何だい?」
 
 
「ソンムルよ 楽しみにしててね!」
 
 
再びペクは機嫌を直したが
ソンムルが待ちきれず
 
 
「ウンスや
 ソンムルが気になって仕方ないよ
 今 教えておくれよ」
 
 
「まったく 次の休憩まで待てないのか」
 
 
ヨンから嫌味を言われ またペクは拗ねた
 
 
「ふふふ
 まったく二人とも仲良しなんだから」
 
 
「「どこが仲良しなんだ!!」」
 
 
チェヨンもペクもぶつぶつ言ったが
ウンスは気にせず
 
 
「オンニ 昼餉で渡すからちょっと待ってね
 ヨンア もうオンニをいじめないで」
 
 
ウンスの一声でご機嫌になったペクは
マンソクと共に殿につくと
一行は再び出発した
 
 
 
***