朝が来て
ウンスが目覚めた時には
すでに
ヨンの姿はなかった
 
 
しかし
これまでと違い
ヨンがずっと自分と一緒に
夜を過ごしていると知ったウンスは
心の余裕ができたのか
鼻歌まじりに朝の身支度を整えていた


「ケ〜 セラ〜セラ〜 」


気怠い体も
ヨンに愛された証だと思うと
嬉しく感じるウンス
 
 
ヨンとミンソが四阿で抱擁していたことや
チェ家の屋敷でミンソに言われた言葉が
時折 脳裏を過ったが…
 
 
あの奥方には申し訳ないけど
ヨンは私のところに帰ってきてくれるって
確かに約束してくれた
他の女人のところには泊まらないって
 
 
開京の屋敷には自分が住み
近いうちに
鉄原に側室を迎えると
ミンソから聞かされていたウンスは
現実には
このままヨンを独占できると信じるほど
子どもではなかった
 
 
でも たとえそれが
私を安心させるための優しい嘘でも
ヨンにとっての約束は
昔は命を懸けるほど
重くて真剣だったんだから
今でもそれくらい私に本気ってことよね
私が愛されてることは間違いないのよ


たとえ奥方や側室という立場じゃなくても
私はそんな肩書きが欲しい訳じゃない
私が欲しいのはヨン
チェヨンの愛が欲しいのよ
そしてヨンは
間違いなく私を愛してる
一番欲しいものがあるんだもの
私はしあわせよ


ヨンの揺るぎない確かな愛を感じたウンスは
自分を納得させ
高麗屈指のチェ家の当主であり
奥方のいるヨンの立場を理解して
高麗人として此処で生きるのなら
考え方を変えて
懐の深い女になろうと覚悟したのだった


ふと卓を見ると
オレンジのストラップが残されている
 
 
そう言えば朝方からヨンが
私を起こして
なんとか事に及ぼうとしてたみたいだけど
とてもヨンのペースで致すのは無理よ
体力がついていかないわ

でもきっと 拗ねてるわね

致さぬなら カード…とかなんとか
耳元で言ってたような…
眠くて聞き流したけど
なんだかヨンは必死だったような気がする

ふふっ


口元に笑みを浮かべたウンス
必死に自分を欲しがるヨンを思い浮かべ
一人顔を赤らめながら
ストラップを手に取った


カードの枚数を数えると
残りは二枚になっている
 
 
あげるのケチったけど
結局 もう一枚
ヨンは早速手に入れたわけね

流石 崔瑩将軍
あれがもし策略なら
なかなかの軍師だわ

チェヨンが本気を出せば
あっという間に
全部のカードをゲットしそうね

 
苦笑しながら
どのカードが残されたのか確認したウンス
 
 
ヨンはあの二枚のカードを選んだのね
 
 
真剣な表情でカードを吟味していた
昨夜のヨンを思い出し
ウンスはまた
くすっと笑った
 
 
 
***
 
 
 
朝餉を終えた頃
ジウォンが来てテマンと交代し
ウンスはユリとジウォンを護衛に
典医寺に向かった
 
 
「オンニ
 今朝はペクと私
 どっちがオンニの護衛に行くかで
 勝負したのよ」
 
 
「ふふふ
 じゃあ ジウォンが来たってことは
 ペクオンニに勝ったの?」
 
 
「いいえ
 手合わせしてたら
 ペクには他に仕事があるって
 マンボ姐さんに連れて行かれたのよ」
 
 
「そうなの?
 手裏房も何かと忙しいものね」
 
 
「ユ先生
 武閣氏からは私ともう一人
 星組のヒョジュが先生の担当として
 当分は護衛することになりました
 
 二人がいない時は隊長か副隊長が
 任務に着かれると思います
 午後に交代があるので
 その時にヒョジュを紹介します」
 
 
「ありがとうユリさん」
 
 
「ユリさん
 ちゃんとオンニと大護軍の普段の様子を
 教えておかないと
 ヒョジュさんも二人の姿を見たら
 驚いちゃうんじゃない?」
 
 
「あっそうね!
 ペクさんを見ても驚かないように
 伝えておいたんだけど
 お二人のことはまだ話してないから
 びっくりするかも?!」
 
 
「ちょっと二人とも
 私とヨンがどうしたっていうの?
 何をびっくりするのよ」
 
 
「だってオンニ
 大護軍は隙あらばオンニを抱きしめたり
 口づけしようとするじゃない
 あれは年頃の娘には目に毒よ!」
 
 
「やだわジウォンたら!
 私たち
 そんなにしょっちゅうキスしてないわよ
 たまによ たまに」
 
 
「ユ先生
 〝きす〟とは何のことでしょうか?」
 
 
「ユリさん
 多分 きすって口づけのことよ
 だいぶオンニの言葉がわかるようになってきたわ
 ふふふ」


ユリが顔を赤らめ
ジウォンとウンスが笑い合う中
典医寺に着き
二人は入り口で待機した
 
 
典医寺では王妃の記録簿を揃えて
ジミンが待っていた
 
 
ウンスは懐から
ヨンに贈られたお気に入りの硯箱を出し
筆を握るとジミンに尋ねた
 
 
「ジミンさん
 まずは近い時期から順番に遡って
 王妃様の月経周期…月のモノを確認するわ」
 
 
ジミンが読み上げるのを
ウンスが英語やハングルや算用数字で
メモを取り 計算しているのを見て
ジミンは驚いた
 
 
漢字の読み書きはできないって
仰ってたけど
見たこともない文字をお書きだわ
 
 
「次はね
 王様との夫婦生活の記録を読んでもらえる?
 えーっと 夜のね」
 
 
ジミンは少しキョトンとしたが
その後みるみる真っ赤になり
戸惑っている
 
 
「独り身のジミンさんには
 恥ずかしい話かも知れないけど
 医学的見地からすれば
 大切な情報なの
 
 だから いつ
 お二人が夜伽されているか
 教えてくれる?」
 

脈診もできず
漢字もわからないというこの医官様は
何をどう学んでこられたのかと
ずっと疑問に思っていたジミン


夜伽のことも戸惑いなく
冷静に問う姿や
自分の知らぬ文字を操る姿に
この方は自分が全く知らない知識をもち
高麗の医官とは違うものの
間違いなく医官様なのだと
改めて感じたのだった
 
 
他にも王妃の既往歴や
脈診などにみる日頃の体調
普段 飲んでいる薬湯
運動量や睡眠時間
食事量や食べ物の好みなど
ウンスは淡々と王妃のデータを集めた
 
 
「うん 今日はこれくらいでいいわ
 明日の診察までに王妃様の月経周期から
 排卵日を計算しておくわ
 でも かなり不規則なようね」
 
 
ウンスが少し考え込む姿を隣で見ながら
流石チャン・ジン先生が尊敬される医官様だと
ウンスのことを憧れの眼差しで
見つめていたジミン
 
 
「薬湯からみて
 王妃様はかなり冷え性なのかしら?
 冷えも不妊にはよくないし
 他にも必要な栄養素を
 どう摂っていただくか
 明日 ジン先生と相談しなきゃ
 
 今日はありがとう ジミンさん」
 
 
ウンスが立ち上がると
ジミンは慌ててウンスを引き止めた
 
 
「あの ユ先生

 私にも先生の講義を
 受けさせていただけませんか?」
 
 
「は? 講義ってなんのこと?」
 
 
「チャン侍医がユ先生から
 いろいろ学ばれるとお聞きしました」
 
 
「ああ それね
 ジミンさんも気づいてるかも知れないけど
 ジン先生と私の学んできた医術は
 種類が違うのよ
 だから 私は漢医学?東洋医学に関しては
 まだまだ素人なの
 おまけに漢字も読めないし」
 
 
そこでウンスが
ペロっと舌を出したので
ジミンはその無邪気な仕草に驚いた
 
 
「ジン先生とは互いに教え合うことにしたの
 その方が公平でしょ?!
 
 だから ジミンさん
 貴女も私の話を聞きたいなら
 何か私にしてくれなくちゃ!」
 

そんなこと言われても
差し上げられる物は何も無い
たかが医女の私が
医官様相手に何ができるだろう


ジミンが困惑して俯いた時
ウンスは言った
 
 
「ジミンさん
 貴女これから私の助手をするっていうのはどう?
 王妃様の診察では脈診を
 私が漢字を覚えるまではカルテの記録を
 でも 貴女がただやるだけじゃなく
 やり方を私に教えてくれる?
 
 そしたら自然に私の知識を一番近くで
 学ぶことになるわ
 どうかしら?」
 
 
ウンスの提案に
ジミンは顔をあげて目を輝かせ
嬉しそうに返事をした
 
 
「ユ先生
 ありがとうございます
 チャン侍医の許可がおりれば
 是非 先生の助手をさせてください」
 
 
「だったら問題ないわ
 ジン先生は許可してくれるはずよ」


  


断言して笑うウンスに
ジミンは怪訝な表情を浮かべたが
ウンスが後ろを見て笑っているので振り向くと
そこにチャン侍医が立っていた
 
 
「ジン先生
 許可してくれないと貴方は
 二人の女人から恨みを買うことになるわよ」
 
 
話しながら
パチっとウンスがウィンクしてみせると
 
 
なんと愛らしい仕草をされるのだ
これで断れる男はいないだろう
 
 
チャン侍医は微笑んで
ジミンに助手になる許可を与えたので
ウンスはジミンに手を差し出した
 
 
ジミンは意味が分からず戸惑っていると
ウンスはさっさとジミンの右手を握り
上下に振った
 
 
「じゃあジミンさん
 そういうことで
 明日から貴女は私のパートナーよ
 どうぞよろしくね!」


感激して薄っすら瞳を潤ませたジミン
生まれて初めての握手だった
 
 
 
***
 
 
 
典医寺を後にしたウンスは
また鼻歌を歌いながら
今度は迂達赤兵舎に向かっていた


その頃 巷では
チェヨンが開京に凱旋したのを機に
マンボをはじめ手裏房らが情報を流したことで
賛成事一家のこれまでの虚言が
ようやく世の中に伝わり始めていた



***