王妃様から主治医になる許可を得たウンス
 
 
今の典医寺のドクターやスタッフは
どうなっているのか気になり
早速 典医寺の見学を希望した
 
 
王妃はチェ尚宮に案内するよう命じたものの
まだまだウンスと話し足りない様子
 
 
「姉様
 今夜は夕餉を共に致しましょう
 妹の我が儘に付き合うてくだされ」
 
 
ウンスがチェ尚宮を見ると
小さく頷いている
 
 
「わかりました王妃様
 楽しみにしてますね
 では また後ほどゆっくりとお話しましょ」
 
 
そこへ ちょうどボヨンとユリが来たので
チェ尚宮は王妃の警護を指示し
ウンスと共に坤成殿からさがった
 
 
 
***
 
 
 
ウンスとチェ尚宮が典医寺に向かい
回廊を歩いていると
一人の女官から
チェ尚宮が呼び止められた
 
 
「叔母様
 典医寺の場所はわかっています
 散歩しながら
 ゆっくり先に進んでますね」
 
 
「わかった
 じゃが 典医寺で待っておるのじゃぞ
 勝手に王宮から出てはならんぞ」
 
 
ウンスを心配しながらも
チェ尚宮が承知したので
ウンスはゆっくり歩き出した
 
 
まったく叔母様も心配症ね
もしかしてチェ家の血筋かしら
 
それにしても懐かしい回廊だわ
そして
何度も往復した典医寺への道
 
この先に
ヨンとパートナーになって
よく待ち合わせしてた四阿があったはず
 
 
ふと見ると
その四阿にヨンの後ろ姿が見えた
ウンスは嬉しくなって駆け寄ろうとし
ぴたと 足を止めた
 
 
正門でヨンを出迎え
ウンスに敵意を向けて睨んだ女人と共に
ヨンはいた
 
 
「おやおや
 これは医仙殿ではないか!?
 何をしに高麗に戻ってきたのだ」
 
 
立ち尽くすウンスに声を掛けてきたのは
あの女人の隣でウンスを睨みつけた重臣だった
ウンスが怯んだところで重臣は言った
 
 
「時に医仙殿
 あちらにいる二人は
 本当に似合いだと思わぬか
 
 ずっと大護軍の帰還を
 待っておったのだ
 久々の再会に
 大護軍も喜んでおるのだろう
 
 屋敷に帰るまで待ちきれずに
 ああして宮殿内でも逢引しておるほどだ
 
 慕い合う二人の邪魔をするのは無粋ゆえ
 道を変えませぬか?」
 
 
ウンスはショックで動けず目が離せなかった
しかし
そんなウンスに追い討ちをかけるように
女人がヨンに寄り添い
ヨンが抱きしめたのが目に入った
 
 
ウンスは途端に目を背け
力無くよろよろと後退さったが
心は激しく動揺していた
 
 
「医仙殿
 なぜまた高麗に戻ったのだ
 元の断事官から処刑を
 命じられたことをお忘れか?
 
 それとも
 後ろ盾も身分も何の財も持たぬ者が
 よもや
 大護軍の奥方になろうなどと
 大それた欲を出して
 戻ったのではあるまいな」
 
 
ウンスは頭が真っ白になり
何も考えられず
言い返すこともできなかった
 
 
「其方が戻ってきて
 一番迷惑を被るのは大護軍だ
 大護軍ともあろう者が
 大罪人を匿うわけにもいかぬ
 
 それに其方が原因で元と戦にでもなれば
 王様や王妃様がお困りになるだけでなく
 民までも被害を被ろう
 
 今日の凱旋でもわかっただろう
 いくら天界の医術や
 先見みの力があったとて
 高麗の民は誰も其方を歓迎しておらぬわ
 
 迷惑な罪人が
 図々しく開京まで戻りおって
 今度は何をしでかす気だ
 其方は高麗にとって禍いの種に過ぎぬのだ
 
 わかったら 元の居場所に戻られよ」
 
 
「賛成事殿! そこで何をしておられるか!」
 
 
チェ尚宮がウンスの元に駆け付けたが
賛成事は何食わぬ顔で言った
 
 
「これはこれは チェ尚宮
 何を怖い顔をしておるのだ
 医仙殿にご挨拶申し上げただけだ
 
 それでは医仙殿
 よろしく頼みましたよ」
 
 
賛成事は意気揚々と去って行った
 
 
チェ尚宮はウンスに声を掛けたが
ウンスは茫然としており
顔は真っ青になっていた
 
 
「ウンスや 顔色が悪い
 このまま典医寺へ参ろう」
 
 
チェ尚宮に支えられ典医寺に向かったウンス
典医寺を見学するどころか
どうやって辿り着いたかもわからぬ程動揺し
典医寺に着くや否や意識を失い
すぐ寝台に寝かされた
 
 
侍医の診察を受け
過労と血虚との診断を聞いたチェ尚宮
 
 
明らかにウンスの様子は
賛成事と会ってからおかしくなった
あの鼠の手下め
ウンスに一体何を言うたのだ
 
 
やっと戻ったウンスが倒れ
悲しげに歪むその顔を眺めながら
チェ尚宮は嫌な予感が胸を過った
 
 
 
***
 
 
 
兵舎に戻り荷を解こうとしていたところ
テマンから
ウンスが倒れたと聞いたチェ・ヨン
急いで典医寺に駆け付けた
 
 
蒼白い顔で寝台に横たわるウンスが心配で
チェ尚宮に詰め寄ったが
チェ尚宮はヨンの頭を叩き
顎で部屋の外へと促した
 
 
「侍医は何と言っているのだ」
 
 
「過労と血虚だと」
 
 
過労と聞いてヨンは
自分もその一因ではないかと
目を泳がせたが…
 
 
「では 何か精のつく物を食わせねば…
 この数日 食欲が無かったのだ
 
 テマンを使いにやってイムジャの好きな
 マンボ特製のクッパを作ってもらおう
 
 他には 鰻はどうだ あと…」
 
 
「ヨンア 落ち着くのだ
 
 ウンスが倒れる前に
 ちぃと気になることがあった」
 
 
「なんだ叔母上?」
 
 
「坤成殿で王妃様と話していた折は
 変わりなく楽しそうにしておった
 
 その後
 典医寺を見学したいと言うので
 回廊を歩いていたのだが
 ウンスが一人になった時
 賛成事がウンスに声をかけ
 何やら話していたようだ
 
 ウンスが具合を悪くしたのはそれからだ」
 
 
「なんだと!」
 
 
 

 
謀られた!
 
 
ヨンは舌打ちして
廊下の灯籠を蹴り上げ
またチェ尚宮に小突かれた
 
 
「俺も康安殿からさがった折に
 賛成事に待ち伏せされたのだ
 
 縁談を断っても納得してくれず
 どうしても一目娘に会えとしつこいので
 仕方なく四阿で娘御と会ったのだ
 
 イムジャは恐らくそれを見たに違いない」
 
 
「ウンスは顔色をなくして
 かなり動揺しておった
 
 二人の姿を見ただけではあるまい
 賛成事めに 何か言われたのだ
 
 あのク◯鼠め
 よくもうちの嫁を苛めてくれたな
 
 これ以上
 礼儀を欠いて強引な手を使うなら
 たとえ賛成事と言えど
 ただでは済まさん!」
 
 
チェ尚宮のあまりの剣幕に
ヨンは逆に落ち着きを取り戻した
 
 
「先ほど賛成事の娘御にも
 きっぱりと断った
 だが どうも様子が変なのだ
 
 いくら断っても
 結ばれる縁だとか
 貴方様のお気持ちはわかっているとか
 屋敷に帰ろうなどと
 全くこちらの話が通じんのだ
 
 あの娘御は…
 何か悪い病ではないか?!」
 
 
「もう何年も前から
 無断でチェ家に出入りして
 最近ではすっかりお前の奥方のように
 振る舞っておるそうじゃ
 
 執着のあまり
 どこか気が違っておるのやも
 
 そんな父娘ゆえ
 ウンスにまた何をしてくるかわからん
 お前も謀られんよう気を付けろ
 
 先日の義州の時のように眠らされ
 同衾したと吹聴でもされては
 本当に娶らねばならなくなるぞ」
 
 
「わかっておる
 
 叔母上
 外ではテマンとジウォンについてもらう故
 ウンスを一人にせぬよう
 王宮内では誰か武閣氏を付けてくれ
 
 俺は王様にお許しをいただいてくる」
 
 
ヨンはもう一度寝台まで行き
ウンスの寝顔を見つめ
髪を撫でながら溜め息を吐いた
 
 
また開京でも
ウンスに辛い思いをさせたことが申し訳なく
賛成事父娘への
震える程の怒りを押し殺して
王に許可をもらうため康安殿に向かった
 
 
 
***
 
 
 
康安殿を訪ねるとチャン宦官より
坤成殿に向かわれたと聞き
ヨンも王の後を追った
 
 
坤成殿でボヨンが大護軍の訪を告げると
そのまま入室を許されたが
強張ったヨンの顔を見て
王は眉を顰めた
 
 
「王様 小臣 お願いがございます」
 
 
「なんじゃ チェヨン
 
 姉上がまた典医寺に勤め
 王妃の主治医となる件なら
 すでに許可を与えたが」
 
 
「はっ その件では
 妻の願いを叶えてくださり
 恐悦至極に存じまする
 
 王様 小臣
 恐れ多いことだと承知の上でお願い致します
 
 今後 妻が王宮内に滞在する折は
 武閣氏の護衛を付けていただくか
 もしくはチェ家の私兵が
 王宮内へも出入りできる許可を
 お願い致します」
 
 
途端に王と王妃が顔を見合わせた
 
 
「大護軍 どういうことだ
 医仙に何かあったか?
 
 先ほど武閣氏より
 凱旋の際も襲われたと聞いた
 まさか宮殿内にも刺客がおったのか!?」
 
 
「いいえ王様
 刺客ではございませぬ
 
 妻が一時 一人になった折
 重臣が近づき妻に何やら吹き込み
 動揺を与えたようで
 妻は倒れ 典医寺で休んでおります」
 
 
「なんだとっ!
 その重臣とは誰じゃ? 医仙に何をした?」
 
 
「チェヨンよ 姉様の具合はどうなのだ?
 大事ないのか?」
 
 
今のところ大事には至っておらず
今はチェ尚宮が付いていることを伝えたヨン
 
 
賛成事が自分とウンスを謀った経緯と
父娘共 縁談の断りを受け入れず
迷惑していることも
王と王妃に話した
 
 
そばで話を聞いていたボヨンが
おずおずと王妃に伝える
 
 
「王妃様
 本日 宮殿の正門に到着した際
 賛成事様と御息女は大護軍の奥方様を
 たいそう恐ろしい顔つきで鋭く睨まれて
 奥方様は怯えておられました」
 
 
「まるで阿修羅のような凄まじい形相でした」
 
 
横からユリも口を出した
 
 
「なんと!
 賛成事も息女も何を考えておるのじゃ!」
 
 
王妃は顔色を変え感情を露わにした
王は幾分か考えると
 
 
「大護軍よ
 宣仁殿での賛成事の様子を見ても
 医仙を排除するために
 何をしてくるかわからん
 
 武閣氏を付けるため本日付けで
 再び医仙に命じるがよいか?」
 
 
「王様
 医仙とするのは今しばらくお待ち下さい
 
 妻は医仙としてではなく一医員として
 勤めることを希望しておるかと思います」
 
 
「左様か
 ならば医仙の称号に関しては
 また改めて姉上と相談してからとしよう
 
 ドチや
 本日付けでユ・ウンスを
 典医寺の医員 そして王妃の主治医に任ずる
 また ユ医員の勤める折は
 武閣氏が警護を行うこととし
 チェ家の私兵がユ医員に付き添うこと許可する
 
 これでよいか チェヨン」
 
 
「王様 有り難き幸せにございます」
 
 
「では ボヨンや
 早速 誰か典医寺に向かわせておくれ」
 
 
「王妃様 ユリを向かわせましょう
 ユ医員とも顔見知りですし
 事情も承知しておりますので」
 
 
ユリは頷き 直ぐ様 坤成殿を後にした
 
 
「それにしても
 賛成事の息女と大護軍の縁談の件は
 余の耳にも届いておったほどじゃ
 
 もちろん 事の真相は承知しておるゆえ
 信じてはおらなんだが
 なんとも厄介なことよのう
 
 賛成事は己の欲のためには何でもする男じゃ
 我が叔父とも通じておるのだろうが
 証拠を押さえねば罰することもできぬ
 
 何とか尻尾を掴めぬものか…」
 
 
「はっ 手裏房にも依頼しておりますが
 こちらでも手立てを考えまする」
 
 
ヨンは坤成殿を後にし
再び典医寺のウンスの元へと急いだ
 
 
王は王妃に言った
 
 
「それにしても王妃よ
 
 チェヨンは姉上のこととなると
 これまでの大護軍と同じ人物とは思えぬな
 よう喋るし 喜怒哀楽がわかりやすうなる」
 
 
「王様 まことにそうでございますね
 それにチェ尚宮も似たところがございます
 
 姉様が戻られたとわかってから
 ずっと  そわそわ  うきうき  としており
 あれやこれやと姉様が過ごしやすいよう
 気を配っておりました」
 
 
「チェ家にとっては
 待ちに待った家族が戻ってきたのだ
 
 その大事な姉上に害なす者は
 あの二人が決して許さぬじゃろう」
 
 
「童も待っておりました
 童も許しませぬ」
 
 
「王妃が待つものは余も共に待つ
 王妃が許さぬものは余も共に許さぬ
 
 我らは何をするのも二人一緒
 何ごとも共に受け止めて
 添い遂げるのじゃからのう」
 
 
「王様〜!」
 
 
恐れ多くも
そんな主君夫婦を可愛いらしく感じ
微笑ましい思いで
優しく見守るボヨンとドチであった
 
 
 
***