「〝医仙〟
 無事帰還の知らせ 余も安堵した
 
 大護軍チェヨンよ
 まことに大儀であった
 なんなりと褒美を申せ」
 
 
 
 
 
宣仁殿で王の前に跪き
帰還の挨拶をしたヨンの耳に
信じられない王の言葉が聞こえ
重臣たちにも動揺が広がった
 
 
「王様〜
 大護軍と共に参った女人は
 まことにあの医仙でございますか?」
 
 
重臣の一人が問うた
 
 
「そうじゃ
 天はこの高麗に再び
 天人を遣わせてくださったのじゃ」
 
 
チェ・ヨンの開京到着の喜びは一瞬で消え去り
ウンスを政に利用すると
宣言したも同然の王の言葉に
ヨンは愕然とした
 
 
「王様〜
 あの女人が間違いなく医仙であれば
 元より処刑の命が出ております
 即刻捕らえ
 征東行省に伝えねばなりません」
 
 
賛成事が嬉々として声高に訴えた
予測通りの反応に
厳しい顔をつくった王
 
 
「何故じゃ
 なぜ元に報せ
 天が高麗に遣わされた天人を
 処刑せねばならんのだ
 天の怒りが高麗に降りかかるではないか
 
 そちは元の人間か?  高麗の人間か?
 元に味方し  元の顔色を見る余り
 高麗に禍いが起きても良いというのか」
 
 
「いいえ とんでもありません王様
 私は高麗の人間です
 高麗の行く末と王様を思えばこそ
 元に歯向かうなど
 間違っておると申しておるのです
 どうか 速やかに
 医仙を捕えてください 王様」
 
 
「「「医仙を捕らえてください 王様〜」」」
 
 
皆声を合わせて一斉に頭を下げた
キ・チョルが死に
徳興君が去ってもまだ
己の保身しか考えていない
どこまでも卑劣な者たちは後を絶たず
 
 
「では聞くが
 何故 医仙のことでは元の命に従い
 国境での元との戦の勝利は祝うのじゃ?
 
 そちは故地の奪還にも反対で
 高麗の領土も また元に捧げるのか?
 
 情けないことにこれまで元には
 多くの人や物を献上し
 高麗の民が散々苦しんで来たのを知らぬのか?
 
 お前の故郷は何処じゃ?
 お前は何処の国の王に仕えておるのじゃ?
 
 さらに問うが
 医仙が高麗でどんな罪を犯したのか
 きっちり証拠をだして今すぐ説明してみよ!」
 
 
今すぐに証拠を出せと言われ
賛成事は押し黙り しかし憮然とした
横から他の重臣が言った
 
 
「王様〜
 医仙は妄言を申して 我らを惑わせました
 また妖術を使い死人を生き返らせたり
 呪い殺したり致しました」
 
 
「医仙の妄言とは何か?」
 
 
当時 キ・チョルと親しかった賛成事が
また王に訴えた
 
 
「徳成府院君の最期を予言し呪い殺しました
 徳成府院君に味方する者は滅びると申して
 権門勢家を追い詰めました
 そのうえ
 こともあろうか
 元がなくなると申しました」
 
 
「徳成府院君は呪い殺したのではない
 それはここにいる大護軍がよう知っておる」
 
 
ヨンは王の要請を受け
キ・チョルの最期を話した
 
 
「徳成府院君キ・チョルは
 自ら天界へ行こうとし
 嫌がる医仙を拐い
 挙句に自らの内攻で体を蝕み
 凍え死にました
 
 こちらにキ・チョルの遺体が運ばれた故
 賛成事様はじめ多くの重臣方が
 ご自身の目で確かめられたはず
 
 医仙に氷攻は使えませぬ
 氷攻が使え
 それを使い
 長年民を脅し
 また殺めてきたのは誰か
 皆様 お分かりのはず
 
 妖術というなら妖術使いは
 キ・チョルめでございます」
 
 
「権門勢家が追い詰められたのは
 医仙のせいにあらず
 
 医仙は政に一切関わっておらぬ
 
 関わるどころかみなに忠告しておった
 
 邪悪な権力者に道連れにされたくなくば
 王の家臣としてきちんと務めを果たせと
 
 医仙のその言葉を聞いた者は
 他にも此処におるじゃろう
 
 確かあの時
 この宣仁殿は隙間が無いほど
 重臣達で埋め尽くされておった
 余が帰国した日には
 出迎えもなく人影も無かったこの宣仁殿がな
 
 
 

 
 キファンフやキチョル頼みの権門勢家が
 それまで身勝手に利権を貪り
 私腹を肥してきた不正が暴かれただけじゃ
 
 それとも賛成事は
 破滅した者たちはみな医仙の指示で
 税も献上品も土地も民も私物化し
 流用や横領してきたというのか
 
 医仙が高麗にいたのは僅か数ヶ月
 どこまで遡って医仙に罪を着せたいのか申せ」
 
 
王は玉座から
不遜な態度を取る家臣らを見下ろした
 
 
「しかし王様
 医仙めは 元が滅びると予言しました
 元に知られては怒りを買いましょう」
 
 
まだ食い下がる賛成事に
王は冷ややかに笑い
 
 
「医仙め…     とな
 ほお
 誰が元に知らせるのじゃ? お前か?
 
 もし元がこの先滅びるのならば
 高麗の将来も考えものよのう
 
 高麗人だと吹聴しながら
 心では元に忠誠を誓う輩が要職を勤めていては
 高麗も元と共倒れになりかねん
 
 医仙の予言が妄言かどうか
 この先を見届けようではないか
 
 医仙が高麗のために申した予言が
 間違っていなかった折には
 そちには医仙を責めた責任を必ず取らせる故
 首を洗って待つがよい」
 
 
これまでの王と違って
堂々と自信を漲らせ重臣らを黙らせる姿に
その場にいたみなが驚いていたが
それでも医仙を認めるわけにいかぬと
重臣たちは顔を見合わせ気が気でない
 
 
「王様〜
 医仙は人の生き死にを操ります
 息を吹き込んで生かし
 息を吸い込んで魂を抜く
 これが妖魔でなくなんというのですか」
 
 
ねばる重臣に呆れた王が
ヨンに視線を寄越し合図した
 
 
額当てを外して床に叩きつけ
おもむろに立ち上がると
ウンスを侮辱した重臣の顔を
脳裏に焼きつけるように睨みつけたヨン
 
 
烈しい怒りを表す仕草とは裏腹に
ヨンはゆっくりした口調で静かに問うた
 
 
医仙が息を吸い込んで魂を抜いたとは
 どこの誰のことでしょう
 某 世情に疎く勉強不足故
 お教え願いたい」
 
 
ヨンは重臣の顔を真っ直ぐ見て問うたが
重臣は不満顔で視線を逸らし
何も答えなかった
 
 
「魂を抜かれた御仁など
 おらぬということでよろしいか
 
 では
 医仙の息で生き返った死人とは
 どこの誰のことでしょうか?」
 
 
これには重臣たちは騒めき
そのうち一人が嘲るように言った
 
 
「大護軍
 まさかご自身が身をもって
 体験されたことまで
 知らぬと惚けられるおつもりか?」
 
 
「某のことでしょうか?
 
 でしたら某
 一度も死んではおりませぬ
 医仙は死人を蘇らせたりできませぬ
 
 生死の狭間にいた某を
 医術を持って助けたのでございます」
 
 
確かに 俺の心は死んでいた
イムジャと出会っていなければ
イムジャに刺されることは無くとも
恐らく俺は
疾うの昔に死んでいただろう
 
 
「その医術を
 医仙は典医寺の医官や薬員にも教授した故
 他の医官の手で同様にして
 命を落とす前に助かった兵もおりまする
 
 よもや ご自身の知らぬ知識や医術は
 全て妖魔と決めつけ罰せられるおつもりか?
 それでは
 皆様の見識が浅くば
 数多くの妖魔がおり
 皆様の見識が深くば
 妖魔など一人もおらぬことになりましょう」
 
 
「大護軍
 屁理屈を申すな」
 
 
「事実を申し上げておるのです
 もちろん某も
 医仙の医術がなければ
 間違いなく死んでいたでしょう
 
 医仙の医術を否定するならば
 刺客に襲われた王妃様が
 重傷を負った折も
 医仙の医術を受けず
 助からなかった方が
 良かったとお考えなのでしょうか」
 
 
まだ親元派の重臣らは不満露わな表情だったが
反論する者は誰も居なかった
ヨンは畳み掛けるように言った
 
 
「医仙を否定するならば
 天界から連れて来るよう
 某に命じられた王様が
 間違っていたと仰るのでしょうか
 
 でしたら某は
 医仙を天界からお連れした責を取り
 本日 只今をもって
 大護軍の職を辞し
 王宮から下がらせていただく所存
 今後は
 本貫の鉄原にて隠居生活を送らせて
 いただきます」
 
 
ヨンに隠居などされては困る賛成事や
娘との縁談を考えている重臣らは
口を閉じて黙り込んだ
 
 
王は一同を見廻して問うた
 
 
「どうだ
 まだ医仙を妖魔だと申すか?
 まだ処刑を求める者はおるか?」
 
 
重臣らはもう誰も意見しなかった
座中のひとりひとりを見渡し
声を張って王は言った
 
 
「医仙は妖魔でも罪人でもない
 よって処罰も処刑もせぬ
 また
 元に医仙の帰還を知らせる義理はない
 
 本日この場をもって
 医仙に関する詮議は終いとする
 
 今後一切 この決定を覆すこと
 またこの議題を蒸し返すこと禁ずる
 
 万一
 医仙に不利益生ずる因縁付けし者あらば
 その者 元の手先とみなし
 高麗への謀反として処罰するゆえ
 そう心得よ
 
 これは王命じゃ
 みなの者 よいな!」
 
 
「「「は〜は〜」」」
 
 
ヨンは再び跪き
一同はまた声を揃えて 王に平伏した
 
 
ヨンは今後二度と
ウンスを妖魔扱いさせないため願い出た
 
 
「王様
 小臣 いただきたいものがございます」
 
 
「なんだチェヨンよ
 ようやく褒美を決めたか?」
 
 
「はい
 この場の重臣方に
 意思表示していただきたいのです
 
 医仙の医術を信頼し
 何かの折には医仙の治療を受けたいと願う方
 逆に
 医仙の治療だけは断じて受けぬという方には
 この先何があろうと医仙に関わらぬ
 またどんな病になろうとも
 本人とその一族は
 医仙の診察は受けぬという約定を
 皆様より取り付けて頂きたく
 その証を某の褒美にしとうございます」
 
 
「ほお 約定と証とな」
 
 
「はい
 
 医仙を信じず  従わず  治らぬ病を
 医仙の責にされとうございませぬ
 
 そして
 医仙は神でも妖魔でもありませぬ
 手の施し用のない病もございます
 
 某と医仙は一蓮托生
 またどこで因縁をつけられるか分からぬ故
 禍いの芽は摘んでおきとうございます
 
 ですので小臣はこの場にて
 重臣方の約定を頂きたくお願い致します」
 
 
王が合図し
アン・ドチ内官が用意した二枚の巻紙
それぞれにヨンはさらさらと文言を認め
王が頷いた
 
 
「では 
 何があろうと医仙に関わらぬ
 また医仙の治療は受けぬ者
 一族にも受けさせぬ者はこちら
 
 医仙の医術を認め
 医仙を信じる者はこちらに
 それぞれ
 署名をしに参れ」
 
 
真っ先に賛成事が立ち上がり
続いて親元派の者たちが釣られるように
署名を行い
他の重臣たちも銘々思う方に署名を行った
 
 
「ドチよ
 この場に居らぬ者も参内次第
 意思確認して署名させよ
 
 また本人の意思に反して
 署名させられる者が出ぬよう
 不正を行った者は双方
 厳しく処罰すると伝えよ
 後々 言い訳や水掛け論など
 聞きたくないでな」
 
 
こうして
しばらく開京を離れていたため
王宮内の勢力を把握しきれていないヨンにとって
今後 警戒せねばならぬ重臣の一覧が
重臣自らの署名によって出来上がったのだった
 
 
 
 
 
 
***
 
 
 
「いや〜    愉快愉快    のうチェヨンよ」
 
 
康安殿に向かいながら
王はチェ・ヨンに笑って言った
 
 
「王様    小臣    少々驚きました」
 
 
「そのようじゃな 
 其方は肝を潰したような顔をして
 その後    余を睨みつけたではないか」
 
 
王はまた
悪戯が成功した子のように笑った
 
 
「ご無礼致しました
 確かに小臣    肝が冷えました」
 
 
「まあ よい
 其方が今の官職に着いておるのは
 医仙を守るためだというのは
 ようわかっておる
 
 其方の一番は医仙じゃと
 もうだいぶ前に
 はっきり言われておるからのう」
 
 
「小臣の気持ちは変わっておりませぬ」
 
 
「それでよい
 大切な者を守るために
 国を守ってくれるなら
 その気持ちは充分 国への忠義じゃ
 
 王妃がのう
 せっかく姉様が戻ってきてくださるのに
 過去を隠して偽りの暮らしを強いるのは
 申し訳ない
 
 かと言って医仙だと申して
 また利用されたり
 危険な目に遭われるのも
 申し訳ない
 
 ただひっそり隠れて暮らされるのも
 姉様の気性に合わぬ故
 どうしたものかと
 ずっと憂いておったのでな
 
 四年前の医仙を否定もせず
 今後も姉様らしく健やかに
 堂々と暮していただくために
 余も策を考えたのじゃ」
 
 
そこで王はヨンを見て
にやりと笑った
 
 
「ここは〝正面突破〟でいこうとな」
 
 
 
***