白州の宿を出て半刻
 
 
礼成江まで来ると
対岸に鎧姿の一軍が見えた
 
 
船で渡し 一行はいよいよ
開京の隣り開豊(ケプン)まで着いた
 
 
「大護軍 ユ医員
 私はここまでと致します
 また マンボのところで会いましょう」
 
 
ウォンジョンは一行から外れて行った
ここから満月台(マンウォルデ)まではわずか五里
休憩を挟んでも あと二刻足らずで到着するだろう
 
 
ヨンの姿を見つけた武将が片膝をつくと
軍の兵らも一斉に跪いた
 
 
「高麗禁軍鷹揚軍護軍 アン・ジェ
 鴨緑江一帯の故地奪還を成し遂げた
 大護軍と迂達赤隊一行の凱旋にあたり
 お迎えに参上仕りました」
 
 
仰々しいアン・ジェの出迎えに
ヨンも形ばかり答える
 
 
「出迎え御苦労
 これより鷹揚軍は帰還隊の後ろにつけ」
 
 
アン・ジェ以外の禁軍兵士が
一斉に迂達赤に追従するため移動しだした
途端
にやりと笑うアン・ジェに
ヨンは詰め寄った
 
 
「アンジェ これは一体なんの真似だ!」
 
 
「そう怒るなチェヨン
 これでも少数に抑えた方なのだ」
 
 
そして 早馬のジョンフン到着後
王宮内で起こった出来事をヨンに伝えた
 
 
「どこで聞き知ったのか
 悲願の故地を取り戻した功労者が凱旋するのに
 民に報せず出迎えもせぬのは
 如何なものかと重臣らが騒ぎ出し
 王様に詰め寄ったのだ」
 
 
アン・ジェは苦笑し ヨンはため息を吐いた
 
 
「お前の気持ちはわかっておるが
 王様と民の気持ちも汲んでくれ」
 
 
「しかし 重臣らは別の思惑があるのだ」
 
 
「わかっておる そう怒るな」
 
 
ここでアン・ジェは周囲を見廻し
ぐっと声をひそめた
 
 
「重臣らは入宮のどさくさに紛れ
 お前を医仙から遠ざけ
 禁軍で取り囲んで捕らえよと言ってきた」
 
 
「なんだと!」
 
 
「もしも大護軍が
 昔 医仙と呼ばれた女人と一緒なら
 医仙は元の断事官から
 処刑を命じられていた
 それを名分に捕らえよと
 
 たとえ医仙ではないと言っても
 とりあえず 取り調べは必要だとな」
 
 
「今更…
 元が正式に医仙の処罰を
 要求してきたわけではなかろう」
 
 
「だから とりあえず捕らえて
 医仙の天界の知識を高麗の政に
 利用する腹づもりだ
 王様やお前との取り引き材料にもするだろう」
 
 
「王様はなんと言われておるのだ」
 
 
「もちろん医仙を処罰する気も
 元へ引き渡すこともお考えではない
 
 だが 政についてはわからん
 まだ親元派による反発も根強いし
 お世嗣がいない王様のお立場は磐石ではない
 医仙を利用する可能性はある」
 
 
「まさか…」
 
 
「それだけではない
 手裏房からの情報では
 大護軍が連れて戻る女人を
 拐おうとしている輩がいるらしい」
 
 
「なに! それは真か!?」
 
 
「そりゃあ おまえ
 大護軍の妻の座を狙う者からすれば
 大護軍のそばをうろつく女は邪魔だろう
 それが医仙であろうとなかろうとな
 
 だから 某が参り
 チェ尚宮が武閣氏を寄越したのだ」
 
 
そこで アン・ジェの後方に
藍色の衣の武閣氏が二人
控えていることに気づいた
 
 
「副隊長のボヨンは全て事情を知っておる
 それに禁軍の兵も 鼠の息のかかった者は
 何とか理由をつけて排除し
 俺の信頼できる者だけ連れてきた
 こっちもいろいろ大変だったのだ」
 
 
ヨンがウンスの元へ
アン・ジェと武閣氏を案内すると
武閣氏はウンスの前で跪き
 
 
「医員様 長旅お疲れ様でした
 私は武閣氏副隊長 ボヨン
 こちらは武閣氏 星組組長 ユリです
 
 王妃様と隊長より命じられ
 医員様の護衛として参上致しました」
 
 
「まあ 王妃様と叔母様が…」
 
 
「医員殿
 お久しぶりでございます
 これより開京 満月台まで
 お供仕ります」
 
 
「アンジェさん
 お久しぶりです
 わざわざありがとう」
 
 
アン・ジェと握手しようとしたウンスを
ヨンが阻むと
アン・ジェは吹き出すのを堪えて
 
 
「少し先に 部屋を用意しております
 そちらで着替えをお願いいたします」
 
 
ヨンが慌てて口を挟んだ
 
 
「待て 着替えとは?」
 
 
「隊長が用意されました
 医員様に 我ら武閣氏と手裏房の二人
 みなで同じ衣を来て
 笠を被り入宮するようにと」
 
 
「叔母上が?!
 そうか 承知した
 しかし手裏房の二人とは?
 女人はジウォン一人だが」
 
 
「や〜ね チェヨン
 もう一人はあたしのことに決まってるでしょ」
 
 
ペクが言うとボヨンも頷く
 
 
「叔母上は正気か?!
 此奴は見ての通り男だ」
 
 
「医員様を特定されぬよう
 ひとりでも多く同じ格好をして
 近くにいた方がよいとの
 隊長からの命でございます」
 
 
ヨンは呆れて 鼻で笑ったが
 
 
確かにウンスが目立たぬよう帰還したい
ウンスに対し不穏な動きがあっても
ペクが近くにいれば対処できるだろう
 
 
いつも憎まれ口をたたき
小競り合いしつつも
ペクの武術と臨機応変な対応力は認めているヨン
 
 
「わかった
 ただし 着替えの部屋は必ず別にしろ」
 
 
ヨンが釘を刺し ペクはまたへそを曲げた
いつもヨンを諫めたり
ペクを宥めるはずのウンスは
最初に挨拶したきり押し黙り
物思いに沈んでいるようだった
 
 
 
***
 
 
 
ウンスらの着替えを待つ間
民らが出迎えると知った迂達赤らも
髷をなでつけたり
鎧を付け直したりと
身嗜みを整えた
 
 
ウンスへの気持ちに区切りがついたサンユンは
荷の中から硯箱を取り出した
 
 
ユ医員への想いと共に
この硯箱も開京へ入る前にお別れだ
 
 
しかし 処分するにしても
道端に投げ棄てるわけにもいかず
どうするかと思案していると
 
 
「サンユン殿 御勤めご苦労様」
 
 
ボヨンから声をかけられた
驚くサンユンにボヨンは続けた
 
 
「ユ医員の護衛に来たのよ
 途中 襲撃もあって大変だったわね」
 
 
サンユンとボヨンは
迂達赤の組頭と武閣氏副隊長として
王族警備の協議や 合同演習 武芸競技会などで
これまで何度も顔を合わせていた
 
 
「そうか それはボヨン殿もお疲れ様です
 ところで護衛に来たなら
 ユ医員に付いてなくてよいのか?」
 
 
「ええ 今はいいの
 大護軍がユ医員の着替えを手伝っているから」
 
 
ボヨンが面白そうに笑った
ボヨンも事情を承知しているのだなと
サンユンは察して
 
 
「そうだ ボヨン殿 よかったらこれを
 
 土産にと思ったが もう必要無くなったので」
 
 
ボヨンに硯箱の入った包みを差し出した
 
 
「私がもらっていいの?」
 
 
「ああ 受け取ってもらえると某も助かる」
 
 
小さく上品な硯箱…
土産といいながら
開京を前にして必要ないなんて…
 
あ〜 
なるほどね
 
 
包みを受け取り中を見たボヨンは
鋭い女の勘でサンユンの気持ちを察した
 
 
「素敵な硯箱ね
 遠慮なくいただきます
 サンユン殿 コマウォオ」
 
 
深く理由を聞くわけでもなく
からっとした笑顔で礼を言うボヨンに
サンユンも自然と笑顔になった
 
 
あら こんな笑顔もするのね
初めて見たわ
 
 
ボヨンは包みを懐にしまった
 
 
 
***
 
 
 
他の手裏房は迂達赤の衣に着替え
ウンスも地味な衣と笠を被り
迂達赤隊の中程を
手裏房や武閣氏に守られながら進んでいった
 
 
開京に近づくにつれ
沿道に手をふる民が増え
いよいよ
開京の南大門が見えてきた
 
 
 
 
 
ようやくここまでウンスと帰ってきた
 
 
ヨンは感慨深く思ったが
ウンスは悲しみが募っていた
 
 
今夜からヨンは奥方の元に戻ってしまうのね
 
 
南大門を過ぎてからの大通りには民が詰め掛け
歓声が一行を出迎えた
 
 
民が熱烈にチェ・ヨンを迎えている様子を見て
やはりこの人は英雄なのだと改めて感じたウンス
 
 
高麗に拐われた後
キ・チョルや徳興君に狙われ
チェ・ヨンにずっと守ってもらったが
崔瑩将軍としては
歴史の授業で習っただけで
自分の目で民の反応は見たことはなかった
 
 
華やかな衣の一団が目に入った
美しく化粧をした妓生たちが
ヨンを見て黄色い悲鳴をあげている
 
 
途中 ペクが合図するので
そちらを見遣ると
マンボ兄妹が屋根からウンスを見ていた
 
 
迷子になって心細く  不安でいっぱいな中
保護者を見つけた時のような
安心感と懐かしさが胸に込み上げたウンスは
涙を浮かべながら二人に手を振った
二人はウンスに手を振り返しながら
 
 
「天女はどうしたんだい?
 なんだか元気がなさそうだよ」
 
 
「ほんとだな
 長旅の疲れがあるんじゃねぇか」
 
 
「それにしたって悲しそうな顔だよ
 こりゃ何か起こってるね」
 
 
 

 
「ペクらが帰ってきたら
 よ〜く話を聞かなきゃなんねぇな」
 
 
王宮に近づくにつれ
大きな屋敷が建ち並び
居並ぶ人々の顔ぶれも庶民から
お付きの者を従えた貴族らに変わって来た
 
 
御息女たちはみな
綺麗な衣で着飾り
気のせいかとも思ったが
まるで憧れのアイドルを見るように
目を輝かせヨンや迂達赤を見つめていた
 
 
あの娘たちは みんな良家のお嬢様
ヨンと結婚できるなら
親は喜んでヨンの後ろ盾になるんでしょうね
 
 
学生時代から尽くした先輩に
金持ちの令嬢と結婚すると告げられ
あっさりと捨てられた苦い過去を思い出し
ウンスは沿道から目を逸らした
 
 
不安な胸中のウンスは
ますます高麗での暮らしに自信を失い
馬が進むに任せて
もう周りを見ることもなく
俯き 溜め息をはいた
 
 
その時…
 
 
ウンスに向け真っ直ぐに
一本の矢が放たれた
 
 
 
***