王妃のお茶会から五日後
 
 
チョン・メイは
賛成事キム家の門をくぐった
そこは
チョン家の海州の屋敷より広く
開京の屋敷より華やかで
案内する使用人ですら品があるように見え
メイは圧倒された
 
 
先日初めて王宮へ行った際も
その荘厳さに驚いたが
両班とはいえ王族でもないのに
これほど豪華で美しい屋敷に住うなんて
力の差を見せつけられたようで
またまだ自分の知らない世界があると
思い知るのだった
 
 
こんなお屋敷に住まう御息女が田舎出身の私に
化粧や衣装の教えを乞うはずがない
 
 
やはりお義母様の言った通り
何か理由があって呼ばれたに違いないわ
 
 
あの茶会で私に関心を持ったなら
やはりチェヨン様とのこと…
 
 
メイは身構えた
 
 
 
 
 
キョン氏夫人は
屋敷を見て驚いているメイに
手入れの行き届いた庭園の四阿で茶をもてなした
 
 
しばらくするとミンソが来て
とても淑やかな振る舞いでメイに挨拶した
 
 
京の高貴な御息女を目の当たりにして
自分とは違い  これこそ良家の子女なのだと
メイは始めこそ意気消沈したが
二人ともメイに優しく接したので
次第に緊張も解れ
養女だと知りながらも親切な二人に好感を持ち
だんだんと心を許し始めた
 
 
キョン氏が合図を送り
ミンソはメイを自分の部屋に誘い
心を許しているような素振りで
話し始めた
 
 
「あなたはチェ将軍の許婚だった方の
 姉妹だと聞きました
 将軍とは仲がよろしいんでしょうね
 これからは私とも
 仲良くしていただきたいわ」
 
 
「それほどではありません
 将軍はとてもお忙しい方ですから」
 
 
「本当ね
 私は将軍との縁談があるのだけど
 将軍は倭寇討伐でお忙しく
 あまり開京におられないので
 なかなか具体的な話が進まなくて…
 私の父は盛大に御披露目をしたいというけれど
 ほら チェヨン様は控えめなお方ですから…」
 
 
「あのう 将軍と婚儀をされたら
 開京にお住まいになるのですか?」
 
 
「ええ そうしたいと思っています
 私の実家は開京ですし
 チェ家の本貫は東州鐵原ですが
 私は馴染みがないので」
 
 
「郷妻の方とは
 お会いになったことがありますか」
 
 
「いいえ まだありません
 あちらはお体が弱いそうで
 開京にいらっしゃらないし
 旦那様は北方の戦で
 しばらく開京を離れられるので
 ご挨拶する時がありませんの」
 
 
「将軍はまた戦ですか」
 
 
「ええ 今回は倭寇ではなく
 北の国境付近で元との戦です
 旦那様からお聞きになってませんか」
 
 
メイはミンソの話っぷりに
すっかりチェ・ヨン将軍とミンソの婚儀は
決まっているものと思い込んでしまった
 
 
「私は将軍とは戦や政の話は
 ほとんどしないので存じませんでした
 きっと心配をかけないように
 お気を遣われたのでしょう」
 
 
ミンソはメイの物言いに
チェ・ヨン将軍と
連絡を取り合っているのだと
勘違いした
 
 
「出陣を前に婚儀を急かしては
 お勤めに障りが出ますから
 この戦が終わるまで待つことにしたのです
 間も無く出陣ですから」
 
 
「ですが他の重臣の御息女も
 将軍に縁談を申し込むと聞きました」
 
 
「そのようですね
 お勤めに集中できないことをしては
 その時点で武士の妻は失格です
 
 将軍もご不快なだけでしょうに
 余計なことに口をはさまず家を守らねば
 武士の妻は務まりませんのに」
 
 
ミンソはメイを牽制する意味で
暗に今は縁談を申し込むなと釘を刺した
 
 
「出陣の際はお見送りされるのですか」
 
 
「あまり目立ったことは
 将軍も望まれないので
 ひっそりと見送るつもりです」
 
 
「では私も静かに見送ることにいたします」
 
 
「メイ様のように分をわきまえた方が
 側室でしたら
 私も仲良くできるのですが…」
 
 
「えっ
 私なら側室にしてもよいと
 思われるのですか」
 
 
「側室も何も
 メイ様もチェヨン将軍との縁談を
 希望されているのではないのですか?」
 
 
「はい
 実はもう随分前から
 将軍との縁談を望んでおりました
 
 でも父は海州と開京をいききしており
 母の看病や将軍の不在やらで
 なかなかお話を申し込む機会がなくて」
 
 
「でしたら
 私も他の方よりはメイ様ならいいわ
 将軍が帰還されて落ち着かれたら
 私からもお話してみましょうか?
 
 ただしメイ様が開京以外で
 お住まいになられたらの話ですが…
 やはり 目と鼻の先では
 互いに意識してしまうでしょうし
 それが原因で旦那様との仲まで
 違えては本末転倒ですから
 
 どうかしら?」
 
 
「私は将軍の妻になれるなら
 海州でも鐵原でも場所にはこだわりません
 将軍の望まれる所で暮らします」
 
 
「まあ よかったわ
 それでは 決まりね
 これからも家同士協力して
 チェヨン様を支えて行きましょうね」
 
 
メイは
ミンソは確かに気品があるが
チェヨン将軍が何年も婚儀をあげないのは
家同士の繋がりだけで
ミンソ本人への思慕はないのだろうと
内心安堵していた
 
そして
やはり姉に似ている自分の方が
チェヨン将軍から寵愛されるだろうし
ミンソよりも若いので
恐らく自分が嫡子を産めるだろう
そうすればミンソとの立場は逆転すると
思いを巡らせていた
 
 
ミンソは
メイとは然程歳も離れておらず
良家の若い娘に悋気しなくてもいいことや
開京からは追い出せることに安心していた
 
そして
由緒正しい良家の娘であり
美しく品もある自分の方が
チェ家の正妻に相応しく
チェヨン将軍に慕われ
郷妻のもとへ行かせぬ自信があった
 
 
こうして
チェ・ヨン本人の知らぬ所で知らぬ間に
京妻と郷妻になることを取り決め
お互いにチェ・ヨン将軍を支えようと
誓い合う二人に
ずっと聞き耳をたて二人を探っていたペクは
笑いを通り越して
呆れ果てるのだった
 
 
 
 
 
 
***
 
 
 
ミンソとメイが勝手な密約を交わした七日後
 
 
チェ・ヨンは恭愍王の悲願である
鴨緑江一帯の故地奪還のため
そして
愛するウンスを憂いなく迎えるため
天門の地を取り戻すべく
出陣して行った
 
 
大勢の大衆が見守る中
勘違い甚だしい二人の娘は
それぞれが妻の気分で
先頭を行く馬上の凛々しい旦那様を
熱い視線で見つめ
無事を祈り見送ったのだった
 
 
 
***