ヨンやウンスたちが国境で
王からの返信書簡を待っていた頃
開京で慌ただしく動き出す二組の親娘がいた
 
 
そのうちの一組が
賛成事キム・ビョンオクと
息女キム・ミンソ親娘である
 
 
 
***
 
 
 
キム・ビョンオクは
第29代忠穆王が世子時代に
禿魯花として元で暮らす間 帯同していた
 
 
第28代忠惠王が急逝し
即位のため八歳で世子が高麗に帰国した際
参理となったキム・ビョンオクは
自分の娘を王妃にできないかと
画策していたため
娘キム・ミンソは忠穆王の妃候補として
父に連れられ王宮に参内したことがあった
 
 
当時から自尊心の高かったミンソは
王妃という肩書には惹かれたが
線が細く頼りなげで
年下の王には魅力を感じず
その際 
王の警護をしていた
チェ・ヨンに一目惚れした
 
 
しかし
いくらチェ家嫡男とは言え所詮は武官
しかも出世欲も無いと噂の男だ
 
たかが迂達赤隊長よりもミンソが王に嫁せば
王妃の父 王の舅 何れは世子の祖父という
長きにわたり確たる地位が手に入る
 
 
欲を出した参理は娘の気持ちを勘案せず
この時はミンソの淡い初恋で終わる
 
 
しばらくして
忠穆王は早逝したため
無理に妃にせずよかったと
参理は内心安堵していた
 
 
十代のうち
沢山の求婚があったミンソ
すっかり自分の容姿に自信を持つようになり
父の頼みで何度か渋々見合いをしたものの
理想が高く縁談を承諾するまでには至らなかった
 
 
その後
父の遣いで王宮に参内した際
第30代王となった忠定王(慶昌君)の
警護をしているチェ・ヨンを遠目に見たミンソ 
 
 
 
 
 
ああ チェヨン様は変わらず素敵だわ
王様を見守る眼差しが温かくて
なんて優しい笑顔をされるのかしら
 
 
やっぱり私は
どうしてもこの人の妻になりたい
チェヨン様以上の殿方はいないわ
 
 
ヨンへの恋心が再燃し
今度ばかりは強く婚姻を望んだ
この時ミンソは二十歳
高麗での女人の適齢期は過ぎていた
 
 
愛娘のたっての願いで
参理は仕方なく
チェ家に見合いを申し込んだ
 
 
にも拘らず
けんもほろろに袖にされ
参理は一時 チェ家に対し
恨みさえ覚えたのだった
 
 
自分の美貌に自信のあるミンソは
一度見合いを断られても
所詮は書面の遣り取りだと納得せず
 
 
「私の姿を見れば
 チェヨン様が縁談を断るわけないわ
 お父様
 なんとかチェヨン様と会えるよう
 お取り計らいください
 お目にかかれさえすれば
 チェヨン様も必ず婚姻を望まれるはずです」
 
 
賛成事は娘の願いを叶えるため
何度か会合や宴に招いたが
チェ・ヨンは全く参加せず
宣仁殿でたまに見かける程度で
接点を持てなかった
 
 
またチェ家に使いをやっても
チェ・ヨン自身がもう何年も
屋敷に戻っていないと下男がいう
 
 
そのうち
元から江陵大君が帰国する直前
多くの重臣が宣恵亭で暗殺されたが
親元派のキム・ビョンオクは
巻き込まれることもなく賛成事になった
 
 
そして第31代高麗王が即位し
チェ・ヨンは王の寵臣となっていく
 
 
家柄も良く裕福で美しい私は
いつかきっとチェヨン様と結ばれる
だって運命のお相手だもの
 
 
信じて待っていたミンソは二十二を過ぎ
選り好みしている状況ではなかったが
好条件の縁談話はほとんど無くなり
ますますチェ・ヨンに執心していった
 
 
もう娘を王妃にするのは諦めた
だが もしもチェヨンが娘婿になれば
頼りない元育ちの王など思いのまま操れる
 
 
賛成事自身も
どうにかしてこの縁談を
まとめたくなっていた
 
 
倭寇討伐の出陣など
京を留守にすることも多く
チェ・ヨンに会えぬまま時は過ぎ
ある時 賛成事は
チェ家長老であるチェ尚宮から
思いがけない事実を突きつけられた
 
 
 

 
「甥にはすでに妻がいる
 いつまで待っても
 これ以上
 甥は縁談を受けないだろう
 
 
「いつの間にチェヨンは婚姻したのだ
 どこの息女だ」
 
 
賛成事は尋ねたが
チェ尚宮はそれ以上答えず
相手もわからないままで
チェ・ヨンの婚姻を
にわかには信じる者はいなかった
 
 
そのうち
妻のキョン氏夫人が王妃のお茶会で
チェ・ヨンの奥方の話を聞いてきた為
賛成事は金を握らせ
チェ家の族譜を調べたところ
どうやら地方豪族の娘で
郷妻のようだと知った
 
 
「京妻が居ないなら 
 正妻が居ないのと同じよ
 私は開京でチェヨン様の正妻になるわ」
 
 
 

 
ここまで待ったミンソは諦めきれず
頑なな愛娘のため
賛成事も意地になって策を練り
故地奪還のため
再び戦をしようとしていたチェ・ヨンに
北方への出陣間際を狙って
正式な婚書を送りつけた
 
 
しかも チェ尚宮や仲人の手を介さず
大護軍になってもそのまま使っていた
迂達赤兵舎の隊長室へ
他の書状に紛れこませて届けていた
 
 
ヨンは出陣の支度と
不在の間の王族警備の手配に慌ただしく
結局
求婚書に気付くことなく出陣となり
緊急性のない書状に埋もれたまま
求婚書は放置されていた
 
 
そして北方へ来て二年
チェ尚宮からの手紙で
キム家からの求婚書を
放置している現状を知ったのだった
 
 
直ぐにチェ尚宮を通して断りを伝えたが
一目 会わせるまでは
娘も納得しないのだと言う賛成事の執拗さに
チェ尚宮も呆れるのだった
 
 
相手は賛成事
自分よりも高い官位だ
ヨンにとっては
騙し討ちされたようで理不尽だったが
二年放置していたのは事実
帰京した際には誠意を尽くさねばならず
只管 面倒でしかなかった
 
 
 
***
 
 
 
賛成事キム家が
大護軍に婚書を送って早二年
 
 
地方豪族の息女だという大護軍の妻は
未だ 公の場に姿を見せず
 
体が弱いので実家で静養しているやら
 
郷妻として地方に置いておくやら
 
まだ少女のように若く
チェ・ヨンが戦で不在がちなのに
慣れぬ屋敷に残すのは不憫で
いまは実家に置き 何れは開京に落ち着くやら
 
様々な噂が流れていた
 
 
王様や王妃様など
極一部しか妻を見た者はおらず
 
とてつもなく美しいご令嬢
 
病弱で儚い雰囲気の女人
 
花の様に可愛い少女
 
容姿の噂もいろいろあった
 
 
しかし 結局
チェ・ヨンの妻が開京に住んでおらぬなら
正妻の座は空いており
妻を娶ったと聞いてもチェ・ヨンへの
縁談の申し込みは絶えなかった
 
 
まだ嫡子を授かった話も聞こえて来ず
妻でなく側室や愛妾でも構わないという
女人まで現れ
チェ・ヨンの寵愛を受けるのは
自分かも知れないと夢見る娘も多くいた
 
 
ヨンが婚書の存在を知らなかっただけだが
二年前に正式に婚儀を申し込み
未だ断られていないという事実をミンソは利用し
 
 
「二年前から縁談の話が出ていて
 チェ将軍の帰還を待っているの
 将軍が開京へ帰還次第
 婚儀になるかも知れないわ」
 
 
自分が許婚であるかのように話して
周りの娘を牽制した
 
 
そのうち
ミンソと大護軍の婚姻話は噂となり
その噂の決め手となったのは
度々 チェ家を訪れるミンソの姿だった
 
 
チェ・ヨン本人が不在の中
賛成事の息女ミンソを正妻とする
大護軍チェ・ヨンの婚姻は
周知の事実と化していった
 
 
 
***