こんにちはニコ

プレミアム・フライデー。。

これって週休二日の会社だけですよね。。。

まずは労働効率を上げるために全国で週休二日を励行するようにしてください。

雇用創出にもなって良さそうだけど。

 

 

 

 

今、読んでいる本にやり

 

 

「それは私の課題ではありません」

嫌われる勇気で主人公の香里奈の決まり文句。

原作から発展して作られている脚本ということですが、アドラーの心理学を利用してどうのっていうほどでもないかな。

それに言うけどさ、嫌われるようなことを平気でずけずけと言うことは他者の中に土足で介入しているような気がするよ~。

ちょっとタイトルの解釈がおかしい気もしないでもない。

 

 

読んでみて分かるけど、かなり「自分の中で反芻しないと理解できない」話だと思います。

私も少しずつ読んで、家事しながらずっと意味を考えています…あせる

 

 

 

「他者の課題を切り捨てる」ことで、人生の荷物を軽くし、人生をシンプルなものにする。

他者の課題には介入せずに、自分の課題にも介入させない。

差し伸べれば手が届くけど相手の領域に踏み込まない。

 

 

ん??ってなります?ぼけー

 

 

課題というのは、原文を読んでみないと課題のもうちょっと踏み込んだ意味が分からないね。

人生における自分がやるべきこと、こなしていくべきこと、解決していくべきこと。などでしょうか。

 

 

例えとして出てくるのが…

親が子どもに勉強しなさい!・・・といっても、その気持ちが通じない。

これは親が「子どものため」と言いつつ、本当は「いい学校に行って欲しい」見栄があったり、自分が出来なかったことを子どもを通じてかなえようとする気持ちが見え隠れするから。

 

 

課題を分離しなくてはいけない。

勉強をするのは親ではなく子ども、だから子どもの課題だ。

勉強をさせたいと思うのは親の課題ではない。これはすでに子どもの課題に介入しているということ。

 

 

勉強は誰のためのものか?ということが理解できれば、子どもは自ら勉強するようになる…

とはいっても、放置するのではなくて「いつでも助ける」というスタンスを親が見せていれば、子どもは困った時に頼ってくるようになる…うんぬん。

 

 

このことを考えていて、私が思ったことは実弟のこと。

私が頑張って意見を言っていても気持ちが通じないのは私の中に「うちの中に迷惑かけて欲しくないから」という気持ちがあるからかも。「老後に頼ってこられても迷惑だからしっかりして欲しい」という気持ちがあるのは、常に私は認めています。本人には言っていないけどね。

 

 

借金があったり、お金が貯まらないのは実弟の課題であって私の課題ではない。

私はアドバイスすることは出来るけど、頑張って借金返済するのもお金貯めるのも実弟と義妹の課題。

私は土足で踏み込んでたのかも知れないね…。

 

 

特に親しい間柄ほど、この他者の課題への介入は気をつけないと、変にこじれてしまうと思います。

アドラー曰く悩みの大半は人間関係だということなので、この課題は誰の課題なのか?と考えると無駄な悩みから解放されそう。

私は知らずに実践してたようだけど、実弟と距離を置いたことで楽にはなったかな。

とりあえず私はいつでも助けてあげるよという姿勢で、見守っていくつもりではいますニヤ

 

 

これで「ねーちゃんは冷たい!」と実弟が思ったとしても、実弟が私に対してどう思うかどうかは私の課題じゃないってことで。

 

 


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昨日の「嫌われる勇気」。

電話で「答えは… アルファベットのMです!」

って言ったけど、ちゃんと”M”って通じてたね??

日本人の発音と耳じゃ、絶対 「えっ… M? N? どっちどっち?!」ってなるはず。

「えっと… ミッキーのMです!マウスのMね!!」ってくだり欲しかったなぁ(笑)

というかクイズの解読が早すぎるなぁ…。