欠けた月 -2ページ目

欠けた月

とある占いによると月は心を現すといいます。
私の月は欠けた月。押しつぶされた月。

そんな脆弱さから出てくる無意味な言葉の羅列。あるいは叫び。あるいはメモがわり。

つまりは狂人の妄想
多分…

太鼓の音は大地を奮わせて
笛の音は空中に漂う、とある方向性のエネルギーを束ね誘導するのにとても良い
(ここで言う笛は木製の笛である)

また女の歌声、とりわけ若い女の歌声は不思議と天に届きやすい
…多分高い声の若い男性の歌声もそうだろう

では歳をとった女の声はと言うと
それは人に響く
歳をとった男の歌声も同様であるが
それぞれに響く方向が少し違う

やはり音楽というものはとてもチカラがあるものだ

自分には舞というものがよく分からない
しかし多分、舞というものも多分に力があるのだと思う

時々、意識をずらすと
状態の良い場所などでは
まるで精霊たちが舞い踊っているかのような
そんな幻が脳裏を占める時がある

私は其れを視て浸ることが好きだ

目でその舞を見ている訳では無い
しかし
目を瞑っていても隣の人が何かをしている時は
その気配がわかるように

私はその舞の雰囲気を感じる

或いは狂気のはじまりかもしれない
そんな哀しさとも恐怖ともとれる
不安にも似たような感情を抱えながら

私はその舞に心を委ねる
死神のようなものを小さい時に見たことがある

それは、複数いた

けれどその中の一人が

私にとってはとても大切な存在であり
私の人生に大きな影響を及ぼしている

それ以前からも
私は何となく由来の分からない情報を持ってくることの多い子供であったらしい

とはいえ子供である
子供は大人が持ちえない観察力と洞察力で
様々な情報を受け取り、理解し、処理する

その一部であった可能性はとても高い

しかし
とりあえずそれは置いておいて

私にとっては
その複数の死神のような、黒い人達との出会いは
とても重要なことになったことは間違いない

起きたままに夢を見るように
私はいくつかのことを学んだ

そうだ
大切なのは寝ずにその情報を得ることだった
決して眠ってはいけない

起きたままに
脳裏に浮かぶ情報で

私はとても印象深いものを得た

何となくではあるが
世界がどのようにして成り立っているのか
世界は“視る“立場によって
様々にその様相を変えることを学び

それらの、とても繊細なチカラをどのようにして
触れ、時には操作するのか

情報を脳が処理できる形式にまですくい上げる
方法の一部など

そして脳がわりと「嘘をつく」ことなども学んだ

そしてそれは後に…科学等を学ぶ過程で
割と事実に則しているらしいことも体験した

これらのことは
あまり周りの人間には話さなかった

これもまた、そうした方が良いというアドバイスを同様の方法によって得ていた…と自分では理解しているからだ

私はずっと
その存在を「先生」と呼んでいて

最近はその「先生」たちのことが
ようやく確信に近い形で理解出来てきたように
思える

多分、これを読む人の一部は縁がある人だ
いずれ…それはどれだけ永い時が経ったあとかは分からないが

私はその縁を、そして縁がある人たちを愛している

だから
全ての流れが円滑であるように
“私“は働きたい
何十年と生きてくると
自分なりに社会というのもを理解する

現時点での私の社会というものの理解は
「割といい加減で、殊日本においては“貴族“に都合の良い社会である」というものである

ここで言う“貴族“は別に血筋とかそういうものでは無い
いや、多少はそれらも関係はしているが
多くにおいては経済的に“オイシイ“思いができる人たちの事を指す感じだ
このことについての明確な言葉の定義はあえて伏せておこうと思う

まあ、そんな社会で生きていくのであるので
自分というものが楽に生きるためには
自分というものを“貴族“たちにあわせた生き方にアジャストする事が最も簡単な方法である

しかしこれは言葉で言うと容易いが
実際にはなかなか難しい

2ちゃんねるを創ったひろゆき氏の人生相談に対するアドバイスは一見すると、とてもシンプルで最もだと思うがそれを実践しようとするとなかなか難しい場面が多いのと似ていると自分は思う

世の中というものは実は目で見えることや
言葉で話せることよりも
目で見えにくいことや言葉で話せないor話しにくいことの方が、より重要であることが多い

これはいわゆるその人個人のベースカルチャーとかそういったものが小手先や上辺の知識よりも重要であることと似ている

そして人間というものは
実はそうしたベースカルチャーに縛られて生きている人がとても多い

そしてそのベースカルチャー故に
収入が上がらなかったり
思うような人生や経済でのパートナーが見つかりにくくなったりもする

いわゆる「運命改善」やら「幸福になる」ということは本当に容易ではないのだ

しかし容易ではないからと言ってできない訳では無い
ではどうするか?

ここで思い出すのは経済評論家の大前研一の言葉である
曰く「自分を変えるには三つの方法しかない。
ひとつは時間配分を変えること。二つ目は住む場所を変えること。3つ目は付き合う人を変えることだ。最も無意味なことは決意を新たにすることだ。」

このようにして自分を変えることこそが幸運への道であると自分は感じている

いわゆるおまじないとか魔術というものは
他者や周りを変えることと多くの人は考えがちではあるけれど…多くにおいて本当は反対のものであるのだ

日本の神々の根本的な作用は「縁結び」であると、その昔に神職をしている親戚から聞いたことがある

まあ、これは個人的な解釈であるかもしれないが
このように解釈する人が出るということも重要であると思う

話を戻すと、日本の神々が「縁結び」によりて人々を幸福へと導くのであれば
それは先程の大前研一氏のいう「付き合う人を変える」ことや、ひいては「住む場所を変える」ことが伴ってくると思う

人は縁によって作られ、縁によって生きる

その見えない縁を大切に
そして時には不要な縁を勇気を持って斬り払い
自分がのびのびと生きていくことこそが
幸福であると自分は感じている