欠けた月

欠けた月

とある占いによると月は心を現すといいます。
私の月は欠けた月。押しつぶされた月。

そんな脆弱さから出てくる無意味な言葉の羅列。あるいは叫び。あるいはメモがわり。

つまりは狂人の妄想
多分…

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ヒトの優しさや真心がとても心に染みて痛い

だから私はヒトからは優しくされなくても良いように強くなりたかった

でもなぜ私はこんなにも薄情になってしまったのだろう…原因は多分、ひねくれた私の中にある
ヒトから受けた優しさに上手く応えられない自分が嫌であるのだ
だから私は余計に他者の真心が心に刺さって、それで私は疼く痛みと人様の真心のありがたさに申し訳なくて、ありがたすぎて
独り暗いところで泣いている

本当はもっと明るく、素直に
真心には感謝で返せば良いのだ

それは、分かっている


でも人様の真心はとても整っていて
美しすぎて

上手くそれを受け止められない不器用な「私」

実は世の中は与える方が楽なのだ
そんの事を考えながら生きている自分が私は恥ずかしい
いまでこそ占いと言うと
心の癒しや詐欺、はたまた荒唐無稽な妄言にも似たようなものとして認識されるが
かつては占いだって科学していた

科学とは何か?と言われたら
物事を観察し、自然界の様々な事物に対して仮説を設け、最後はその仮説が成立するか否かを実験により検証する。この一連の流れが科学であり
仮説が論理的に組み立てられていなければ、その発見の価値は地に落ちる

そして占いもまた
かつては上記のような手続きを踏んだ、生まれ得なかった科学であったといえる

そんな占いの一部と私は変な縁で結ばれているところがある

カレーを食べに行ったらインドの占いを教えてもらったり、そもそもが家系的にちょっとばかりその手の話を齧っていたり…

まあ、そんな流れの中で私ははぐくまれたが
子供の時に変な啓示のようなものを受けたことがある
曰く「占いとは理論であり、理論は人から人への継承などがあるので、占い師においてはその系譜が重要である」という感じのものである
細部は異なるところもあるけれど、どうせ日記だからどうでもいい

そしてココ最近はその系譜について
色々と面白いページがあったので備忘録的に貼り付けておこうと思う

自分の師匠に当たる人も載っていて面白い

まずこちらは日本のもの
https://www.senjutsu.jp/labo/fortunetellers

こちらは台湾のもの
http://mt.sohu.com/20180614/n540685430.shtml

自分の生き方というものを再考する日が増え
少しばかり中国の昔の思想などをもう一度おさらいしてみたいと思った

自分は漢方などを生業としているので
自然と古代中国の思想などは縁があるのは確かである気がする

易経の再読なども良いし
昔は興味はなかったが
最近は
道教的な思想に少しばかり興味が湧いてきた

それで一昨日の夜などには
そうした道教的なことを教えてくれる人などは居ないものかとネットなどを調べて見たりもしたが

やはりどこか宗教ぽくもあり、躊躇していた

すると小さな啓示のようなものがあった

少なくとも私の道に関して
今回は人間に頼る必要はそんなにないという感じのものだった

あまりしっくりと来ないというか
半信半疑でいたが
昨日図らずも道教的なテキストや易経などに関する本を沢山貰った

これが縁というものだろうか
とりあえず、縁と縁をもたらしてくれた人と存在に感謝をして
これらを学んでいこうと思う

本来なら易経の資料からが正当であるけれど
久しぶりに黄帝内経も悪くない

少しだけ、嬉しい気持ちである