「八方美人だね」

真正面からミナにそう言われたあたしは、その言葉の意味を知らなくて、美人というワードだけを拾って、喜んだ。
ミナは一瞬変な顔をして、その後下を向いたままシェイクを飲んだ。私はニコニコしながらポテトのSサイズを食べていた。

家に帰ってママにその意味を聞いて、愕然とした。
「あたし、嫌われてるんじゃん」

確かに、誰からも好かれたいと思ってた。
みんなにいい顔しようとしてた。でも、別に問題もなかった。
昨日までは。

昨日、ミナに突然呼び出された。
『りっちゃん、今日放課後、会えないかな?駅前マックで。』
いつもと違う絵文字のない短い文面。最後に「。」を打つなんて、ほんと、ミナらしくない。
少し不思議には思ったけど、
『もちもちp(^^)qオッケーだよん(^O^)/』と返した。

マックに着くと、ミナは既に座って携帯をいじっていた。
その顔が、どこか疲れているように見えた。

「ミナ!」
あたしが声をかけると、真顔のまま、ミナはこっちを向いた。

「りっちゃんもなんか食べるなら買ってきなよ」
ミナが低いトーンで言った。
あたしは特にお腹も空いてなかったが、なんとなく口寂しいから、ポテトのSを買った。

「ミナ~今日はどしたのー??突然でビックリしたよぉ」
座るなりあたしはテンション高い声で話し掛けた。

「うん、突然ごめん。あの・・・まどろっこしい事言うのやだから、はっきり言うね。りっちゃん、私の悪口言ってたらしいね、服がダサいとか、かわいくないとか。」

一瞬自分の顔が硬直したのが自分でもわかった。でも、すぐ口が動いた。

「なにそれ!?まじで言ってんの?あたしがミナの悪口言うわけないじゃない!何それ、誰から聞いたん?」
あたしは必死に抗議した。
はっきり言って思い当たる節はあった。マホだ。
マホは、ミナの彼氏のユージがずっと好きだった。だからミナのことが気に入らないのだ。それで悪口を言っていたマホに、私も同調した。
別にミナの服がダサいとか、かわいくないなんて一度も思ったことはない。でも、その場は同調して、自分も悪口を言ってしまった。

そんなことは、日々しょっちゅうあることだ。

「そっか・・・あんた、言ってないんだね。マホからそう聞いてたんだけど。」

「マホはすぐ嘘つくからなぁー!ほんっと信用できない!!むかつく!!」

その後ミナは数秒間こっちをじーっと見つめた。
その後出てきたのが例の言葉だった。




「八方美人だね」



「八方美人だね」と言われて、
ニヤニヤしてしまったあたし。
恥ずかしい。ああ、恥ずかしい。

ミナも呆れたことだろう。

ミナには嫌われてしまった。
ミナはもともと思ったことをはっきり言う性格だ。
だからきっと、この先もいろいろな事であたしは傷つけられるかもしれない。
それを思えば、ミナ1人に嫌われるのも、別にいいか、と思えた。

次の日からあたしはミナと全く話さなくなった。目も合わせなくなった。
あたしはマホ達のグループと一緒にいた。ミナの悪口もたくさん言った。
自分にフィルターをかければ、なんでも言えた。

だけど、ある日、ミナがユージ君と別れたと聞いた。
あたしは信じられなかった。あんなに仲良かったのに。
マホは大喜びだった。
あたしはそのマホを見て、なんか無性にイライラした。

「りっちゃん、ほらね、言ったとおりでしょ?あんなミナみたいな女さぁ、ユージ君だって嫌に決まってんのよ。りっちゃんも離れてマジ正解!きゃははははは・・!」
「・・・そこまで言わなくてもいいんじゃない?」
「りっちゃん何言ってんのよ。最高じゃない、今日。私超ハッピーだしー!てゆーか、ミナきもい!!」
きゃはははははー!!
周りにいたサヨちゃんもリエコちゃんもマキちゃんもみんなで笑った。
ぞっとした。
そして、そのあと。
あたしの中でイライラとしていた物が、プツンという音を立てた。

「人が悲しんでるのをそうやって笑うことしかできないの?そっちのがだいぶキモイんだけど。」

自分で驚いた。
まさかこの場でこんなこと言うなんて。
言った瞬間ゾッとした。
でも、そこにいた4人の表情を見て、ゾッとするなんていう感情は非常にちっぽけに感じた。
それほど、冷たい目であたしを睨んでいた。

「あんた、もう、仲間じゃない。ね?みんな。」
マホが目配せすると、周りにいた3人もうんうんと、そういうオモチャであるかのように頷いた。

「まじむかつく!!あんた、いい子ぶってさ。消えて!!大ッ嫌い!!!」
そう言い放ってその集団はあたしの前から消えた。
あたしは、自分の言ったことに責任をとれる余裕がなかった。
めちゃくちゃ後悔した。

面と向かって大嫌いと言われた。
みんなに好かれようと、生きてきたのに。
一気に4人、いや、ミナも含めれば5人に嫌われてしまった。
あたしは何かが崩れていきのを感じた。
今まで守ってきた仮面みたいなものが、一気に崩壊したようなかんじだった。


次の日から、誰もあたしと話してくれなくなった。
話してくれないどころか、ヒソヒソとあたしの悪口を言う声が常に聴こえてくる。
あたしは張り付いたように教室の椅子に座り、必死で耳を抑えていた。


どっと疲れていた。人と会いたくなかった。
チャイムが鳴ると同時くらいのタイミングで、その日も学校を出た。
逃げるように帰った。

だけど、あたしよりも早く、前を歩いている人がいた。
ミナだった。

あたしは声をかけようと思ったが、無理だった。
別にミナのせいじゃない。あたしのせいだ。
あんなに悪口言って、ミナをみんなで無視して、合わせる顔がなかった。

気づかれないように後ろを歩いていたけど、
ミナは突然振り返った。

「あ、やっぱ、りっちゃんかぁ」

久しぶりに人に声をかけてもらった。

ミナの顔を見て驚いた。

目は腫れて、顔もむくんでいた。
目もうつろだった。

「りっちゃん、私、ふられちゃったぁ。なんかユージ君、友達と仲良くしろしろっていうからさぁ、私は一人でもいいんだーって言い張ったら、おまえはもういいや、だってさ。」

ミナの目は私を通り越して遠くを見ていた。
そして続けた。
「りっちゃんの足音はすぐにわかるね。いつもいつもちょっと自信なさそうに、でも存在感がある歩き方だよね。いっつもそう思ってたから」

涙が溢れた。
「ミナ、ごめん、ごめんなさい、ごめん。ごめんね。本当にごめん。すみませんでした。ごめん」
気づけばごめんしか言えなくなっていた。

「ちょっと何それ?ごめんの活用形なの?あははー」
ミナは笑った。

あたしは自分が情けなくて恥ずかしくて憎くてたまらなかった。

あたしってなんなんだろう。
本当のあたしって誰なんだろう。
人に合わせて、みんなに好かれるように生きて、
結果的にみんなに嫌われて。
今まであたしと一緒にいてくれた人は、
結局なんだったんだろう。
あたしのことは本気で友達とは思っていなかったんだろうか。
うん、きっとそうなんだ。
みんなも仮面の上で、あたしのことを好きだって言ってくれてただけ。
本気であたしを好いてくれている人なんて、誰もいないんだ。

いろんな想いが駆け巡り、
涙は全く止まらなかった。

「・・・・りっちゃんって、マーブルチョコみたいだよね」

バカなあたしだけど、意味はすぐにわかった。
色がいろいろある。
つまり、それこそ、八方美人ってことだ。
もう、何言われてもよかったが、
トドメの一撃な気がした。

「マーブルチョコってさ、いろーんな色があるじゃない。カラフルで。」
うんうん、その意味はもうわかってるから。言わないで。
「一見みんな違って、いろんなチョコがあるように見えるけど、食べるとおんなじ味のチョコなんだよね。で、どの色からも、おんなじ色の深い茶色のチョコレートが出てくるでしょう?だから・・」

「?・・・だから?」

「つまり、りっちゃんはりっちゃんってこと!いろんな色の殻を持ってても、やっぱり中身のりっちゃんは変わらないんだよね。きっとずっとそうなんだよ。だから私はりっちゃんを憎めない。いろんな色に変わるりっちゃんは面倒だけど、やっぱり真のりっちゃんが好きだからさ。ま、りっちゃんはどう思ってんのかは知らないけどさ」



あたしは声をあげて泣いた。
ミナはそんな私をよしよしとなでてくれた。

好かれるか嫌われるかなんて関係ない。
自分の好きな人と一緒にいることが幸せ。
あたしは初めてそう思った。

ミナとユージ君は、すぐにヨリを戻した。
ユージ君も、真のミナが好きだったんだと思う。
あたしも、色を使い分けるのは、もうやめた。


THE END
後悔人間。

私にキャッチコピーをつけるとすれば、それ以外にないであろう。

日々、すること成すこと、全てうまくいった試しかない。
いや、たぶん、うまくはいっているのかもしれない。
でも、それを打ち消す分だけの後悔がある。
今日も仕事で、失敗をした。
途中で迷った。やり方を変えようかどうか。
十分に迷ったあげくに、そのまま突き進んだ、ら、失敗した。
上司に「途中で、こういったやり方に変えていれば・・・」と延々1時間怒鳴られた。
「はいはい、それは、途中で考えたんですよ、でも・・」と心の中で小さな反抗をしていた。


今日は週末。中学の同窓会がある。
私は欠席する。予定は特にないくせに。
中学、と聞くと、今までに3本の指に入るかくらいの「後悔」が胸をよぎるからだ。


あれは、私が中学三年の時だった。
私には好きな男子がいた。
山本だ。
彼とはいつもふざけあってばかりいた。
1年の時からずっとだ。
彼は勉強もスポーツも、そつなくできて、いわばモテる男子だった。
彼の周りには常に女子がいて、くだらない話から、悩み相談まで、さまざまな話をしていた。

そんな取り巻きたちがいなくなった時、いつも山本は私のところへ来た。
「吉川ぁ~、俺さーもう疲れちゃったよぉーモテるのって、ツライね。」
すごい台詞だ。中学生でこんなことを言う奴、いるんだなぁと感心したものだ。
「いいね、モテモテで。私なんか・・・」
「ほーら、また私なんか・・・って言う!お前、それ悪い癖だぜー!!」
「だってさ・・」
「まーいいからいいから!ほら、これでも食えよ」
そう言って、彼はポケットからガムを取り出し、私に一粒渡した。

「あんた、駄目だよ、こんなの学校で食べちゃ。」
「まーまー、そう怒んなって。ストレスためちゃいけないよ、特に女の子はさ!」

何をわかってんだろ、コイツ。そう思いながらも恐る恐るガムを口にした。
なんか、悩んでいたこととかどうでもよくなる瞬間だった。

そんな瞬間がとても心地よかった。また、山本のことを好きだなぁ、と噛み締める瞬間でもあった。

私はその後、推薦で進学校に進むことが決まった。
山本は、受験のまっただ中だった。
山本が受験する高校は知っていた。私の進むところと違うのも知っていた。
だから私は、日々焦っていた。
そのときの私はとてつもなく山本のことが好きで、話さない日があると、それだけで肩を落としていた。
だから、チャンスはここしかないと思った。
そう、2月のバレンタインデーだった。
私はいろんな本を読みあさり、手作りのチョコの作り方を勉強した。

我ながら大作のハート型のチョコレートケーキが出来上がった。

当日、恥ずかしさと緊張で、家を出られなかった。
でも、ここしかない、これでうまくいけば、私、変われるかもしれない。
そんなことを思いながら、一歩を踏み出した。

だうやって渡そう、呼び出しは気まずいし、でも、人がいる前というのは嫌だし・・・
そんなことを考えながら歩いていると、前を山本が歩いていた。
びっくりした。
今まで登校中に会ったことなんて一度もない。
これは、運命かもしれない、と思い、私は早足になった。
しかし、突き当たりの道から、隣のクラスの白石さんが現れた。
「山本君!好きなの!!!これ、受け取って!」
白石さんは山本と会うなり、大きなピンク色の包みを山本に押し付けた。
なんか、すごく高そうなブランドチョコのようだった。

もらわないで、と心の中で思っていたが、
「おう!ありがとな!こんな立派なの。ゆっくり噛み締めて食わないとな!」
と、山本は満面の笑みで返した。

私は、恥ずかしくなった。
自分の全ての行動が。
手に持っているハートのケーキが憎らしくなった。
そう思って、そのケーキを、コンビニのゴミ箱に捨てた。

自分を慰める意味で、コンビニでガーナミルクチョコレートを買った。


その日も、普通に山本は放課後話しかけてきた。

「吉川ぁー俺ってばすごくねぇ?今日、チョコレート、22個ももらったっつーの!やばくね?」
私は目を合わせないで、ひたすらガーナを食べた。
「なんだよ吉川、俺がモテてるから機嫌わりぃの?」
「うるさい。あんた、そんなことばっか言ってないで勉強すれば?」
「ふーん、冷たいねーオマエ。あれ?オマエ、俺にチョコないの?」

私は耳まで赤くなったことを自分でもわかった。
それを隠すかのように吐き捨てた。

「あるわよ!あるある、ここにね。」

私は食べかけのガーナミルクチョコレートを山本に突き出した。

「・・・サンキュ。」
山本はそれを驚いた顔をしながら食べた。
私はくるっと後ろを向き、その場を後にした。
それ以来、山本と口をきくことはなかった。

風のうわさで、山本は隣の市の高校に合格したことを知った。
そして、卒業して1ヶ月後、山本が白石さんとつき合っているということを知った。

どれだけ泣いたんだろう。
今思ってもあんなに泣いたことはないかもしれない。
もともと、私のことなんて興味もなかったに違いないが、
あのとき、ちゃんとチョコを渡せていれば、
何度もそれを思い、泣いた。



あれから、10年が過ぎた。
私は25歳にもなってしまったけど、あの時の出来事は今でも思い出すと切なくなる。
後悔人間のスタートでもあったからだ。
あれからの私は本当に何事もうまくいかなくて、
これといってやりたいこともなく、
趣味もなく、特技もなく、なんて普通の人間なんだろう、いや、むしろ普通以下だ、
そんなことを思いながら生きていた。
周りの女の子達は結婚し始め、仕事をして輝いている子もたくさんいた。
私はそんななか、一人取り残されたように生きていた。

だから、同窓会なんて行けるわけがなかった。
報告することもないし、みんなと話せない。
何より、山本がいるかもしれない。白石さんがいるかもしれない。
そんなこと思いながら、家に向かっていた。


そんな時、本当に驚くことが起きた。

前を山本が歩いていた。

いや、違うかもしれない。違う人かもしれない。
10年も経っているんだし。
しかし、あの時。バレンタインの時、前を歩いていた背中。
今、私の前を歩いているのは、まぎれも無くその背中であった。

「や、山本?」
自分でもびっくりしたが、自然と声が出た。

「え?」
振り返ったその顔は、やはり、山本だった。

背も伸びたし、顔つきも大人になっていた。スーツも着ている。
でも、あの瞳もあの口も、あの手のゴツゴツしたかんじも、全て山本だった。
その手には、何か赤いものが見えた。

「吉川ーー!」

そう呼ばれた瞬間、私の目からは大粒の涙が流れていた。

「やっ、やまっ・・・・なんで、なんでこんなとこに・・」

「おいおい、どーしたのオマエ?なに泣いてんのよー」

そりゃそうだ。なに泣いてんだろう、私。
こんな町中で突然泣くなんて。山本だっていい迷惑だ。
恥ずかしくて、どうしようもなかったが、涙は止まらなかった。

「ごっごめん・・ほんっとごめんね・・・でも・・」

その時、山本の手の赤いものが何かわかった。
ガーナミルクチョコレートだった。
私は恥ずかしくなった。また、あの時のことを思い出したからだ。

「それ・・」
山本も私の視線の先に気がついた。
「ああ、これね!そーなの、あれ以来、俺こればっか食ってんだぜ」

「え?」
一瞬何を言っているのか意味がわからなかった。

「あん時さーチョコ22個ももらったって言っただろ?でもさ、オマエにもらったこれが一番うまかったの!オマエの愛の力かな?」
胸が詰まった。
「からかわないでよ。あの後、白石さんとつき合ったくせに。」

「うーん、結局、オマエ以上好きな奴が見つかんなくて、一番高そうなのくれた奴とつき合ったんよ~。ま、すぐ別れちゃったけどね。」

・・・・何を言ってるの?
この人、何を言ってるんだろう。

「俺、てっきりオマエも俺のこと好きだって勘違いしててさ、バレンタインもなんかもらえると思ってたわけよ。でも、もらえなかっただろ。だから、忘れるために、大げさに避けちゃって、あん時はごめんな。」

・・・・私は何も言葉が出なかった。
山本は続けた。

「オマエってさ、ほんっと、ガーナミルクチョコレート、そのものだよね。すげぇ普通で、これといって特徴は無いように思えるんだけどさ、あ、泣くなよ?でもさ、飽きないんだよ。いつまでもみんな好きなんだよ。一緒にいると落ち着くっつーかさー シンプルが一番ってことだよなー」

私は、わけがわからなかった。
でも、最高に幸せな気持ちだった。
なんだろう、すれ違いの連続で、いつもなら後悔しているはずなのに
25年間の嫌な気分が全部どこかへ飛んでいった気がした。

「山本、私だってね、あんたのこと、大好きだったんだから。」

山本はキョトンとした顔をした。
「え!?まじでーーーーーーーーー!!?そ、そーなの?じゃ、じゃあなんで・・??」
私はバレンタインの経緯を話した。

山本は何も言うことなく、笑顔で私の手を握った。

「そっか、そっか・・・・俺、なんだろう、一人で突っ走って、本当にあの時のこと、今でもよく思い出してさ。俺、過ぎたことは気にしない性格なのにさ、こんな俺が後悔してたんだぜー・・」

なんだ、山本でも後悔することがあるんだ。
またひとつ胸がスっとした。

「あれ?オマエ、こっち家じゃね?同窓会、行かないの?」
「うん、行かないつもりだった。てか、あんたもね。」
「うん、俺、ぶっちゃけオマエ見たらいろいろ思い出しそうだったから・・。」
「・・・・あはは」
「・・・はは、おもしれぇな、俺たち」

二人で笑った。

そして180度方向を変え、私たちは同窓会に向かった。



私はこの日から、自分のキャッチコピーを変えた。

「ガーナミルクチョコレート」に。


THE END
チェックしてるのに、いつも忘れてしまう。

彼氏の家で突然生理になってしまい、コンビニにかけこんだ。
以前なら一緒について来てくれた彼も、付き合って5年ともなると、ほったらかしだ。
「買うものある?」と一応いつもの癖で聞くけど、
「うーん、無い。てか寝てっかも、俺。」
「わかった」
こんなやりとりの毎日だ。5年も経つと結婚も考える。私はしたい。でも、彼からは一度もその話が出た事はない。私もなんとなく怖くて聞けないでいた。


深夜1時。案の定コンビニの店員は男性ばかりだった。
今年30。それでもなんとなく、男性店員に生理用品を差し出すのは恥ずかしい。

何か他に必要な物はなかったっけ。そんな時ほど人の頭はあてにならなくて、頭の中をBGMのEXILEばかりが駆け巡る。

なんとなく、私は製菓コーナーに向かい、チョコを手に取った。

生理用品とチョコ、なんて女々しいチョイスだろうか。しかも「メルティキッス」なぞを選んでしまった。
「とろけるようなキス」
人の列に並び、全く同じくらいの大きさの四角い物を二つ持った私は、お会計目前で恥ずかしくなってきた。

「いらっしゃいませーこんばんはぁー」と間延びした声で、迎えられ、

ガサガサと男をたて、慣れた手つきで店員は生理用品を茶色い紙袋に入れた。
私はそれをじっと見ていた。

少しオダギリジョーのような顔立ちの彼は、おそらく18、19くらいだろうか。
そんなに見る顔ではない。新人だろうか。

そんな事を考えながら、さらに彼の手元をじっくり見ていた。
ゴツゴツした固そうな手だ。私の彼はぽっちゃりしているので、こういう手を見ると新鮮だった。

長かった。
その時間がとてつもなく長かった。

我にかえったとき、彼は間違えてメルティキッスも袋に入れていた。

「あ・・それは・・」
私が言いかけると彼ははっとした顔つきになった。
「ああ!すみません・・」
「いいのよ。・・・あははは」
私は笑ってしまった。
今までの心中の恥ずかしさや変な気持ちが、溶けたように笑ってしまった。

「僕、今日が初めてなんです。前に梱包作業のバイトをしていて、つい癖で包んでしまいました!すみません・・!」
彼は深く頭を下げた。

「いいのよ、本当に。そのままでいいわ。でも、環境問題の事を考えると胸が痛いから、ビニールの袋はいらないわ」

冗談混じりに私がそう言うと彼は深く頭を下げた。

「でも・・・包む、そう、包むと、変わるんです。味も、何もかも。」
「え・・・?」

彼は真面目な顔で言っていた。さすがに、30の私も返答に戸惑った。

「食べてみれば、わかります。僕が包んだ物は、中身が変わるんです。楽しみにしていてくださいね。」

「わかった。ありがとう。」
私は軽く微笑み、紙袋二つを手にとり、鞄に入れた。

帰り道、ドキドキしていた。

あんな事言う店員がいるんだな、と驚いた。失礼ながらも、少し病んでいるのかなとも思った。しかし、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、袋を早く開けたくてたまらなかった。

「ただいまー」
「おう、おかえり」

寝てるかもと言っていたが、起きていた。
なにやら釣り雑誌を読んでいた。
多分ずっとこんな感じなんだろう。

「なんか買ってきたの?」
「なんかって、生理用品買いに行くっていったじゃない。・・あ、そうだ、チョコ買ったよ」

「まじ?俺今食べたかったの、チョコ!」
珍しいことを言うものだ。甘党ではないくせに。
彼がおもむろに袋を開けようとしたので、私は焦って取り返した。

「ダメ!私が開けるの!」
「な、なんだよーてかなんで包んであるん?」

無視して、私は止めてあるテープをゆっくり剥がした。

興奮していた。
ドキドキしていた。
高揚していた。

「あ」

そこにはなんの変哲もないメルティキッスがあった。

なーんだ、まぁそりゃ、そうだよね。
もう30だもの。こんな事よくある話。いちいちドキドキした自分を恥じた。

「もーらい!」
すぐに彼は手を伸ばした。
私は特に食べたいというわけでもなかったが、なんとなく食べた。

それは口の中で驚くほどよく溶けた。
「あ、おいしいね。このチョコ。久しぶりに食べたけど、これにしてよかった。」

私がそう言っても、彼は何も応答しなかった。

「ねーえ、聞いてんの?」
ちょっといらついた声で私が言うと、
彼はモグモグしながらこっちを見た。そして、言った。

「佐和子・・・・・・・・・俺たちさ・・結婚しよっか。」

「・・・・・・え?」

「結婚してください」

「・・・はい。」

驚きすぎて、変な声が出た。でも、なんだろう、すごく嬉しかった。嬉しすぎた。
半分諦めていた。例えそんな話が出ても、ロマンスとかそんなの、無いと思ってた。

でも、
嬉しくて嬉しくて、涙が溢れた。


「でも・・なんでまた、突然?」

「んー、なんだろ。いろいろ考えてモヤモヤしてたんだけどさ、これ食ったら、溶けた。そーいうの全部。」



はっとした。

彼だ。
彼の魔法だ。



次の日もその次の日も、毎日のようにコンビニに足を運んだが、彼はいなかった。


その日以来私は生理用品を買う時は、必ずメルティキッスを買うようにしている。


また彼に会って、御礼を言いたいから。


THE END