今日は午前中。
いつも通りの家事をして、
パンを焼いて、
あー子のスイミングに行てきました。
今日は気温は低いものの、とても良い天気で。
スイミングの帰り道。
フロントガラスから見えるいつもの道路。
隣りに乗ってるあー子。
アタシの周りは何も変わってなくて、、、。
“コレで良いのか?”
とまた自問自答。。。
でも家に帰ってきて、ツブたんの記事を読ませてもらってハッとしました。
以下↓ツブたんの記事から転載させて頂きます。
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「何か役に立つことがしたい」と思うのは、人の心を持つ者としては当然の心理だ。
偽善的だ?
なーに、やらない善よりやる偽善だ。
そんなことも大事だけど、我々はもっとしなきゃいけないことがある。
それは、
日常生活をする
ことだ。
これは「楽しいこと」や「不謹慎なこと」も含まれる。
地震の前と同じ日常が過ごせる人は、なるべく早くその生活に戻すことだ。
こういったことが起きると、つい何でも自粛してしまう。
「楽しそうなこと」は「不謹慎なこと」として戒めてしまう。
しかし、その結果何が起きるかと言えば、「経済の停滞」だ。
昭和から生きてる奴はあの「自粛騒動」を思い出してみるといい。
「自粛しろ」「不謹慎だ」という声のせいで、どれだけの経済が停滞し、
そのせいで潰れた会社が出たか。逆にそれで良くなったことが一つでもあったのか。
難しいことや厳密なことを抜きにして、ごく大雑把に言えば、
経済の停滞は復興の停滞に直結する。
経済が回れば税収も増えるし、投資も増える。
それでなくても震災で経済は停滞気味になるのだ。
その停滞は復興の停滞になる。
だから、今我々が出来ることで一番やれることは、「日常を取り戻す」ことだ。
それが一番復興の役に立つ。一過的に寄付をするよりも、効果的かも知れない[要出典]。
「日常を取り戻す」ことの効果は経済だけではない。
沈みがちな人達にとってもプラスになる。希望になる。だから、
「不謹慎」とか「自粛しろ」という言葉は敵
だと思っていい。
「自粛」と言いたい人、その「自粛」で何が生産され、誰にプラスになる?
せめて、その根拠と共に言っても罰は当たるまい?
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↑の文章はかなり強い口調で威圧感も受けるけど…言ってる事は分かる。
分かるし、その考え方でいくらか救われる部分もある。
アタシ達が今出来る事。
募金
救援物資
節電・節水
そして「日常生活を送ること」
なんだと思うと気持ちが楽になりました。
被災地の方々からしたら、やっぱり不謹慎なのかもしれない。
やっぱり偽善なのかもしれない。
何言ってるの!?こっちは大変なんだよ!!!って思われるかもしれない。。
でも、そうでも思わないと押し潰されそうで…。
何かをする度に被災地の方々の事が頭をよぎる。
申し訳なく思う。
何が正しくて、何が正しくないのか分からなくなる。。。
「日常生活を送ること」が復興の役に立つ。
そう信じて、アタシはアタシの生活を頑張る。
しかないよね。
今日はスポーツクラブに救援物資をお願いしてきました。
輸送ルートを確認したら。
企業として県に許可は得てるようで、輸送手段としてはスポーツクラブの職員さんの息子さんが働く配送会社が責任を持って現地まで届けてくれるとの事。
一瞬『ほんとに被災地の方々の元に届くの?』と疑ってしまいましたが、疑い出したらキリが無いので…信じてお願いをしてきました。
どうか、どうか一日も早く被災地の方々の元に届き、少しでも役に立てますように。。。
そして。
お礼が遅くなりましたが…。
前々記事にコメ・メッセくれた
chikoタン
⑦ち
ひなチャン
しあわせタン
本当に、本当にどうもありがとう!!!
父の無事を一緒に喜んでくれてありがとう!
みんなの優しさでまた心があったかくなりました。
アタシはこんな時、自分のコト第一で他の人のコトを自分のコトのように喜べる余裕なんてないのに…。。
本当に有り難かったです。
ありがとう***