父は 3歳で病で 父親を亡くして 行商で6人の子供を抱えた 母のもと
長男として 中学を出て 看板屋の弟子入りで住み込みで働きながら 自分で高校を出たようです。
小さな頃は 毎日裏山で 蒔きストーブ用の 薪を裏山に 取りに行き
終わると 畑仕事 手伝いに 明け暮れていたようで 貧乏で米は 買えずに

当時 は 芋と大根に 麦を混ぜて? 炊いた おかゆが 主食だったようです
で・・家の近くに 小さな 監獄があり・・そこの 監獄の食事をつくる おばさんが
窓から眺める 父に いつの日からから 毎日 米を炊いた 釜につく おこげ♪
おこげを 父に そっと 渡してくれたようです。

お正月にしか 食べれない 米・・w おこげの 美味しい味!
父にとっては 最高の楽しみの時間だったようです。
で 子供 心に その 炊いたご飯を 食べれる? 監獄の大人達(囚人) を見て
大人になったら 泥棒をして ここへ 悪い事して ここに 入れば
~
ああ・・毎日 こんな 美味しいご飯が 食べられるんだぁ・・・
~と 想っていたそうです。 ( 笑えますねw)
そんなある日 父が 6年生くらいの頃・・ 戦後 この近くの池に いる 鴨を 鴨を撃ちに
米軍のヘリコプターが 家の横の空き地に 下りたそうです。
次女が へぃ!! カモーーーン

わっw
(この叔母さんは 私に性格がそっくりで
怖いものしらず??警戒ないないw おばさんでねw)周りの兄弟は 震えて 隠れたようで・・・w 近所の 人も 影から 皆 見ていたようでw
で・・・5から6人?の兵が 近くに寄ってきて・・・・

片言の日本語で (どこか 泊めてくれる 所はあるか??) と
で・・・叔母さんは ( マイ ホーム カモーーーンw

と・・・w
もう 家中 大パニックと 興奮とw 大変な騒ぎだったようです。
母親は おろおろ・・・ ご飯は 何を食べさせたの?と 聞いたら
米ないから 金持ちの親戚から 少し 米もらい 母親が いきなり 海へ向かい
しばらくして 戻るその 手には 沢山の 昆布w
それを 大きな釜で 炊いて 煮込んで 昆布の佃煮を出したそうです。
アメリカ兵は ( これ?ナンだ??と??)

で・・ 母親は ながーーーーーーい
ながーーいw 海の 海の
ゆら ゆらの 昆布 昆布と 海の ゆらゆら~ 昆布

懸命に 身振り手繰りで 必死な 母親・・ でもアメリカ兵には 通じない

顔を しかめて???? 何?? ながーーい??


母親 ( 長い 海のぉ・・・どんぶらーーどんぶらー昆布

)と 言った時に・・・w緊張で張り裂けそうな 兄弟達が 皆 いっせいに その母親の 言葉で 噴出しw
大笑い・・・で アメリカ兵は 最後まで 昆布の意味が 通じないままも
食べて ( 美味しい!! サンキュー!!)
と・・何度も 母を 抱きしめる? その姿に 怯えていた 姉達も 歩みより・・
夢の出来事のような 夜を 長い夜を 皆で 過ごしたそうです。
( 宇宙人が 降り立ったね w ような 感じですもんね
)で・・・朝 ヘリコプターから・・3箱の ダンボールを お礼にと・・置いて 空へ 飛び去った
ようです。
次女は 最後の見送りの際も サンキュー
また きてよぉ

と ずーーと 姿の見えないその 空に 大きく手をふり つずけていたようです。
その お礼に 頂いた 箱の 中には 大きな 缶詰が 沢山入っていて
その缶の 中身を 見て・・・皆 言葉を 失ったようです


一つの缶に・・・ たばこ チョコレート
ガム マッチ 乾パンが・・・しかも 缶は 缶きりのいらない
今現代で 使われている 手で簡単に開けることのできる? 缶詰で・・

父は その 魔法の ような 缶を 見て・・・
子供心に アメリカの 発展・・ 日本の 遅れに 気がつき
時代はアメリカが こんなに 先に 進んでいたんだと

初めから 日本は こんなに 遅れている? そんな 国だったんだと・・・
アメリカに 負けて 当然で・・で・・ アメリカ人は 怖くない・・
アメリカ人の おおらかに 笑う笑顔や 優しさを 目の辺りにして
こんなに 優しくて 時代の先を 進んでる国だと・・そう 想ったそうです。
父は その経験からか アメリカ映画が 大好きで アメリカ人大好きですw
浜田省吾さんの この ライジングサン という曲は
浜田さんの 全人類が すべての人が
間違いをなくし・・何が大切で 何が 必要か?という強い メッセージだと・・・
♪ ~ 過ぎ去った昔のことと 子供たちに 何一つ 伝えずに ~♪
♪~この国 何を 学んできたのだろう~♪
♪~ 飽和した都会 集う家は遠く~♪
♪~ブラウン管の前でしか 笑わぬ子供♪~
今 自分の子供も 大人もそうですが・・・ 2つの目(瞳)の先には 携帯や テレビを 見つめ
人と話しする時も 目を合わせて 相手の瞳を 見て 話できる人・・・少ないよね・・
いつの 時代から??
相手の目から 想いを感じる? 心のアンテナ・・・ なくしていっているような
今の平和な 日常は 遠い昔の 失くした大きな この国の沢山の 悲しみの上から
成り立っている事を・・・・
次の世代へ また 次の世代へと
どんな小さな 形でも いいから 継承いってほしいなと・・
焼け跡の灰の中から 強く高く飛びたった
落ちてゆく夕日めがけ 西の空を見上げて
餓えを枕に 敗北をバネに
風向きを道標に 駆け抜けてきた
過ぎ去った昔のことと 子供たちに 何一つ 伝えずに
この国 何を 学んできたのだろう
飽和した都会 集う家は遠く
ブラウン管の前でしか 笑わぬ子供
老いてゆく孤独の影に怯え 明日に目を伏せて
踊るだけ ビートに委ね バリ・ライトの海で
何を支えに 何を誇りに 走り続けていこう
YOU just billibe in money
焼け跡の 灰の中から 強く 高く 飛びたった
1945年 打ちのめされ 砕けた心のまま
1945年 焼け跡から 遠く跳びたった今