先日、アンカラから西に向かって進み、アフヨン、エスキシェヒル、キュタフヤを旅行しました。フリギア王国の遺跡やセルジューク朝、オスマン朝時代の遺跡や奇岩などを巡ってきました。
まずは、シヴィリヒサールという町に立ち寄りました。シヴィリヒサールは「尖がった城塞」の意味です。町の北側にととげとげしい岩山がそびえています。きっとこの山を城塞に見立てて町の名前がついたのかもしれません。

電柱がジャマしてますが。

遠くから見たところです。山のふもとがシヴィリヒサールの街です。
この町の近くにナスレッディン・ホジャの生まれたといわれている町があります。ナスレッディン・ホジャはセルジューク朝時代に存在したと言われるイスラムのお坊さんで多くの笑い話やとんち話が残っていて、日本でいえば「一休さん」のような人です。近くのドライブインでナスレッディン・ホジャの像がありました。

後ろ向きにロバにのったナスレッディン・ホジャの像です。

ドライブインの中には、ナスレッディン・ホジャのお話の絵が飾られていました。
上の絵のお話は、ある日、食事に招待されたホジャがみすぼらしい服で訪れたところ、誰もホジャがいることに気付かず、無視されてしまいました。そこでホジャは立派な服を着ていくと、みんなが手厚くもてなしてくれました。そこでホジャは自分の服に向かって「さあ、たべろ、たべろ」とスプーンを持って行きます。周りにいた人はホジャになぜそのようなことをしているのかと尋ねます。するとホジャは、「食事に招待されたのは自分ではなくこの立派な服であるから、服に食事をさせているのだ」と答えたというお話です。
シヴィリヒサールの街中には、ナスレッディン・ホジャの孫と言われる人の像がありました。

ナスレッディン・ホジャについては、実在の人物ではないとする説や実在した時代についても諸説あります。
また、トルコだけではなく、いわゆるチュルク系の国にも存在しています。アゼルバイジャンではモッラ・ナスレッディンと言われています。ナスレッディン・ホジャについては別の機会に詳しく書きたいと思います。
次はシヴィリヒサールの町から南下して、ペシイヌスというローマ時代の遺跡を訪れました。

ローマ帝国時代の寺院跡のようです。

中央に円形の階段が見えます。小さな劇場か議場跡のようです。
地元の人の話によると、40年前にベルギーの考古学者が発掘したそうです。その後、放置されたままですが、近くオランダの資金で発掘がなされるということでした。
現在は小さな村ですが、過去には大きなローマの都市があり、大劇場が2つほど地下に埋まっているそうです。また、盗掘がなされることもあり、金製品が出てきたこともあるそうです。発掘が本格的に始まると村は立ち退きになり、別の場所に移住させられると言っていました。
でもきちんと発掘と保存がなされれば、将来には観光地として脚光を浴びるかもしれません。

こんな砂利道も走りながら、次の遺跡を目指します。
続きは次回に・・・・・