さて。
「安楽椅子探偵・忘却の岬/解答編」放送前に、
僕と華音の推理結果を記します。
おそらくネット上で色々情報は出ていると思いますが、
一切見てませんので、とんでもない方向なのかも知れません。
あくまで、僕と華音で導き出した推理です。
笑わないでくださいませ。
①ベッドに上の「思いだせ」の飾りについて
この飾りができた人は沢山います。
できなかったのは、足の悪い宗谷正太郎くらいです。
しかし、これは15年前の殺人現場の状況を再現していますので、
当時の現場状況を良く知っている人の仕業と言えます。
この点から考えると、
伊良湖と真紀は当時の事を知らない可能性があります。
②立石の殺人
各人のアリバイから考えて、発見現場である「忘却の岬」で犯行が行なわれた
ならば、犯行可能な人物は、
・潮野
・宗谷正彦
の2名になりますが、
道路のがけ崩れで、町に住む宗谷正彦は犯行当日海馬地区へは来れない
はずです。
しかし、犯行が”2008年”ならば新しいトンネルが開通しており
容易に来れます。
2008年である可能性としては、
・6月18日に潮野が読んでいた新聞に「17日PM11:07、海馬地区で
震度4の地震があった。」との記事が書かれていますが、
その時刻の映像(潮野が宗谷家本館の部屋でフラッシュバックの絵を
描いている)ではそのような(揺れている)そぶりはない。
という事があります。
が、
宗谷正太郎の仕事の資料の中に、「海馬トンネル5月分資材請求書」
があります。
2008年4月に開通予定ですから、5月分の請求書があるという事は、
事件が2007年だった可能性が出てきます。
一年前の資料を調べていただけかも知れませんが。
さらに、6月18日の潮野が読んでいた新聞に「6月18日の月齢3.0」
という記事があります。
また、6月23日に真紀が帰宅した時の映像に半月が映されています。
これは2007年の月齢です。(2008年は全く違う月齢です。)
この事から、事件が2007年であった事が確実になります。
上記「地震」の件は、宗谷家本館は「最新のダンパーを使った新築」
と正太郎が言ってましたし、
正彦の事務所に免震技術の専門書があった事から
実際に地震はあったが、宗谷家本館に居る人間には感じなかった、と
考える事ができます。
よって、宗谷正彦の犯行は不可能となります。
潮野は主人公なので犯人から除外すると、
「忘却の岬」での犯行は不可能となり、
犯行現場が別の場所だった事になります。
立石の死後硬直から
「殺されてすぐ発見現場に座らせれたか、長時間イスに座る姿勢で置かれた」
事がわかっています。
そして、忘却の岬への一本道のぬかるみには、
潮野がつけた足跡の上に車椅子の車輪の跡がありました。
この事から、立石は殺されてすぐ車椅子(もしくはイス)に座らされ、
車椅子で「忘却の岬」に運ばれた可能性が高くなります。
そのように仮定すれば、PM6:00~PM7:00の死亡推定時刻に
「忘却の岬」まで行く必要はなくなり、
その間に殺害だけを行う時間だけがあれば犯行が可能となります。
この車椅子は、宗谷正太郎の外出用車椅子だと思われます。
普段、この車椅子は宗谷家の庭に置かれています。
映像より、事件当日のPM6:20とPM8:03には、ちゃんと置かれています。
上記の「殺されてすぐ現場に座らせられた。」が否定されたので
「長時間イスに座る姿勢に置かれた」事になります。
PM6:20とPM8:03に車椅子が使われていないという事は、
死体は一旦どこかに隠された事になります。
おそらく死体の血液の凝固具合等から、
「寝かされた状態で座る姿勢を取らされた」のではない、と思われます。
犯行後すぐに現場に運搬したならば、多少でも動かす事になりますし、
死後硬直にも影響があるのではないかと思います。
23日、犯行時間の各人の行動と推理。
・宗谷正太郎は、書斎で仕事をしていましたし、
「ベッドの飾り」をした人物と殺人犯は同一」というルールから犯人からは
除外します。
・妻は、PM6:00前からPM7:00時過ぎまでほとんど一人の時間が
ありません。
・伊良湖は、「ベッドの飾り」の件で犯人からは除外。
・陶芸家の室戸は、PM6:30に佐田医師と会っており
その後に犯行は可能ですが、
その時間に佐田家の近くに居た事から犯行もその近くで行なわれた事に
なります。
室戸は「自動車を持っていた」という事が説明されていないですし、
陶芸用の土をわざわざ歩いて取りに行っているので、
車は「持っていない」か「使えない」状態だと思われます。
「死体を担ぐ」という方法は前述の「死後硬直」の件からありえません。
また、室戸が持っていた運搬用の押し車は、
犯行前のPM2:34の段階でパンクしていた映像がありますので
”殺害はできても岬まで運搬できない”ので犯人ではありません。
・佐田医師はクルマを持っていますが、
PM9:35の段階でクルマの中には死体はありません。
家の中に死体を隠すのは「手狭」で真紀もいるので
危険が大きいと思われます。
・真紀はPM6:25~PM6:40まで15分間一人の時間があります。
なので殺人を行なう事は可能です。
しかし、庭には都井が居ましたし死体を車椅子に乗せる事は難しく、
死体を隠す余裕もなかったと思います。
・手伝いの日向は、
PM6:00~PM7:00過ぎまで夕食の準備で本館に居ましたし、
途中PM6:25から10分ほど宗谷妻とも話しをしています。
夕食の準備中は基本的に一人でしたので犯行自体は可能ですが、
死体を隠す時間がありません。
・都井は、PM5:00過ぎから庭で作業をしていましたが、
ほぼ一人でだと思われます。
犯行は可能です。
また、日向がその時刻ずっと本館にいたので、旧館には一人だけになり、
死体を隠す事も可能です。
この事より、犯行が可能で死体を隠す事ができたのは、
都井だけと判断できます。
岬までの一本道のぬかるみの足跡が、手伝い・真紀・潮野・立石と車椅子しか
残っていませんでしたが、
これは、犯人が立石の靴を履いて車椅子を押して岬まで行き、
帰りは車椅子に乗ってぬかるみを通れば解決できます。
ここからは、もう想像の域ですが、
死体はおそらく旧館の倉庫部屋の、「整理整頓」と書かれた扉の裏にあったイスに置かれていたのでは?
と思います。
日向が整理整頓が苦手な事を知っている都井は、そこなら見つからないと思ったのではないでしょうか?
もし、日向が犯人ならば、夕食後に倉庫部屋に潮野がストーブを取りに来る事を知っているので、
そこには隠さないはずで、死後硬直も違った形になったのでは?と思います。
さて、一応ここまで推理したのですが、今一歩「エレガントさ」に欠けます。
佐田医師のアリバイも自信がないですし、ほかにもつっこみどころはいっぱいあります。
毎回、「え~!そこかぁ!」と叫ぶような証拠を見落としていますので、
今回もおそらく、もっと驚くような展開で驚かされる事になると思います。
さぁ、明日の夜の「解答編」が楽しみです。