『アトマイザーの告白/art of Perfume』


6.リニアモーターガール


「天文観察学」の補習は、ありふれたファミリーレストランで行われた。

ユタカは、自分がよく行くカフェを考えていたが、

“テーブルが大きい方が勉強しやすい”という彼女の提案で

彼女に連れて来られた。

ケーキもコーヒーも、ユタカにとっては絶望的なモノだったが、

確かにテーブルだけは大きく、資料を広げられお互いの距離も近すぎないので

補習を行うには好条件だった。

彼女は、真剣な表情で勉強に集中していた。

ユタカの話について行こうと懸命に努力していた。

いつもの一方的な授業では味わえない手応えを感じていた。

久し振りに教えていて楽しいと思えた。

約2時間、休みなく教えて1回目の補習を終える事にした。

終了を告げると、彼女は大きく深呼吸をしてテーブルに倒れ込んだ。

「しんどかったぁ。。。」

「よくがんばったね。今日のところわかった?」

「あ。ありがとうございました。おかげさまで、なんとな~くわかりました。」

彼女の言葉にユタカはうなずいた。

「樫尾先生も疲れたでしょ?理解の遅い生徒で。。。」

「そんなことはないけどね。でも2時間はちょっと疲れたかな。」

ユタカは濃いめの美味しいコーヒーが飲みたくなっていた。

今居るファミリーレストランでは、ユタカを満足させられるコーヒーは全く期待できないので、店を変えようと彼女に提案しようと思い、呼びかけようとした。

しかし、彼女の事をどう呼んで良いのか、少し戸惑ってしまった。

「え~っとさ。」

その、微妙な戸惑った空気を読んだように、彼女は言い返してきた。

「あのぉ、樫尾先生?私の名前知ってます?」

「え?」

「だって、今日一回も私の名前、呼んでくれてないですよ。」

「そ、そうだった・・・かな?」

ユタカは基本的に、生徒を名前で呼ばないようにしていた。

必要以上に親しくならない為であった。

学校での授業では全く差し支えなかったが、さすがに二人で話をするとなると

不自然だったようだ。

「そうですよ!これからは、私のことは“あ~ちゃん”って呼んで下さい。」

「え?・・え?!」

「“あ~ちゃん”ですっ!」

苗字で呼ぶのは問題ないにしても、いきなりあだ名で呼ぶのは

ユタカとしては大きな壁だった。

ユタカは抵抗を試みた。

「それは・・・ちょっと・・・」

「あぁ!私の名前なんて呼べないんだ!」

彼女は、表情をゆがめて泣き出しそうな顔になった。

いつものユタカなら、こういう場面も冷静に受け流せるのだが、

なぜか彼女に対しては冷静になれなかった。

返事を迷っていると、下を向いて泣き始めた。

ユタカは、近くのテーブルの客がこちらの様子をうかがってる気配を感じて、

焦って思わず承諾してしまった。

「わ、わかった。わかったから・・・泣かないで。」

「じゃ、呼んでみてください!」

彼女は涙声で言った。

「あ、あ~チ・・・」

ユタカの声は後半消え入りそうになった。

「聞こえない。もう一回。。」

「・・・・・あ~ちゃん?」

ユタカは、今度は聞こえるように精一杯努力した。

すると彼女は、パッと顔を上げ、

「冗談です。泣いてませんよ」

と言って、ニコニコ笑っていた。

その無邪気な笑顔に、怒ることも忘れて苦笑するユタカだった。

「一回呼んだら、もう大丈夫でしょ?私、この呼び名好きなんです。」

彼女は、誰かを思い出しているように、外を見ながら言った。

その微笑みは、ふいにおだやかで大人びていた。

「それはそうと、樫尾先生ってもっと女の子慣れしてるのかと思ってました。

 今の私のウソ泣きなんて、ベタベタのミエミエじゃないですか?」

また、無邪気な表情に戻って彼女は視線を戻した。

「そうだね。なんでだろうね?騙されたよ。」

ユタカは笑顔で答えた。

「私の冗談に騙された人って、樫尾先生で二人目。珍しいですよ。」

「そうなのかい?」

「はい。一人目は学校の大木クン。」

“ああ”と言いながら、ユタカは頭の中のデータベースを探っていた。

確か、「ノチオ」という変わった呼ばれ方をされている男子学生だ。

「ああ、彼ね。いつも、あ~ちゃんと一緒にいる男の子。」

「はい。仲良しの友達です。でも、樫尾先生、今日はいつもと違って良く喋りますね。

 なんか印象変わりました。」

言われてみれば、ユタカはごく自然にしゃべっていた。

いつも、どこかでボーダーラインを気にしていたが、今日はそんな事も忘れていた。

「今日は柔らかい印象がします。こっちの方がもっとモテますよ、樫尾先生。」

彼女に言われた通り、ユタカは柔らかく笑った。

不思議な心地良さが、ファミリーレストランのコーヒーを美味しく感じさせていた。

香りのしないコーヒーのおかげで、彼女の微かな心地良い香りを感じる事ができた。

ユタカは、この新しい感覚を歓迎して観察を始めるのだった。



~つづく~


*この物語の登場人物は、Perfume3人をイメージしていますが、架空の人物です。

*ストーリーは、ツアー「GAME」の連続ドラマを元にしていますが、同じではありません。

ご了承くださいませ。



補足

「リニアモーターガール」


ご存知、メジャーデビュー曲です。

最初聴いた時に、コード進行の妙がすごく気持ち良かったのが印象的でした。

一番最後の「♪リニアモーターガール」のコードの落ち着かせ方がすごいです。

全体的には「ピコピコ系」な歌ですね。

そう思って気を抜いて聴いているともったいないですよ。

こんな曲なのに、切なさを感じさせるのは本当にすごいと思います。

あ~ちゃんは「この曲はライブでは、ちょっと盛り上がってもらえない。」と

おっしゃってましたが、

好きな人は多いですよ。

でも、ライブに限定すれば「エレクトロワールド」とかの爆発力に比べると

ちょっと落ちますかね?