『アトマイザーの告白/art of erfume



2.引力


ノチオと彼女は、新しい学園生活らしくそれぞれに忙しく毎日を送っていた。

それぞれに新しい環境での友人や仲間も、自然に作りはじめていた。

それでも、一緒の授業の時は必ず隣に座り会話を重ねたり、

時には学校の帰りに駅まで一緒に歩たり、

毎日とまではいかないが、5日にうち3日は友達の距離で笑顔を交わした。

彼女の話は、他愛もない事が多かったが、その天真爛漫さと天然さで飽きる事がなかった。

友達の話、音楽の話、映画の話・・・

趣味が合うとノチオはなぜか嬉しくなり、彼女もその事を喜び、

会話は楽しく盛り上がった。

話の端々に、ノチオを気づかうような様子も感じられ、それも嬉しかった。

授業が始まるまでの数分、駅までの数分、

ノチオには、その時間があまりにも早く感じられた。

向い合わせになるよりも、隣に並ぶ事が多い二人なので、ノチオは彼女の横顔をよくみていた。

その横顔とハイトーンの声の可愛さに、

それと至近距離でしか感じる事のできない彼女の香りに、

ウキウキするような心地良さを感じた。

「ウキウキ」と「心地良さ」は相反する感情だが、ノチオはその表現が一番適してるような気がしていた。

ただ、まだ休日に待ち合わせるまでの間柄ではなく、

まだまだ新しい環境に馴染み切れていないノチオは、そういう考えを持つ余裕がなかった。


そんな梅雨のある雨の降りだした日、大学校内のカフェで一人で座っている彼女をノチオは見かけた。

頬杖をついてテーブルのカップを見下ろしているように見えた。

彼女のカップはすでに冷めているようだった。

ノチオは近づき声をかけた。

「あ~ちゃん。」

すると、彼女は少し驚き視線を上げ、声の主がノチオだとわかると安心したように微笑んだ。

「あ。ノチオくん。こんにちは。今ちょっと寝ちゃってた。」

「え?どうしたの?大丈夫?元気なさげだけど。」

彼女の表情からは、いつもの明るさは感じられなかった。

声にも元気がなかった。

「うん。大丈夫。疲れてんのかな。」

彼女は少し首をかしげた。

「風邪かもね?熱はある?」

「うーん・・。わかんない。」

そう言って彼女は右手をノチオの額に当ててきた。左手は自分の額にあてて。

「!・・・・」

突然の事にノチオは硬直してしまった。

「熱はないみたい・・。と思います。」

彼女はそう言うと弱々しく微笑んだ。

「そ、そっか。でもさ、つらいなら今日はもう帰ったら?」

「うん。そうする。でも・・・まだ雨降ってるよね?」

彼女は外の様子をうかがった。

「私、今日傘忘れちゃって。雨上がるの待ってたんだ。」

「傘?傘ならオレ持ってるよ。」

「あ。だったら一緒に帰ってほしい。」

「うん。もちろん。」

一度は喜んだ表情を見せた彼女だったが、思いついたように言った。

「あ、でも、ノチオくん。この後授業は?」

「大丈夫だよ。」

本当はもう一つ授業のあったノチオだったが、彼女を放っておけるはずはなかった。

「ホント?良かった。助かったぁ。」

そう言うと彼女は立ち上がり、帰る準備をした。


ごく自然な展開で一緒に帰る事になったが、1本の傘で二人で歩く距離感に

最初、ノチオの心は不自然に波打っていた。

しかし、彼女がいつもと同じように楽しく話をしてくれるので、いつしかいつもの心地良さに戻っていった。

そうすると、体調がすぐれない彼女がいつものように楽しげに話す事が気になった。

もしかしたら、自分に気を使って話を続けているのではないか?と心配になった。

なので、彼女に問いかけてみた。

「あ~ちゃん。」

「なに?ノチオくん。」

彼女は、微笑んでいたが、明らかに顔色がすぐれないようだった。

「あ~ちゃんの話とっても楽しい。だけど、あ~ちゃん、無理してない?」

「え?」

突然のノチオの言葉に、彼女はノチオを見上げた。

「いや、あ~ちゃん、もし体がしんどかったら黙っててもいいよ。」

彼女は、しばらくノチオを見つめたあと、肩の力を抜いたように微笑みながらうつむいた。

「ありがとう、ノチオくん。心配してくれてるんだ。」

「そ、そりゃ心配するよ。無理して話ししなくてもさ。」

「うん。じゃあ、ノチオくん話しして。」

そう言うと彼女は、ほんの僅かノチオに肩を寄せてきたように思えた。

「え!えっと、何話そうかな。」

「じゃ、ノチオくんの初恋の話。」

「ええ!」

“うそ。冗談よ”と言いながら彼女はニコニコ笑っていた。

少しだけ彼女の顔色が戻ったような気がした。


電車に乗り彼女が先に降りる駅で、ノチオは傘を彼女に差し出した。

「これ、使って。」

「え?でも、これ借りちゃったらノチオくんのは?」

「大丈夫だよ。それにオレ駅から自転車だからさ。どうせ傘使えなし。」

「でも・・・」

「大丈夫。気をつけてね。早く元気になって。」

ノチオが言ったと同時に電車のドアが閉まった。

彼女は手を小さく振りながら、「ありがとう」と微笑んでいた。

ノチオは一人電車に中、彼女の役に立てたという喜びに数分ほど充実していた。

しかし、ふいに“家まで送ればよかった”というアイデアに気付いた時、呆然と立ち尽くしてしまうのだった。



その夜、彼女の事が心配で連絡を取ろうと携帯電話を手にした時、

ノチオは彼女の電話番号もメールアドレスも知らない事に気がついた。

自分のあまりのふがいなさに、膝から崩れおちるノチオだった。

~つづく~

*この物語の登場人物は、Perfume3人をイメージしていますが、架空の人物です。

*ストーリーは、ツアー「GAME」の連続ドラマを元にしていますが、同じではありません。

ご了承くださいませ。




補足

「引力」


2004年、「ビタミンドロップ」のカップリングです。

インディーズのこの頃の歌は、詞にスパイスが効いていて

味わいがありますね~。

ちなみに、このCDのジャケットは一番カワイイ!

と思っています。