2週間の実家での生活はあっという間で
その間に
諦めかけていた父の再就職が決まったり
母の寝かしつけで寝るようにもなったり

夫の実家とは真逆で
モノの多い家なので……
なんとまぁ私が数ヶ月の頃のオモチャとかまでまだキレイに残ってて
しかも 電池入れれば動く🔋という高性能
型はめ、っていうのかしら、意外と難しかったわ。台形とかあるし。
アコーディオンは私が使っていた記憶のある頃から穴が空いてるけど、怪しげな音は健在

まだ色々残ってるのだ、押入れに…。
親が いつか孫に、と思ってとっておいたであろうとは思うけど
結婚も遅く←半ば諦めていたのではないかと。私も諦めてたし。
子供もなかなか授からなかったことを考えれば
親にとっては 一種の願掛けみたいなものだったのかもしれない。←それか、捨てるタイミングを逃したか。
帰りは
セントレアまでみんなで移動して🚌
搭乗手続きギリギリまで一緒に過ごしてました。
検査待ちの間 何度も振り返っては手を振っていたからか
一瞬 見失ったとき 後ろのアジア系の方々があそこにいるよー、と教えてくれました。
帰りは母子2人🤱
プレイスペースに人いなかったので、遊ばせる
そして何度も滑らされた。かなり疲れたわ。
その後 ゲートまで移動するも娘はずっとストローラーを押して歩く。
ひたすらグルグル歩き回ってる親子でした。
乗り込むときにはカーシートをスタッフの方が運んでくれたので助かったー。
離陸時は娘 おしゃぶりしてるからなのか
耳抜きせずとも平気で
ひたすら食べてるか、mickeyのクラブハウスみてるか、遊んでるかしてました。
寝るときはカーシートだと泣いてしまったので抱っこで寝かしつけ、しばらくしてから意を決してカーシートに移動させ成功✌️おかげでトイレにも🚽母 行けたし ご飯も食べられた!
途中 明るくなったり飲み物やら食べ物やら運ばれるときは 眠りも浅くなりフズフズ言い出すので 母は一切眠れなかったけど、基本 娘はいい子でした。
降りるときも 添乗員さんやスタッフの人が最後までサポートしてくれたので本当に助かった。
スーツケースのピックアップもしてくれたけれど、家に帰宅してから破損してることに気付く。
でも、裏側だったし ピックアップしてくれた人も気づかなかったと思うのよね。
ということでそのままです。必要になったら買おう。
日本とアメリカ 一概に言えないけれど
今回感じたのは
ハード面でのサポートは日本🇯🇵がやはりすごいかなぁ。
外食での幼児メニュー
子供の喜ぶ キャラクター付きカート
綺麗な授乳室やオムツ替えシート←スーパーの中の多目的トイレ🚽でオムツ替えしてる赤ちゃんのぐずり防止用?に鏡が天井に設置してあるのにも驚いた
でもソフト面では
アメリカ🇺🇸のフレンドリーさが際立つ気がする
子供が近寄って行ったら定員さん声かけてくれるし←日本は皆無だった
万が一 子供がぶつかりそうになっても 日本では
あっぶねーなーと言われたり
睨みつけられたりしたけど←こちらはひたすら平謝り。
そういうのはアメリカ🇺🇸では体験してないなぁ。
娘も 積極的に ちょっと年上のお姉ちゃんとかお兄ちゃんに構ってもらいたくて アピールするんだけど、日本の子はどう接していいかわからない感じだった。
というか、親自身も
あまり知らない子に声をかけることって今はあまりないのかも。←うちの母親 例外だけど。
そうなると その子供も接し方はわからないよなー。
うちは
おそらく娘が物心つく前に 本帰国になるんでしょうが
ある程度 アメリカ🇺🇸での生活に慣れてしまった低学年の子が、日本🇯🇵に帰ったら ギャップに苦しむのは わかるような気がする。性格にもよるだろうけど。
そして地域にもよるのかもしれないけれど
やはり日本は🇯🇵島国の閉鎖的な空気も感じるし。
寛容性はまだまだ低いかもしれない、とも思った。
どちらが優ってるとかいう話ではなくて
せめて こっちでやってもらって嬉しかったことは、日本に帰ってもちゃんと 誰かにできたらいいな、とは思う。ハード面をアメリカ🇺🇸に持ってくるのは難しいけど、ソフト面を日本🇯🇵に持っていくのは可能だろうし。
一時帰国する前は
準備とか色々ナーバスにもなって
帰らんでもいい〜って思う自分もいたけれど
(I-94の更新もあるからそうはいかないが)
今回 帰国して、両家の両親たちに会えて
改めて 孫をすぐに会わせてあげられないことに
本当に申し訳なく思う自分がいた。
でも その反面 まだまだアメリカ生活をできるだけ長く過ごしたいと思ってる自分もいるんだけど。
何はともあれ
色んな事に感謝できた一時帰国でした。


