今までは「お金があれば幸せ、物があれば幸せ、社会的ステータスが全て。」その価値観が正しいと信じ込んで、もちろん自分もお金があれば幸せになれると素直に信じ、3年の月日をかけて努力を重ね会計士試験に合格した。
会計士として社会貢献して、お金も稼いで幸せになれると信じて人生再スタートを切った。
再スタートから数ヶ月で、自分が周りと思考が全く違うことに気づき、やがては脳の構造そのものが違うことをADHDという診断により思い知らされる。
それまで、ビジネス社会で活躍することが何よりも幸せなことだと信じていた私は大きなショックを受ける。
会社に勤めて、全く楽しいとも思わない仕事をこなし、自分という人間を押し殺しての先輩に媚びる日々。
本当は人は皆平等であるため、忖度などやりたくないけど、自分が会社で仕事を続けて幸せになるために行ってきたが、これらの行為は自分に対する裏切り行為であることにある日気づいた。
つまり、幸せになるために自分を犠牲にして結果、苦しみストレスを抱え、幸せとは真逆の方向に向かう。
なんという悪循環。
会社を辞めると親に伝えても、結局は転職で大企業に入るための忠告を受けたが、社会的ステータスという他人軸での幸せを私に押し付けるなと反抗した。
私にとって、社会での成功やお金持ちになることは、正直価値あるものと思えない。世の中でいう成功者は、私にとってはただ一人の人間であり、それ以上でもない。これは僻みなどではなく、成功するための努力は素晴らしいし理念が社会の平和につながるものであれば人として尊敬もする。だが、成功者でもただの人間であり、上も下もない。
お金持ちになって好きな物を買えるから幸せ?
世帯年収で1200万円になった時期もあるが、お金が増えると確かに行動範囲は増える。
だが、自分をストレスですり減らして、お金を増やしても、家庭は幸せだが、仕事の時間は不幸でプラマイゼロとなり幸せとはいえなかった。
しかも、結局年収増えてもその分支出が増えるので貯金は貯まらないということだけは学習できた。
このまま転職という選択を取ったとしても、今味わっている苦しみをもう一度繰り返すことになる。
さすがに人生は時間が限られているのでそんな無駄な苦しみを味わうために同じ失敗は繰り返したくない。時間または、自分の寿命の無駄遣いだ。
だから、今までとは違う行動を取ることにした。
仕事を辞めて、強制的に自分と向き合う時間を確保する。
その間は自分のやりたいことだけを行う。
図書館に行ってひすいこたろうさんやその他読みたいと思う本だけを読み漁る。
定期的に運動をする。
行きたい時に温泉に浸かる。
会いたい人に会いに行く。
たくさんの人と話して色んな人の話を聞く。
手を差し伸べたい人に必要な言葉を伝える。
お金を使いたいものにだけお金を使う。
物質主義という地獄のような苦しみを生み出す社会のせいで自分の奥底に閉じ込めてしまった心の声がはっきり聞き取れるようになるまで、自分のわがままにとことん付き合おうと思う。
宇宙よ、私が取ろうとしている選択は間違ってないよね?
正解不正解なんてないけど、自分が心から幸せになるための選択として、道を踏み外していないと最終決断できるサインをください。
このまま仕事続けても茨の道。
仕事辞めても未知の世界かつ、ゼロスタートだからこれまた茨の道。
だけど、人生を線で見たら、今までの苦しみの時間は、この決断においての伏線なのであって、私が判断を誤らないために、自分の能力を制限して生まれてきたんじゃないかってことにやっと気づいた。
ということは、選択は後者の一択。
これから自分がどんな幸せな人生を送れるのか想像すると心がワクワクする