障害者は健常者より不便だって誰が決めるのか?みたいな事を歌った歌が流れていた。
いやいや、不便だよ。めっちゃ不便だよ!
目に見えないものが見えるより、見えるものを見たいわ!
この歌自体は素敵な歌なのよ。考え方次第で世界は変わる的な?
でも、私は偏屈になりつつあるので、何言ってんだコレ?って思ってしまった。

キリがないのは分かってるから考えないようにしてるんだけど、やっぱ考えちゃうよ。
友達とかがさ、旦那と喧嘩したー!とか聞くと「なにその羨ましい話は!」って思っちゃう。
言い争うなんて、今の私には夢のような話。

それで、思った。
自分の不幸は誰かにとっては幸せなのかもな…って。
今の私だって、愛する人を失くした人にとっては「死ぬ訳じゃないでょ?未来があるじゃないか!幸せじゃないか!」って思われるのかも。
愛する人を失くした人だって、愛する事の出来ない人にとっては「人を愛した思い出があるだけ良いじゃないか」って、思うのかも。

頭の中で幸せと不幸の連鎖が止まらない。
きっと、これはどこかで繋がって、この世に不幸な人は存在しないんじゃないか?って結論が出そうだ。

だから、私は不幸ではない。
誰かの幸せを生きてる。
あ、私は自分のことを不幸だとは思ってないけどね。
ここだけは妙にポジティブ。

私は、子供の頃から他人の悲しみとか、痛みとかを自分の物差しで計れないのだ!と妙な悟りを開いていた。
だから、私の悲しみとか、痛みとかを他人の物差しでは計らない。
最近では、物差しすら持ってない。
・・・だから、ダメなんだろうなw