エドワード・ヤンの恋愛時代(獨立時代/A Confucian Confusion)
「急速な西洋化と経済発展が進む1990年代前半の台北」を舞台とした「青春群像劇」。1994年の作品。恋人、同僚、家族、仕事の関係者など、それぞれがどこかでつながっている10人の人物が過ごす二日半が描かれる。登場人物がみんな誰かの知り合いという状況や、カブリオレ、アートやメディア系の職場、みんながいつも利用するカフェ(店名は“Friday”)、携帯電話(大きい)、システム手帳……と時代の記号的なものが散りばめられている。二日半の話なので、衣装の数は少ないながらも、髪型などとも合わせて個性がよくわかる。
衣装の話ですが、ネタバレになることもあると思います。いっさい何も知りたくないという人はここからあとは読まないで下さい。
特に、中心人物のモーリーとチチ。ふたりはそれぞれの「リトルブラックドレス」を着ているのだけれども、そのアイテムのセレクトや着こなしが対照的なのがおもしろいと思った。まずチチは、CMの撮影のために髪を切ったばかりだということが最初にわかる。新しい髪型は『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンそのまんま(それで感情が暴走してしまう登場人物もいる)。途中のシーンでは、そのCMがテレビの画面に映る。やはり『ローマの休日』をまねた演出のCM。デスクの上に置かれた写真の中のチチはおでこを出したロングヘアで、すいぶん大人っぽい。オードリー風のヘアスタイルはまるで別人のようでありつつも、チチによく似合っていて、彼女の愛らしさが100%出ているといった感じ。短く切り揃えた前髪ときりっとしたまゆげ、長いまつげ、パールのピアス……もはやパーフェクト。彼女の黒いワンピースは柔らかそうな素材が身体にフィットしたシルエットでラウンドネック。ひざ丈のすそについた白いフリルのような飾りのおかげで、全身黒一色にはならない。合わせているのは透け感のない黒いタイツと太めのローヒールのパンプス。それらのアイテムの組み合わせが清楚で可愛らしい印象を与える。一方で、モーリーの「リトルブラックドレス」は超ミニのタートルネック。そこに、ゴールドの大ぶりのバングルとイヤリング、ロングネックレスを合わせている。パンプスのヒールは細め。それでも透け感のない黒いタイツを合わせているので、短いスカートから出た脚には迫力はあっても、いやらしさはない。ただ、いわゆる「バブル感」はある。何度か衣装を変えているモーリーに対して、チチは最後のシーンでようやく2着目を披露する。ワンピースはブラックからレッドへと変わる。agnès b.のカーディガンプレッション(90年代を代表するアイテムのひとつなのでは)の中の一色を思い出すような、若干くすんだシックな赤のワンピースに、白い大きめのパリッとした綿素材の襟とカフスがついている。襟はシャツカラーで、甘さはなく、すっきりした印象。このすっきり感は、ブラックのタイツから透け感のあるブラックのストッキングに変わっているところからも感じられる。二日半の間、10人の男女がもめたり、叫んだり、思い悩んだり、さんざんごちゃごちゃしたあと、ストーリーはすーっと風が吹き抜けるようなエンディングを迎える。このシーンのために今まで観ていたのだなと思わせられるようなラストシーンに、チチのこの服と笑顔が希望の色を加えている。