Summer of 85(Été 85)
1985年、フランス・ノルマンディーの海沿いの街で、16歳のアレックスと18歳のダヴィドが出会って別れるまでの夏の物語。ヨットで海に出て転覆したアレックスをダヴィドが助けたことで、ふたりは知り合う。ダヴィドはずぶ濡れになったアレックスを自分の家に連れていく。ダヴィドと彼の母親は、会ったばかりのアレックスにもやたらと親切で親しげ。こういう急速に距離を縮めてくる人は関係性がうまくいっている間はありがたかったり、嬉しかったりするけれども、その裏には恐さを秘めていることも少なくない。ダヴィドにとってはアレックスは通り過ぎていくうちのひとりだったのかもしれない。でも、アレックスにとってはダヴィドは初めてで唯一の人だった。ダヴィドがいなくなったのはとても悲しいことだけれども、もし彼がいなくなるようなことがなければ、アレックスがひとり傷つくことになっていただろうと思うとそれもまたつらい。気持ちが盛り上がっていたときのダヴィドが言い出した誓いを守ろうとして問題を起こしてしまっても、アレックスは何も言おうとしない。学校のルフェーヴル先生はアレックスの文才を認めていて、ことばで言えないなら小説で書くようにすすめる。アレックスにとってはこれが大きな救いとなる。彼が文章を書いたから、私たちはこの物語を聞くことができているということにもなる。アレックスが海辺で知り合ったイギリス人のケイトも彼の力になろうとしてくれる。明るくて、頭が良くて、可愛らしい彼女の距離感はいたってまっとうで、その安心感と存在は観ているものにとっても救いになる。彼女が傷心のアレックスに言うことばは恐ろしいほどに確信をついている。全編フィルムで撮影された映像は、80年代の映画だと言われていたら、なんの疑いもなくそう思っただろうという質感。「あのざらざら感がたまらない。肌のアップなんか、すごく美しくて官能的だ。あの色合いは、曖昧さを許容しないデジタルでは決して出せない」というフランソワ・オゾン監督のことばにはその通りだと言うしかない。デニムアイテム、ボーダーTシャツ、バンダナなどのデザインやカラーリング、素材感も80年代そのままで、これが2020年の作品だというのが信じられないくらいの完璧な再現度がほんとうにすごい。