アリゾナ・ドリーム(Arizona Dream) | CAHIER DE CHOCOLAT

アリゾナ・ドリーム(Arizona Dream)

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アラスカへ行くことを夢見ながらニューヨークの漁業局で働くアクセル(ジョニー・デップ)のもとに、故郷アリゾナからポール(ヴィンセント・ギャロ)がやってきた。アクセルの叔父さん(ジェリー・ルイス)が結婚式で介添人をしてほしいと言っているという。帰るつもりはなかったはずのアクセル。しかし、目覚めるとそこはアリゾナだった……というところから始まる物語。まずはジョニー・デップがびっくりするくらい可愛い。複雑なものを抱えつつも、純粋だったり、心優しかったり、それでいて残酷でもあったり……というアクセルの揺れる繊細な感じがいい。この時期のジョニー・デップのこの姿が収められているというだけでも価値があるのでは……と思ってしまった。うしろ頭がいつもぼさぼさなところも、そのぞんざいなふうが可愛いなと思ったら、「チキン(おくびょう者)だからうしろ頭がとさかみたいにぼさぼさ」なんだとジョニー・デップが言っていた。ポールもまたなんともいい味の愛すべきキャラクター。自分ではプレイボーイの俳優だと思ってるけど、実際はちょっと間の抜けた俳優の玉子くらい。いくつもの映画のセリフを全部覚えちゃってて完コピできるシネフィルのポールが、誰も手をつけなかった青いケーキを持って、犬と一緒に『ゴッド・ファーザー』を観る(セリフを全部同時に言いながら)シーンがすごく好き。キャデラックの販売店をやっている叔父さんは事業では成功しているけど、ほんとうの心の中はどうだったのだろうかと思わせる。表面的には明るく陽気に見えても、実は常に罪の意識を背負いながら生きていた彼は、アクセルに再会したことでついにその重みに耐えられなくなってしまったのだろうか。叔父さんはアクセルのことを可愛いがっているし、アクセルも叔父さんのことは大好きだから、叔父さん自身もこうなるとは思ってもいなかったのかもしれないけれど。ジェリー・ルイスが演じるこの叔父さんは、物質的な成功としてのアメリカン・ドリームの影の部分を見せているような気がする。その叔父さんの店にお客としてやってきたのが、未亡人のエレイン(フェイ・ダナウェイ)と義理の娘、グレース(リリ・テイラー)。ポールはエレインのことをサイコパスだと言っているけども、まあ間違いなく病んでる。エレインのアクセルに対する言動がわがままになっていって、言うことが二転三転していくところはちょっとリアルだった。最初にキャデラックのお店にきたときは身体のラインに沿ったミニのワンピースで着飾っていたエレインは、家ではいつも白いコットンのふんわりしたギャザースカートを着ている。このかっこうが彼女の中の危うい夢見がちな少女を感じさせる。亡くなった父親のあとを継いで会社の経営をしているグレースは、父親の再婚相手のエレインにはうんざりしてる。グレースは独特の顔立ちで、ふだんは可愛いとはいえない感じなのに(失礼)、時々すごく可愛く見えるシーンがあるのがいいし、すごい。黒っぽい服を着ていることが多いグレースが最後に選んだ服が白いコットンのワンピースだったのがつらい。視覚的にも物語的にもファンタジーで、でもコメディでもあり、いろんな意味でラブストーリーでもある。2時間20分のストーリーの途中では、これはいったいどこに向かっているんだろう……と思ったりもした。この映画の撮影は、1年間続いたあと3ヶ月中断しているのだそう。理由はエミール・クストリッツァ監督のノイローゼ。ユーゴスラビアで色々なことが起こっていた当時、監督はひどい心理状態になっていて、撮影が始まってからも数日間の中断や脚本の書き直しもあったのだとか。それでも、監督が「描きたい絵」を「使いたい絵の具」を使って描いたようなこの映画は、結果的にたくさんの美しいものを封じ込めていると思う。まるで永遠に美しい状態でアラスカの氷の中に閉じ込められている魚のように。