ノマドランド(Nomadland) | CAHIER DE CHOCOLAT

ノマドランド(Nomadland)

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アメリカ西部、ネバダ州のエンパイアという街(この名前がまたなんともという感じ)が地図から消えた。郵便番号ももうない。街にあった工場が閉鎖されたためだった。そこがあるから街は成り立っていたという工場だった。家を失ったファーン(フランシス・マクドーマンド)は、キャンピングカーに持ちものを積み込んで、季節労働者として国内を転々とすることに決める。彼女はその生活のことを「ホームレスではなくハウスレス」と言う。このことばはかなり早い段階で出てくるけれども、ふたつの違いは大きい。決して進んでそうしたわけではないし、余裕があるわけでもない。でも、ファーンはノマド(遊牧民)としての生活を自分で選んでいる。「ハウスレス」は彼女の選択だということが最初に宣言される。それは彼女だけではなく、ほかのノマドたちも同じ。それぞれの車は個性があって、まるでペットのように愛らしい(みんな車に名前をつけているし、ファーンは自分の車を「she」と言う)。「RTR(Rubber Tramp Rendezvous)」(「ゴムタイヤを履いた放浪者の会合」のような意味)と呼ばれる移動生活者の集会に集まっている人たちはキャンプにきた子どものように楽しそう。ファーンとデヴィッド(デヴィッド・ストラザーン)以外は俳優ではなく、みんなほんとうにノマド生活をしている人たちで、この会を主催しているボブ・ウェルズもご本人。「RV 節約生活(CheapRVliving)」というYouTubeチャンネルも実在する。このタイトルからもゴージャスなキャンピングカーで旅をする人たちではないことはわかる。車での移動生活には危険やトラブルも伴うので危機管理能力が必要だし、短期間で仕事を覚えて環境に適応する能力も要求される。きつい仕事も仲間とやれば楽しくなることもあるけど、知り合いが増えるというのは楽しいことばかりでもない。この辺りは定住して企業に勤めていようが、ノマドだろうが、なんら変わりはない。移動生活をしていても、ものに対する執着はある。だから車内が手ぜまになったりもする。こういうのも部屋にものが多すぎるとか言ってるのと変わらない。それを解消するためのガレージセールや物々交換はなかなか楽しそう。いくら楽しそうだからといって、ノマド生活って素敵!素晴らしい!とかんたんに言うことはできないのはわかっている。それでもつい魅了されてしまうほどに、彼らの生活を映し出す映像はとにかく美しい。アメリカという広い場所の空間の余裕が気持ちいい。広大な自然のまん中を1台の車が進んでいく光景も自然公園もキャンプ地の夕暮れや白い朝も。過酷な生活の一コマであるはずのコインランドリーやダイナーさえも写真集の1ページのよう。作り込まれている画面とはまた違う種類の圧倒的なセンスの良さを感じた。その美しい映像を観ながら、この美しさはノマド生活をしている人たちの誇りそのものなのかもしれないと思った。厳しい生活であるのは間違いない。それぞれに色々なものを抱えてもいる。それでもそこには自由がある。自分で選んだ自由が。