真夜中のピアニスト(De battre mon cœur s'est arrêté) | CAHIER DE CHOCOLAT

真夜中のピアニスト(De battre mon cœur s'est arrêté)

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まったく落ち着かない日常の中で、ふと偶然に手を伸ばしてみたことから、トーマスの目の前にある目標が現われる。とっくの昔にあきらめたと思っていたことなのに、気持ちの高まりを抑えられない。そもそも偶然に気づいたとき反射的に身体が動いたのも、心の中に眠っていた気持ちがあったからのはず。その目標とは、ピアニストになること。職業として、趣味ではなく。オーディションを受けることになったトーマスは、フランスにきたばかりのピアニスト、ミャオリンにピアノを習い始める。彼女が話すのは、中国語とベトナム語とほんの少しの英語。ピアノという共通言語だけを頼りに行なわれるレッスン。眠っていた気持ちへのとまどい、目標に向かう高揚感、思ったようにならないいら立ち、再びピアノに触れる歓び、日常への迷い……たくさんの感情や状況や人間関係が複雑に入り混じって、観ていて息苦しささえ感じる。その中でふたりが少しずつ演奏を仕上げていくシーンだけは、まったく別の世界にすぽっと入ったように澄んだ空気で満たされていた。断片的でも流れてくるピアノの音は心地良い。いくつかの要素が自分の心の中にある傷口にしみてくるみたいな映画だった。しみても、痛くても、何も感じないよりはいい、絶対に。