『TENET テネット』おまけと雑談 | CAHIER DE CHOCOLAT

『TENET テネット』おまけと雑談

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“映画衣装の密かな愉しみ”第6回『TENET テネット』が公開になりました。

映画衣装の密かな楽しみ 第6回:衣装が伝える『TENET テネット』の“リアリティ”
https://jp.ign.com/clothes-on-film/47958/feature/6-tenet
細かいところまでたくさん詰め込んだので、まずはぜひ本編を読んで下さい……!

最初とにかく思いつくままに書いたときと比べると、半分くらいの長さになっていたりします。ここでは、記事ではカットした小ネタ(?)のようなもの少しと感想を書きます。途中からはただの雑談です。長いです。もちろんネタバレありです。


まずは衣装の話。キャットの白ビキニ、記事ではグレース・ケリーの雰囲気との類似にのみ触れましたが、色とデザインは『007/ドクター・ノオ』に登場する初代ボンド・ガール、ハニー・ライダーが着ているものにもかなり似てます。でもハニーとはすいぶん印象が違っていて、キャットのイメージはやっぱり圧倒的にグレース・ケリーです。

あとは、プロタゴニスト(名もなき男)がスーツとタイじゃないときにポロシャツを着ているのはボンドのカジュアルスタイルと関係があるのかなとちょっと思ったり。『TENET テネット』がどういう世界線にあるかはわからないけど、プロタゴニストがボンドのスタイルを参考にしていたりして、とか(根拠はありません)。フリーポートのプロタゴニストのスーツにグレーのベストという花婿っぽい組み合わせは、『007/消されたライセンス』でのボンドの花婿スタイルにちょっと似ているかも?とか、ちょっとですけど。

具体的な衣装のことではないですが、キャットのイメージ像として、グレース・ケリーだけでなくティッピ・ヘドレンの名前もあがっていました。アルフレッド・ヒッチコック監督の『鳥』の主演女優です。スタルスク12に行く船内で海鳥を見ながらキャットが言うセリフ「I can’t get over the birds...」は日本語字幕は「鳥が逆に」となっていて、このシーンでは「逆向きに飛ぶ海鳥たちにどうも慣れない」ということを言っているのですが、「get over」には「克服する」という意味もあるので、あえてこの表現を使っていることで「鳥を克服できない」とも取れて、おびただしい数の鳥に襲われる『鳥』の海沿いの街の大惨事のことを思い出してしまいました。


さて、プロタゴニストとニールの見た目やアイテムなどについて、だらだら語りたいと思います。私はニールとニールの衣装がすごく好きなので、きっとニール話が多くなるでしょう。最初に観たときから、プロタゴニストはとにかくきちんと服を着ているという印象がすごくありました。ポロシャツの第1ボタンまでいつもきっちり止めている。まじめそうだなというのとおしゃれにあまり興味がない人のカジュアルウエアみたい、というのが正直思ったところです。着ているものは全部上質なものだし、J・Dのあのスポーツマンボディだし、ダサいということではもちろんありません(念のため)。これは映画的にはおそらくわざと(その辺は記事にも書いたのでここでは省略)。それに対してニールのラフなこと。もともとリネンなどの柔らか素材ばかりというのに加えて、袖をまくったり、第1ボタンを開けたり、タイをゆるめに結んだり。ダブルカフスのシャツですら、カフスを留めずに上からジャケットを着るだけで済ませてしまうというフリーダム。ダブルカフスのシャツはフォーマルでドレッシーだけれども、外すと一気にリラックス感が出て、そこはかとなく色気も漂うという(コーヒーポットのシーン参照)。そんなニールのええ感じにゆるい着こなしの中でも私が「これは!」となったのが、ダークブラウンのジャケットと紺のようなダークグレーのシャツ(確認できる限りでは、唯一ダブルカフスでないシャツ)に合わせたタイの結び方(結び方の説明は記事に書いているのでこちらも省略)。私はあの結び方が大好きなんですけど、あれをうまく取り入れている人はほぼいない。もちろんニールはジャケットとシャツとタイの素材や色の組み合わせまで最高に着こなしているので最高です。ニールはうまくタイを結べていないんじゃないんですよ。しかもこのシャツとタイの組み合わせは、カーチェイスからコンテナ内、空港爆破(2回目)まででも登場するので、結構な長い時間眺めていられてさらに素敵。ダークブラウンのジャケット着用のときとカーチェイス以降のシーンでは、パンツと靴が違ってるところもリアル着まわし感あっていい。ダークブラウンのジャケット(このジャケットがまたポケットのディテイルがサファリ風で良い)のときやショールカラーのスーツに履いていたベージュとブラウンのウイングチップも可愛いアイテムでした。

あと時計。プロタゴニストはメタルバンド、ハミルトンのジャズマスター SEAVIEW CHRONO QUARTZです。これはハミルトンのサイトに着用モデルとして掲載されています。かっこいいです。「トラディショナルウォッチとミリタリースタイルを見事に融合させた(ハミルトン公式より)」ブラックフェイスのモデルで、プロタゴニストの雰囲気にぴったり。ハミルトンははさみ撃ち作戦のときの赤と青の時計のレプリカモデルも出しています(グッズとは呼べないいいお値段)。ニールは、ホワイトフェイスにゴールドパーツでブラウンレザーバンドのものとブラックっぽいフェイスにシルバーパーツでブラックレザーバンドの少なくとも2本を使い分け。エレガントなレザーバンドが彼の雰囲気に合っていて良いです。ニールは右手に時計をつけているから「もしや左きき!?」と思ったけど(←左ききフェチ)、違いました。ふつうに右ききでした。ロバート・パティンソンがいつも右に時計をしているからでしょう、物語的には特に意味はなさそうです。ロブは元左ききだったりするのでしょうか……(だとしたらとても素敵)

そして、諸説あるニールのブロンドの髪ですが、とりあえずニールのキャラにはとても合っているので素晴らしいです。根元がブラウンのブロンドというのも、全体が同じトーンよりも動きが出るし。ワイルドでないカットの形も品があっていいんですよね(1960年代後半のジャン=ピエール・レオのスタイルにも似ている)。ぼさぼさのときのリラックス感、前髪を上げたときのキリッと感……と良いことしかないあの色と形。ロブは役によってまったく違うふうに見えて、ニールはニールでしかないのがほんとうにすごい。


あと見た目関係以外のところでは、やっぱりプロタゴニストとニールのバディ感はほんとうに見ていて気持ち良くて、基本そこにしぼっているのが良かった。プロタゴニストはキャットに思いを寄せていたという説もありますが、たとえそうだとしてもそこは甘々な展開にならないところが非常に良かったです。世の中、“吊り橋理論”な映画が多すぎるんですよ。プロタゴニストは1階の観客を爆破から守ろうとしたり、仲間のために泣いたりと、淡々としているようでいて内側は熱い男だから、キャットの涙を見てこれはなんとかしなければと思っただろうし、ほんとうは好きだけど抑えてるって感じでもないのかなあと私は思いますけどね。どちらにしても、余白があるのがいいんです。そのプロタゴニストは脚本では「protagonist(主人公/主役)」、パンフレットでは「名もなき男」、メイキング本では「主人公」と表記されていて、映画内でも最後まで一度も名前が呼ばれることなく終わる。私はこういうの好きです。ある意味、観ているあなたの物語ですよ、と言われているような気もします。

基本シリアスな空気ですが、その中でニールとマヒアの絶妙にコミカルな空気に非常にほっとします。マヒア、すごくいい味出してますよねえ。演じたヒメーシュ・パテルは脚本を読まずに撮影に参加したというから、なんという度胸。空港爆破の相談を街中でしているときのいい感じのレザージャケットは衣装デザイナーのジェフリー・カーランドの私物だそうです。そして、ニールのコミカルなタイミングがまた素晴らしい。「bangeejumpable」なんて新しいことばをさらりと作っちゃうところとか、コーヒーポットのフタをあけるときの一瞬の間とか、手をひらひらさせながら楽しそうに空港爆破の話をしたりとか、質問攻めで寝させてくれないプロタゴニストに「great」って返すところとか。でもタイムラインにスタックしてしまう彼の人生のことがわかると、そのすべてがたまらなくせつなく見えてくるという。


1回目観たときは「わけわからん」と「ニールかっこよかった」っていう感想しかなかったくらい、ニールがかっこいい『TENET テネット』(個人の感想です)。スーパー・ロックスミスで物理学は修士でちょっとした医療もできてしまうってどういうことでしょう? さらに、大人だし、優しいし、気をつかわせない気づかいもできて、ええあんばいにエレガントで雑なファッションをまとった、カオスを楽しむおかしな人。パーフェクトすぎませんか。映画全体としても、すべてつじつまが合うようになっているわけでもないというところまで含めて最高だと思います。なんでもすぱっと答えが出ることばかりじゃないんですよね……テネるカードもシークレットと一番欲しかった3番を入手したし、映画館では5回観たけど、できればあと1回くらいは観て、ディスクの発売を待ちたいと思います。年末くらいには出るかな。もうちょっと先かな。好きなだけ止めたり、巻き戻したりして、じっくり観たいです。