202003 | CAHIER DE CHOCOLAT

202003

IGN Japanで連載中の“映画衣装の密かな愉しみ”、第2回が公開になりました。今回は『マリッジ・ストーリー』です。

映画衣装の密かな愉しみ:‏ 第2回『マリッジ・ストーリー』:距離と変化、そして、あるひとつの仮説
https://jp.ign.com/topic-15/42524/feature/2

細かすぎて本編には入っていない小ネタ少しとハロウィーンのコスチュームのイースターエッグか?と思われるところについて、ここに書きたいと思います。こちらはあくまでもオマケです。上のリンクの本編を読んでから読んで下さい! 作品を観て、本編を読んでいる人向けということで書いていますので、もちろんネタバレてますし、こちらだけ読んでも意味不明かもしれません。

--

ニコールとヘンリーは、色々なアイテムでNYっぽさとLAっぽさが出るようにもなっています。

・冒頭のモノローグで描かれるNYの生活で、舞台稽古中のニコールはRAMONESのTシャツを着ている。ラモーンズはNYで結成されたパンクロックバンドで、ニューヨークパンクの重要なバンドのひとつだそう。ヘンリーがニューヨーク・メッツのTシャツを着ているところもあって、日常の中にごくふつうに存在しているものとしてニューヨークの記号的アイテムが忍ばせてある。

・NYのニコールはどちらかと言えばマニッシュなスタイルだったのが、LAではゆったりしたシルエット、柔らかい素材、アロハのような大きな柄のシャツ、可愛らしいデザイン(パフスリーブ!)……といったアイテムを多く着るようになっている。LAのみで登場する特徴的なアイテムとしては、ハイテクスニーカー、ムートンブーツ、モカシン、白のスニーカーなど。裸足でUGGとかめちゃLAっぽい。


ノラ以外のふたりの弁護士については、本編の記事ではほとんど触れていませんが、彼らのキャラクターも衣装に込められています。

・ジェイ・マロッタが身につけているのは、グレーやネイビーのスーツ、白いシャツ、ブルーのネクタイ。いたってスタンダードなビジネススーツスタイル。ビジネスマン風の服装は当然ビジネスライクな印象を与えるので、依頼する側と依頼される側の間にはっきりとした線引きがあるのがわかる。色も寒色なので硬めの印象。

・バートのジャケットはいつもツイードで、その下にニットを着ていることもある。最初のシーンのニットは明るくクリアなグリーンで若々しさが感じられる。渋いグリーンではなく、まさに新緑の色。ツイードやニットはオフィスにはややカジュアルなアイテム、そこに白いスニーカータイプの靴を合わせることでアクティブな雰囲気も出るので、弁護士にしては優しそう(ともすれば、頼りなさそう)すぎるくらいに見える、年が離れたバートにも、チャーリーは「たぶん、だいじょうぶだろう」と思っているのではないかと。


・Easter Egg 1:作品の前半で“スチュアート”という名前が出てきている。

チャーリーとニコールとヘンリーの3人がベッドに並んで、ヘンリーに本を読み聞かせているシーンがある。このときの本は『STUART LITTLE(スチュアートの大ぼうけん)』。読んでいるのは本の最後の部分。

もう帰るよ
スチュアートは溝から出て車に乗り込み
北に向かって走り出した
右側の丘から陽が昇り始めた
目の前に広がる大地を見ていると
先が長く思えた
でも空は輝き
これは正しい方向だと感じた

この終わりについて、

ニコール「そんな終わり方だっけ」
チャーリー「スチュアートは大げさだよな」
ヘンリー「ボートが壊れたから」

と言っている。これは3人の心理をそのまま表わしているようにも聞こえる。ヘンリーは実際のセリフでは「He was upset about his boat.」と言っているので、そのまま訳すと「ボートが壊れてどうしようって思ってたんだよ」となる。これは「ボート=家族」と考えることもできるかもしれない。ヘンリー……(せつない)


・Easter Egg 2:やはり前半でジョージ・ハリスンの話が出ている。

出てくるのは、ニコールが最初にノラのオフィスを訪れるシーン。「先日、ジョージ・ハリスンのドキュメンタリーを見てこう思った。“彼の妻のようになればいい”、“妻と母、それで十分”、でも彼女の名前は覚えてない」 これはもちろん、ジョージの妻のようにはなりたくないということだけれども、“サージェント・ペパー”の仮装でジョージ・ハリスンのコスチュームを着るのはニコールの母親のサンドラ。その後、チャーリーとの口論では「ママは素晴らしい母親よ」と言いつつも、「私の子育てをママと比べないで! パパには似ててもママとは違う」とニコールは言っている。サンドラの仮装はジョージで、ジョージの妻ではないものの、ニコールがなりたいとは思わない母親像という部分で共通点があるので、そこでつながっているのかもしれない(もしそうだとすれば皮肉なことではある……) ただ、人柄が良く、メンバーの中では外部のミュージシャンとの交流が最も多かったというジョージの社交的なパーソナリティにもサンドラのキャラクターと通じる部分がある。

ヘンリーはリンゴ・スター。リンゴはサトクリフの脱退後、最後に加入したメンバーで、最も背が低い。アルバム『リンゴ』(1983年)に解散後のジョン、ポール、ジョージの3人が参加したということからもわかるように、「みんなから愛されている存在」という部分もヘンリーと共通。また、解散後の3人が(一緒にプレイはしていないながらも)リンゴのために集まっているということが、離婚後のふたりもヘンリーのために3人で集まることはいとわないはず、という部分と重なるように思える。

ニコールのボーイフレントのカーターはポール・マッカートニー。ポールはスチュアートとジョンの仲の良さに嫉妬していたほどだったといわれているが、スチュアートが亡くなったあと、オノ・ヨーコとともにジョンを支えたのはポールだった。


----

こちらは隔月ごとに公開となったMASSAGE MONTHLY REVIEWです。1月2月のリリースからはRainer Truebyの『Soulgliding』。これはほんとうに気持ち良いアルバムなので、ぜひぜひ。レビューにも書いていますが、Donna McGheeの“It Ain’t No Big Thing”の多幸感はんぱないです。

MASSAGE MONTHLY REVIEW1-2
https://themassage.jp/archives/review/13342