vaporwaveとヴァーチャルプラザのポップアート | CAHIER DE CHOCOLAT

vaporwaveとヴァーチャルプラザのポップアート

[ORIGINAL]
Comment: Vaporwave and the pop-art of the virtual plaza
Published: 12/07/12
https://www.dummymag.com/features/adam-harper-vaporwave



Comment:vaporwaveとヴァーチャルプラザのポップアート

ハイディフィニションの資本主義アイコンを取り入れるアンダーグラウンドミュージシャンたちについての2部編成の特集、その第1部。ビジネスクラスラウンジミュージックの台頭とデジタルで煙のように実態のないものを販売すること、アダム・ハーパーがこれらを読み解く。

これは2部編成の特集の第1部にあたる。第2部、ダークサイドのムーブメントについてはここで読むことができる。こちらも楽しんでもらいたい。

全世界的な資本主義がすぐそこまできている。その世界の果てにあるのは金銭と直結した広告と執拗なまでの欲求だけだろう。昇華され、私たちの身体から出ていった感覚は何ものにもしばられることなく、汚れのない人工的な環境を通り、エスカレーターに乗り、エンドレスで運ばれていく。人間以上に人間以下に、引っぱり上げられ引っぱり下ろされ、刺激によって変化し、知覚情報が絶えることのない過剰なまでの経済に消費し消費され、ピクセルによって価値を決められる。ヴァーチャルプラザはあなたを歓迎する、そして、あなたもヴァーチャルプラザを歓迎するだろう。

21世紀のハイパー資本主義の最も不可思議な芸術的感性。その技術的、商業的フロンティアを探求するアンダーグラウンドのアートポップ。これは、その中の新しい少数派によって残酷なまでにハイディフィニションで発信される世界だ。躁状態でカフェインを摂取したような笑顔を浮かべて、あるいは、企業の強大な力やピカピカの外観(またはその両方)の後ろに隠れて謎めいて、Fatima Al QadiriJames FerraroGatekeeperINTERNET CLUBNew Dreams Ltd.といったミュージシャンやそのほか多くのアーティストたちは、テクノロジー資本主義の不穏で不気味なまでに論理的な手順で次のステップを描き出している。彼らは資本主義の動きをなめらかにする潤滑油のような音楽を流す。その音楽は扉を開く。とてつもなく大きく、よそよそしく、荘厳な、ディストピアをユートピアにしたりユートピアをディストピアにしたりする扉を。そして、彼らはあえてあなたが好ましく思わないふうにするのだ。

それは資本主義への批判だろうか、それとも、資本主義への降伏だろうか? どちらでもあり、どちらでもない。これらのアーティストたちは現代のテクノロジーカルチャーとそれが提示しているもののウソとズレを暴く。あるいは、それをいとわずやる者として、快いサウンドの新しい波ひとつひとつへの喜びに震える辛らつな反資本主義者だと取ることもできる。近年、資本主義の哲学者たちの間で広がっている、ある感情と実践行動を言い表わすために使われることばを彼らの音楽に当てはめることができるだろう。それは加速主義だ。加速主義とは、資本主義によってもたらされた文明の解体には抵抗すべきでないし、また、抵抗することはできない、むしろ、究極の結末といえる狂気と無秩序に流動的な暴力に向かって、より速く、より遠くへと押し出されるべきだ、という考え方である。それは解放であり、革命であり、解体が唯一の論理的な答えだからである。20世紀の大陸の哲学者たち、ジャン=フランソワ・リオタール、ジル・ドゥルーズ、フェリック・ガタリの作品の中でも散見される声ではあるが、1990年代、イギリスの哲学者、ニック・ランドによって最も徹底的に、かつ、憂慮すべきほどまでに探求された。ランドが参照したものの中には、ウイリアム・ギブスンのサイバーパンクフィクションや『地獄の黙示録』のウィルター・E・カーツ大佐などがあり、その性急で悪夢にうなされるような哲学は断続的ながら一貫した流れの中に学問と芸術を溶け込ませており、今になってみると不穏な予言の絵画のようである。「命は新しいものの中へと段階的に移行してゆく」とランドは1992年のエッセイ『Circuitries』で述べている。「そして、それを止められると思うならば、私たちは自分で思う以上に愚かだ」

これらのミュージシャンの無政府資本主義ポップは、私たちがそれを皮肉や風刺だと思って聴こうと、真の加速主義者だと思って聴こうと、ランドのヴィジョンのサウンドトラックのようなものだ。未来を恐れるよりも「拍手喝采」すべきだと考えているFerraroは、彼のアルバム『Far Side Virtual』で最初の警告といえるものを出している。『Far Side Virtual』とそれより前に録音されたEP『Condo Pets』は、パソコンの時代、カバンの中がAppleのデバイスだらけになった時代に向けての、テクノロジー資本主義の人気を促進する音楽のパスティーシュ(模倣)だ。そしてそれは、ブランドとそのテクノロジーの可能性にワクワクしていたかつてのキッチュさに私たちを直面させる。しかしFerraroは、その後すぐに BEBETUNE$BODYGUARD名義で出したミックステープでは、さらに奇妙で不穏で官能的なものへと変化していった。その一方で、ゆるやかにつながったアンダーグラウンドのアーティストたちの小さなグループがFerraroと同じ領域に容赦なくどんどん集まってきていた。ただ、彼らとFerraroとの関連はなかった。彼らが多く現れていたのは、Hippos in TanksBeer on the RugUNO NYCといったレーベルやニューヨークを拠点とするアート/ファッションサイト DIS Magazineの周辺だった。

そのムーブメントは“post-lo-fi”と呼ばれた。“post-retro”と呼ばれることも多かった。Ferraro、Gatekeeper、Outer Limitz、INTERNET CLUB、New Dreams Ltd.などのミュージシャンの多くは、hypnagogic popやchillwaveといった、retroであったり、lo-fiであったり(その両方の要素を持っていたり)するジャンルでいっせいに活動を始めたが、その後、すりガラス越しに見るような過去の光景を現在や近未来の映画的高画質のきらめきに取り替え、それまでとはまったく逆のことをやって、今やそのムーブメントを終わらせてしまっている。以前は半寝の状態でただのんびりとしていたような彼らが、今ではすっかり目を覚まし、そのシステムには精神刺激剤が流れているのだ。BODYGUARD、Fatima Al Qadiri、*E+E * Jam Cityなど、パスティーシュを超えて、新しく抽象的で方向性を定めない官能主義へと入る冒険を試みているアーティストもいる。しかしまだlo-fiアンダーグラウンドの世界観の中にいるアーティストも多い。正統で温かみのある草の根的な音楽制作が、トップダウンで安っぽくつるつるして人間味のないテクノロジカルなメインストリームに対抗しているという世界観だ。これらのアーティストたちは、文化的対峙者を風刺することによって敵対心の意義を強調しているだけだ。資本主義は吸収し流用するという雑食性が強いため、正統なものを守ることはもはや不可能であろうと感じられるし(結局、FacebookはInstagramを買収した)、加速主義のポップはlo-fiで、アヴァンギャルドで、攻撃的なものであり続けている。これはこの音楽が出てきた文脈を考えるとはっきりしている。アイドルグループHDBoyzのチャートインする媚びたようなポップナンバーは「本物」と何も違わないように聞こえるかもしれない。しかし、HDBoyzはDIS Magazineで特集されていて、ニューヨーク近代美術館でパフォーマンスするアーティストなのだ。

こういった音楽をさらに遠回りしたlo-fi、retroとして考えることもできる。究極的にいえば、現在のテクノロジーとカルチャーの最先端にある音楽でさえも、1秒後にはすでにすたれたものになっていっているのだということを私たちに思い起こさせるからだ。今日のHDは明日のlo-fi、今日のウルトラポップモダンは明日のオールドスクール。これらのミュージシャンたちはこういったことを、残酷ながらも不可避で抵抗してもムダだということを暗に言っているのだ。『Far Side Virtual』までのJames Ferraroのアルバムの多くは、印象主義的な過ぎ去った時代のlo-fiポートレイトだった。おそらく『Far Side Virtual』では、現在をそのときあるがままに表現し、長い時間をかけて自然に行きつくところまで行かせ、自分に代わって時間に熟成させることに決めたのだろう。10年、20年と時間が経ってもう一度聴くと、皮肉にも、それ自体が未来主義の加速の被害者だった、そして今では10年前の牛乳パックと同じ程度の最先端具合だ、ということがわかるだけなのかもしれない。

この潜在的に加速主義であるポップが資本主義ビジネスの行なわれるスペースを満たし、また新たなスペースを作り出す。それはイノベーションの啓発セミナーかもしれないし、表現のプロパガンダかもしれないが、とにかくそういったスペースを人工的に意義があると感じさせる雰囲気でいっぱいにするのだ。かつてはmuzak、あるいは、loungeと呼ばれていたような音楽が流れる空間は、今や以前よりも広がり、輝きを増し、より接続され、そして、より人間味がないものになっている。今明日、資本主義はどこにでもある。テレビにも、電話にも、私たちの心の中にも。しかし、オフィスのロビー、ホテルのレセプションエリア、そして、まず何よりもショッピングモール、そういった公衆との接点となるキラキラ輝く場所以上の聖地はない。この音楽はプラザ(広場)に属している。それは文字通りであり、メタファーでもある。リアルであり、架空でもある。パブリックスペースは限りなく社会的で、経済的な交流の中心地であり、最大のアクティビティとスペクタクルの場なのだ。

あるいは、プラザはかつては公共で共有のスペースだった、と言ったほうがいいのかもしれない。最近では、プラザは個人的なことに使われ、人々はちょっとイイモノにお金を使うためにそこへとやってくる。今やプラザということばは、StarbucksやPret A Manger(*プレタ・マンジェ/サンドイッチを主力商品とするイギリスのカフェ・チェーン)やYO! Sushi(*ヨ!スーシ/イギリスに本社を持つ寿司、日本食レストラン・チェーン)が並んだ商業ブロックの間にある企業協賛の大理石の一角、あるいは、かいがいしく奴隷のように働く人々のいる星が輝くホテルやノートルダムをもしのぐ残響が鳴り響く圧巻の半地下の大聖堂を思い出させるものとなっている。しかし、そこに流れるサウンドは群がる買い物客たちには聞こえていないだろう。香港のセントラルプラザ、ドバイのミレニアムプラザホテル、バンコクのパンティッププラザ、ニューヨークのタイムズスクエア、ロンドンのカボットプレイス、東京の渋谷、上海のナンジンロード。つまり、これらの場所は、機動隊が民主化を提唱する人々のテントを撤去する場所、または、まもなくそうなる日がくるであろう場所だ。

このようなアートポップにおいて、この理論上の加速主義の時代精神はふたつに分かれていると考えられる。テーマ的に、成り立ち的に、ここまでで述べたことすべてがどちらともに関連しているとしてもだ。ひとつめは、INTERNET CLUB、New Dreams Ltd.、また、Beer on the Rugなどのレーベルに関係した多くのアーティストに代表される“vaporwave”と呼ばれるもの、これから話すものだ。ふたつめは、Fatima Al Qadiri、BEBETUNE$、BODYGUARD、Gatekeeperなど、この記事の第2部で語られるもの(ダークサイドのムーブメント)だ。

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ブログやLast FMのタグの群れの中からミステリアスにはい出してきたvaporwave。そういった音楽を制作している人たちの間ではその名前はすでにおなじみだが、聞いたことがないという人のために説明すると、vaporwaveはhypnagogic popの進化の過程における次の段階である。多くの方法においてhypnagogic popとは逆ではあるものの、hypnagogic popとvaporwaveは連続した分布領域の両端だと考えるのがいいだろう。hypnagogicとvaporwaveはどちらも、テレビやどこかのBGMなど、一般的にはあまり評価されていない音楽に対する異常なまでの執着を見せる。次々に流れてくる快活でドリーミィな音楽、それをエンドレスループにし、ドローンで引っぱり、こま切れにしてくり返す。hypnagogicとvaporwaveではともに「スクリューする」ということばが使われるのだが、素材をスローダウンしたり、ピッチを下げたり、その両方を行なったりして、なんだかわからなくなるように操作し、不可思議な感じにするのを好む。最終的には、hypnagogicもvaporwaveも、ガラクタのようなもの、薄っぺらくて捨てられると決まっているものを、時に神聖なものや不可解なものにするという奇妙な傾向がある。

しかし、そこには違いもある。hypnagogicが1970年代から1980年代の音楽を使用するのに対して、vaporwaveは1990年代初頭以降の、現代につながってくるものを素材として使用するのが典型だ。hypnagogicではテープのヒスや極端にくぐもった高周波が使われており、明確にlo-fiだったが、vaporwaveはデモディスクをプレイしている真新しいエンターテインメントシステムのように透き通っていてクリアであることも多い。hypnagogic popのトラックは1曲が長く、トランス状態に誘うようなものが多かったのに対して、vaporwaveは短くカットアップされたもので作られている。トランス状態を引き起こしてはそこから出る衝撃を与える、それを何度もくり返す感じだ。hypnagogic popは綿密なパスティーシュを目指したが、それでもやはり新しい曲は作曲された。vaporwaveはほぼすべてがサンプルを使用している。しかし、サンプル元との間に介在している業者などはいない。とはいえ、hypnagogic popとvaporwaveの特徴の間の境界線はあいまいだ。先に述べたように、このふたつには連続性があり、両者のスタイルの多くの例がどちらともいえないようなものとなっている。そしてもちろん、この連続性などといったことばは音楽的な活動について考えるためのひとつの方法であり、その美学に対するひとつの見方にすぎない。それらは単にスタイルで、あいまいなパターンで、並びであるだけだ。そういったもので見ることもあれば、見ないこともあるし、別のアングルやスケールで見れば常に異なって見えるだろう。

典型的なvaporwaveのトラックは全体的にシンセサイザーで作られているか、企業のイメージソングなどをかなり圧縮したかたまりで作られており、明朗快活できまじめな感じだったり、ゆっくりでじっとりした感じだったりする。美しいものも多いが、どこかずれているようなのもの、機能しているとはいえないようなもの、ほかに例を見ないようなもの、わずかに不穏な雰囲気を持つものもある。ミステリアスで、たいがいはインターネットの中に隠れた匿名の存在によって制作されている。ニセの企業やウェブサイトを装ったものであることも多く、その楽曲はMediafire、Last FM、SoundCloud、Bandcampからのフリーダウンロードであることがほとんどだ。vaporwaveではフィジカルなものが制作されることもある。インターネットエイジやhi-fi時代の、病的ともいえるような驚愕のアートで飾られたカセットテープやCD-Rだ。vaporwave周辺のことばや文(アーティスト名やトラックタイトルなど)は、ほとんどどれもが大げさにひどく注目を集めたがっているような大文字で、ひらがなやカタカナ、漢字が使われることもよくある。それらは不可解で(少なくとも私を含むほとんどの西洋人にとっては)、世界中のテクノロジー資本主義の放送電波が入り込んで、よその地域の人々にとってはおなじみのビジネス放送が聞こえているみたいな、そんな感覚を強調している。典型的なvaporwaveのzipファイル(お望みならばアルバムも)は、モダンで、モチベーションを高め、ムードを作る音楽の作品集であるというようなイメージを打ち出しているものだ。情報を提供するCMやメニュースクリーンや機内の安全確認ビデオやビジネスパークのプロモーション映像やロビーでのドリンクパーティにはパーフェクトだと言っているかのように。

なぜvaporwaveという名前なのだろうか? テキサス州の北東部在住で、インターネットの住民であり、INTERNET CLUBという名義で活動するRobin Burnettはこう言う。「このジャンルの音楽には霧に覆われた環境を思い出させるものが多い。すべてがうやむやで不確かな場所を」そして、「不確かなのは基本で、不安になるぐらいのこともある」とつけ加えている。霧の要素はスクリューなどのlo-fiなエフェクトで引導されることが多い。しかし、“vapor (*原文ではこの1ヶ所のみ“vapor”ではなく“vapour”と表記)”ということばの持つ意味の重要性はこれで終わりではない。“vaporwave”と一文字違いで、強くそれを連想させる“vaporware”ということばがあるのだ。“vaporware”とは、テクノロジー企業が行なうソフトウェアやハードウェアのプロジェクトなど、ごく限られたところでのみ使われることばで、発売が発表されたものの、かなり時間が経っても実際には発売されなかった製品のことを指す。そういったことから、vaporwaveは実現が延期されたもの、あるいは、悲劇的な結果にすらなったもの、ということになり得るのだ。しかし、顧客の注意を引いてライバル企業よりも早く次の最良の商品を提供すると見せかけるために、実際には発売するつもりがない商品を発売予定品ということにしているという、意図的なニセモノだとすることもできる。すると、資本主義の広告とPRでの約束が市場の傾向から生み出されたあからさまな詐欺になっているということになる。それゆえに、vaporwaveは「selling smoke(実態のないものを販売している)」なのだ。

昇華、精神分析学と美学において本能的なエネルギーの変換を表わす概念は、個体を気体に変える物理的過程の名称でもある。“vaporwave”という名前は、「all that is solid melts into air(いっさいの身分的なものや常在的なものは、煙のように消える)」というカール・マルクスの『共産党宣言』からの有名なフレーズを思い出させるものでもある。これは、絶えず変化する社会はブルジョアの資本主義の下に位置づけられるということについて言及している。このフレーズは、すたれていくことは不可避であるということを説く加速度原理資本主義の信条の一部のようにもなっている。そして、vaporwaveアーティストたちの批判がこだまする。「生産のたえまない変革、あらゆる社会状態のやむことのない動揺、永遠の不安定と運動は、以前のあらゆる時代とちがうブルジョア時代の特色である。固定した、さびついたすべての関係は、それにともなう古くてとうとい、いろいろの観念や意見とともに解消する。そしてそれらが新たに形成されても、それらはすべて、それが固まるまえに、古くさくなってしまう。いっさいの身分的なものや常在的なものは、煙のように消え、いっさいの神聖なものはけがされ、人々は、ついには自分の生活上の地位、自分たちの相互関係を、ひややかな眼で見ることを強いられる」(*参考文献:『マルクス・エンゲルス 共産党宣言』 (岩波文庫))

Robin Burnettは、企業BGMを人々が注目して聴くところへと引っぱり出していることからもわかるように、資本主義社会の関係性において疎外というものが実在していることを明らかにしたいと考えているのは確かだ。私は、Last FMというデジタルの未開の地をあちこち歩き回っていたときにINTERNET CLUBという彼のペルソナに偶然出会った。それからすぐに、彼のバックカタログがフリーダウンロードで置いてあるAngelfireのページを見つけた。彼が別の名義をいくつか使っていることもすぐにわかった。Web 2.0の途方に暮れるほどの数のサイトを通して彼を追ったのち(かつてはストーカーとされていた行為は今や良いインターネット消費者の衝動だ)、私はついに彼のメールアドレスを見つけ、どういった人がvaporwaveを作っているのかを知ることができた。

メールでやり取りをしたBrunettは、本質的には加速主義者というよりも、むしろ、はっきりとした反資本主義者だった。シチュアシオニストのムーブメントに関係していたり、1968年の抗議運動の美学とイデオロギーに関連があったりするフランスの思想家、ギー・ドゥボールを参照しながら、「INTERNET CLUBでは、身の回りの品々を通して提示されるような限りない理想の時代に焦点を合わせることで、この資本主義社会がどうやって人間性を失ったハイパーリアリティを発生させたのかについて、とてもギー・ドゥボール的なことをやりたいと思ったんだ。社会はハイパーリアルな状態に入っていくと僕は思っているんだけど、それがどんなふうになっていくのかということもINTERNET CLUBでやっていることの一部」と彼は言う。INTERNET CLUBのトラックにはストックミュージック(著作権フリー音源)や企業のYouTube動画からの音楽が使われている。それらの音質をいくぶんか下げて、リバーブ、圧縮、グリッチ的なループなどのエフェクトを加える。それを「慣れすぎていて気づかないものの異化」としてアーカイブする。企業文化は現代社会を「妥協とニセの約束という名を借りて、正当性を否定する」社会にしていっている、と彼はまとめる。

INTERNET CLUB(人目をひく名義ではないが、計算されていない感じがちょうどよい)には、『MODERN BUSINESS COLLECTION』、『NEW MILLENNIUM CONCEPTS』、『REDEFINING THE WORKPLACE』といったzipアルバム、“AS DREAMS GO BY”、“NEVER LOG OFF”、“TIPS AND TRICKS FOR THE NEW WEB MARKETER”、不気味な“BREATHE IT IN”などのトラックがある。Brunettは、INTERNET CLUBの前にはDatavisという名義を使って超lo-fiで憑在論なダストスケープを制作しており、影響を受けたものとしてテープコンポーザーのPhilip Jeckの名前を挙げている。また、別のプロジェクトには、hypnagogic popのDatavision Ltd.(Datavision Ltd.は、テープレーベルHexagon Recordingsの共同オーナーであるLeonce Nelsonとのコラボレーション)、収録時間の長いlo-fiテープのvaporwaveをリリースしているECCO UNLIMITED、明らかに日本のテレビ番組から取ってきたと思われるスプーキーでぶつ切りの断片からなるzipフォルダ『▣世界から解放され▣』をリリースしている░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░がある。『▣世界から解放され▣』は、Oneohtrix Point Neverの『Replica』へのトリビュート的な作品だ(『Replica』は一番好きなレコードの1枚だとBurnettは言っている)。

「サイバースペース。ついにきたのだ。末期的な社会のシグナルは要求する機械の耳ざわりなテクノバズによって消し去られた。肯定的なフィードバックがどんどん早送りされていき、スピードは人工的な時間消滅の事象の地平面に収束する」—— ニック・ランド『Machinic Desire』(1993)

2011年上旬、RangersやMatrix Metalsのやっていたことに習うアーティストたちとともに、Beer on the Rugはhypnagogicレーベルとしてスタートした。Boy SnacksとMidnight Televisionのミニアルバムから少しずつvaporwaveへと変化していったが、2011年7月、『New Dreams Ltd.』でhi-fiに着地した。それは、全編Windows 95時代のハイエンドシンセサイザーのスタジオ録音で、輝く極東の女性とさざ波を立てる青い海、イタリック体のTimes New Romanフォントの文字で飾られたカセットテープだった。vaporwave関連のもうひとりのキープレイヤーであるNew Dreams Ltd.は、現在、オレゴン州ポートランドを拠点としている匿名のプロデューサーによる、サンプルベースの作品をリリースする数多くの名義の総称だ(それらすべてを集めたTumblrページはこちら)。これまでに、Vektroidとしてchillwaveからvaporwaveまでさまざまなタイプの音楽を制作している。そのVektroidのサイドプロジェクトのうちのひとつがMacintosh Plusだ。アルバム『Floral Shoppe(フローラルの専門店)』には、きらめくスパのCMソングとともにチョップト・アンド・スクリューがほどこされたアダルトコンテンポラリーソウルが収録されている。esc 不在とNew Dreams Limited Initiation Tape名義では80年代以降のアダルトコンテンポラリーポップからのループを使っていることが多く、Oneohtrix Point Neverの有名な“nobody here”のループの領域へとふみ込んでいる。

New Dreams Ltd.のアーティストとしての最新の活動は情報デスクVIRTUALだ。4月にリリースされたアルバムのタイトルは『札幌コンテンポラリー』。そのトラックタイトルにはかなり注目だ。“ODYSSEUSこう岩寺「OUTDOOR MALL」 ”、“HEALING 海岸で昼寝MY LAST TEARS”、“3D崖の端 ∕ ‘‘B E Y O N D’‘ THE LIMIT”、そして驚きなのが、“XX ‘‘RUBY DUSK ON A 2ND LIFE NUDE BEACH’‘ ☯ . . . の生活・・・「ロベルタ」”。アートワークの飛行機とCA(客室乗務員)、モールや博物館やホテルなどのことばが入ったトラックタイトルから、旅行産業協賛のアルバムに見せているかのようでもあるが、スポーツカーやインターネットやタバコやポルノなどのことばもある。『札幌コンテンポラリー』の音楽はvaporwaveにしてはかなり大まじめだ。官能的なスムーズジャズインストゥルメンタルとつややかなスタジオ内のセッションミュージシャンが奏でる異国情緒漂うサウンドが、エレクトリックピアノとそのほか大いにマニピュレートされたシンセサイザーのプリセットとともに鳴り響く。しかしここでも、グリッチやピッチベンドの瞬間を時折投げ込んでは、満喫しているリスナーを引き戻し、雰囲気をぶち壊す。

New Dreams Ltd.のプロデューサーは、メールでこう話している。「New Dreams Ltd.は、アメリカでコンピューターカルチャーが本格的に巻き起こるちょうど前、80年代後半のマスメディアとその進化に対する完全な風刺です。私はリアリティとフィクションの間に亀裂を入れたいと思っていました。それが、まさに当時、彼らが成し遂げようとしていたことだったと感じるからです」 彼/彼女(*このインタビューの時点ではVektroidの性別は不明だった、あるいは、非公表とされていたため、原文では“s/he”と表記されていると思われる)はさらにくわしく述べる。「この20年間で世界はゆっくりとリアリティがなくなってきているようで、そのことが私を魅了するのです。この20年間で起こってきたあらゆることには、潜在的にシュルレアリスムの要素がかなりあります、特に日本で起きたことには。当時の人々に響いたように、今の人々に響くシュルレアリスムの要素を捕らえたいと思っています。例えば、その当時、人々が広告に費やしていた時間の長さは、私には衝撃的です。衝撃の要因というのはこういったことでは重要な要素だと思うのです」

“vaporwave”ということばは、彼/彼女の音楽にとって重要なものなのだろうか? 「そのことばが使われているのを目にすることはよくありますが、個人的には自分には関係ないと思っています。私が最初の Laserdisc Visionsのテープを編集して作り始めたとき、私たちはそれをeccojamsと呼んでいました。もちろん、Oneohtrixの真髄のテープ『Chuck Person』に由来しています。間違いなくそれは、私たちがやり始めた多くのことのきっかけとなっているからです。私も含めて、そのeccojamsをやっていた人たちはかなり結びつきが強く、プライベートなグループでした。それがジャンルとして存在していると思っている人は私たちの中には誰もいませんでした。スクリューミュージックはもう何年も前からあります。私たちはただその中にある文脈とその認識の仕方を変えただけです」さらによく考えた上で今、彼/彼女は再びビートメイキングをやりたいと思っているという。「でも、New Dreams Ltd.というプロジェクトが“vaporwave”のカテゴリーに入るのは間違いないでしょうね。たまたまそうだっただけだとしても」

Burnettと同じように、New Dreams Ltd.のプロデューサーは、「 Laserdisc Visionsは、疎外感があるように、現実から離れたように聞こえるものにしたいと思っていました。なじみがあるふうに聞こえるようにはあまりしたくなかった。なじみのある感じを取って、文脈を再構築したかった。だから、ほんのわずかに本来ある場所から外れているんです」と言っている。ヒューマノイドロボットや人間に似せた色々なものがもう一歩人間になりきれていないために人々がひいてしまうという心理的効果を例に挙げつつ、彼/彼女は、いわゆる“不気味の谷”を達成するのを目指しているのだという。

しかし、New Dreams Ltd.と彼/彼女がサンプリングする音楽との関係性は単純に批判ばかりというわけではない。彼女(*原文ではこの部分のみ“she”、“her”と表記)は自身のサンプリングのやり方を「コンセプチュアル」、「皮肉」、「単純化」と表現しているが、自己表現の可能性について興味深い解釈をしている。「人々に私の作品で感じてもらいたいのは、それが心からのものだということです。私が作るものの中に私の存在を感じてほしいと思っています。それが、作品にともなう身体的なアイデンティティを持つ必要は決してないのだと感じられる機会を私に与えてくれるからです」 企業のストックミュージックを使用することによる政治的なほのめかしに関しては、彼/彼女は謎めいたことばでしめくくっている。「自分たちの世界について、ミュージシャンとして反応することはとてもたいせつだと考えています。私の中のどこかがプロテストソングの時代を恋しいと感じているのでしょう。すべてがプロテクトソングとなり得る今、最も効果的な社会的主張には対話が欠けているように正直感じています」

デジタルの荒野に登場したvaporwaveのアーティストはそのほかにもいる。目立つのは次の2作品。Computer Dreamsのzip EP『Silk Road』のゴージャスなエレクトリックピアノの幸福感は悲痛なまでに魅惑的で、これを知らなかったころにはもう戻れないと感じさせるだろう。骨架的のzip EP『Holograms』は正しくスクリューされたコンテンポラリーソウルのループで、vaporwaveのスプーキーな側面がうまく出ている。音楽と流通形式に類似点があることを考えると、Computer Dreamsと骨架的は同一人物なのではないかという考えも浮かんでくるが、その答えが判明することはないのかもしれない。それに、たいして重要なことでもなさそうだ。本物の企業のストックミュージックの制作に携わるミュージシャンたちも、本物のvaporwaveアーティストたちも、彼らがどこにいようとも、名前が表に出たり、姿を見せたりすることはない。彼らは全世界的な資本主義のエンジンに直接送り込まれ、そして、最終的にはガスとなって放たれる、そんなプロダクトを供給する匿名の制作者たちなのだ。


本文中に出てきたアーティストたちによるトラックのvaporwaveサウンドのまとめはmixをダウンロード、またはストリーミングで。(*現在は元記事では試聴、ダウンロードできなくなっています)
https://soundcloud.com/dummymag/part-i-vaporwave

00:00 – LASERDISC VISIONS: ‘Into Dreams’ from NEW DREAMS LTD.
00:35 – INTERNET CLUB: ‘TRANSPARENT’ from BEYOND THE ZONE
01:33 – Computer Dreams: ‘Track 2’ from Silk Road
02:36 – MACINTOSH PLUS: ‘待機’ from FLORAL SHOPPE
03:12 – INTERNET CLUB: ‘THE 1080P COLLECTION’ from WEBINAR
03:41 – 骨架的: ‘RELAX’ from Holograms
04:16 – LASERDISC VISIONS: ‘LASERDISC VISIONS’ from NEW DREAMS LTD.
05:36 – INTERNET CLUB: ‘WAKE SLEEP I’ from NEW MILLENNIUM CONCEPTS
06:26 – INTERNET CLUB: ‘SHIFTING THE PARADIGM’ from WEBINAR
07:02 – 情報デスクVIRTUAL: ‘7 WONDERS OF THE iNTERNET FT WIND☯WS 97「GEOMETRIC HEADDRESS」’ from 札幌コンテンポラリー
08:34 – INTERNET CLUB: ‘WANDERING’ from MODERN BUSINESS COLLECTION
09:31 – MIDNIGHT TELEVISION: ‘Channel Surfing’ from MIDNIGHT TELEVISION
10:02 – INTERNET CLUB: ‘MENTHOL FEEL’ from BEYOND THE ZONE
11:08 – LASERDISC VISIONS: ‘Data Dream’ from NEW DREAMS LTD.
12:57 – Lasership Stereo: ‘Pole Position’ from Lumina
13:52 – esc 不在: ‘aurora3d’ from midi dungeon
14:24 – fuji grid TV: ‘warm life / legs’ from prism genesis
15:42 – 骨架的: ‘Silky Sheets’ from Holograms
16:34 – INTERNET CLUB: ‘RAINING ZONE II’ from NEW MILLENNIUM CONCEPTS
17:05 – 情報デスクVIRTUAL: ‘☆ANGELBIRTH☆’ from 札幌コンテンポラリー
18:09 – INTERNET CLUB: ‘THE SHARPER IMAGE’ from THE SHARPER IMAGE
19:18 – LASERDISC VISIONS: ‘Mind Access’ from NEW DREAMS LTD.
20:21 – INTERNET CLUB: ‘WEBINAR’ from WEBINAR
21:27 – Computer Dreams: ‘Track 5’ from Silk Road
22:13 – bitterTV: ‘last night with you’ from Soundcloud
23:19 – INTERNET CLUB: ‘PRODUCTIVITY SUITE’ from WEBINAR
24:13 – 情報デスクVIRTUAL: ‘’‘GEAR UP’‘ 4 FLIGHTシアトルズベスト’ from 札幌コンテンポラリー
25:21 – INTERNET CLUB: ‘WAVE TEMPLE’ from UNDERWATER MIRAGE
26:57 – LASERDISC VISIONS: ‘Malls’ from NEW DREAMS LTD.
28:51 – INTERNET CLUB: ‘OPTIMIZATION (#TRANCEFAMILY EPIC TECH REMIX) from WEBINAR
31:01 – esc 不在: ‘archway’ from black horse
32:29 – INTERNET CLUB: ‘OFFICE ONLINE’ from WEBINAR
33:40 – Computer Dreams: ‘Track 9’ from Silk Road
35:01 – fuji grid TV: ‘heaven’s gate / sneak out!’ from prism genesis
36:09 – 骨架的: ‘Breeze’ from Holograms
38:01 – LASERDISC VISIONS: ‘Zik Zak’ from NEW DREAMS LTD.
38:35 – INTERNET CLUB: ‘DON’T THINK LOVER’ from BEYOND THE ZONE
39:23 – Lasership Stereo: ‘Daytona’ from Lumina
40:00 – INTERNET CLUB: ‘JAZZY’ from BEYOND THE ZONE
40:32 – INTERNET CLUB: ‘ONLINE WORKSHOP’ from WEBINAR
41:37 – 骨架的: ‘Fountain’ from Holograms
42:53 – INTERNET CLUB: ‘IT PLAZA DUBAI’ from WEBINAR
43:48 – INTERNET CLUB: ‘ONE TRUE MEDIA’ from WEBINAR
44:34 – LASERDISC VISIONS: ‘Los Santos’ from NEW DREAMS LTD.
45:01 – INTERNET CLUB: ‘TRU FEELINGS’ from MODERN BUSINESS COLLECTION
46:10 – Lasership Stereo: ‘Plastics’ from Soft Season
46:56 – INTERNET CLUB: ‘GLOBES’ from DREAMS 3D
47:40 – esc 不在: ‘in a cave watching the blizzard’ from midi dungeon
48:30 – 骨架的: ‘Memory’ from Holograms
49:40 – MACINTOSH PLUS: ‘ECCOと悪寒ダイビング’ from FLORAL SHOPPE
50:43 – ░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░:: ‘プロミセス「▣世界から解放され▣」’ from ▣世界から解放され▣
51:37 – 情報デスクVIRTUAL: ‘HB☯ PORN’ from 札幌コンテンポラリー
53:19 – esc 不在: ‘tonight on hbo’ from black horse
54:46 – INTERNET CLUB: ‘DRIFT II’ from DREAMS 3D
55:35 – new dreams ltd initiation tape: ‘camaro’ from part one
56:34 – INTERNET CLUB: ‘THE NEW DIGITAL FRONTIER’ from REDEFINING THE WORKPLACE
57:56 – INTERNET CLUB: ‘REDEFINING THE WORKPLACE’ from REDEFINING THE WORKPLACE





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(* )は補足しています。
アーティスト名や曲名の漢字の意味についての説明は省略しています。
リンク先、英文もあります。リンク切れもありますが、元記事のリンクをそのまま貼っています。






現在、Vektroidは姿を見せていることもありますが、おそらく当時はまったく情報がなかったんでしょうね。また今思えば、トランスジェンダーの彼女だからこその心理がかいま見れる返答なのでは……というところもあります(せつないです)。それだけに、今は出てきているというのは良い状態なのかなと思えて嬉しいことです。やっぱり彼女はすごい才能の持ち主だと感じるので。



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