先日有休をとり、母の通院についていきました。
前回母が1人で病院に行った際に、
「三軒茶屋で乗り換えるから、
いつももかちゃん(=わたし)が買ってきてくれるパン屋さんに行きたい!」
といわれ、ミカヅキ堂さんの場所を教えましたが、
「なかった。」
と。
…ないはずはないです。。
世田谷線の駅からミカヅキ堂さんまで一本道なので、
解らない場所でもない。
ということで、帰りに一緒に行きました。
道は合っていたとのことで、
ミカヅキ堂さんは、中をよくのぞかないとパン屋さんには見えないので、
通り過ぎてしまったんだなと。
で、母にパンを買ってもらいました♪
“もち小麦と全粒粉の食パン”
ミカヅキ堂さんは、生地が美味しいので、
やはりシンプルなものがいいかなと。
今日はパン屋さんに寄れると思っていなかったので、
嬉しかったです。
でもパンなら私がいくらでも買ってくるので、
できれば病院通いはない方がいい。
健康って大事だと、
病院に行くと本当にそう思います。
みんなが元気で過ごせるのが1番です。
〜愛されて…いるはずなのに?〜
持論。
現代の“行かず後家(古い?)”は、親に溺愛されると思う。
後世まで家を繋ぐならば、
結婚して、子どもを産んで…が、理想かもしれませんが、
30年止まったままの世の中では、先を考えるより今の自分の生活で、
それならば、娘が嫁ぐよりも手元に残って、
一緒に生活したほうがいい、という親も少なくないと聞きます。
我が家もまさにそんな感じで、
歳をとると、子どもが手元にいるほうが安心とのことで、
いい歳したおばちゃんの私でも、
親に愛されていることを実感する日々です。
普段通り仕事に出かけ、普段通り帰って来るだけなのに、
毎日(熱烈歓迎!)みたいな、お出迎えがあります。
玄関の鍵を開け、ドアを開け、
「ただいま〜」
と言う前に、
1階に部屋がある父が玄関に現れ、
(熱烈歓迎!)的に迎えられます。
そのまま生活スペースの2階に上がると、
階段を登りきる前から、今度は母がリビングから顔を出し、
やはり(熱烈歓迎!)的に、
「お帰り〜お帰り〜」となります。
でも今日は、玄関を開けても何も起こらず。
??
具合でも悪いのかな?と思いながら、2階に上がると、
やはり何も起こらず。
???
(父も母も、どうしたんだろう?)
と思ったら、
2人して、200勝をかけた試合にのぞんでいる、
“マー君”に夢中だったという。
…リビングのテレビにかじりついてる(笑)
時は7回裏。
そりゃ、毎日見る娘より、
一時期の野球界を担ってきたマー君の、
200勝達成の瞬間のほうが大事だよなと。
でも誰か具合悪いとかでなくて良かったです。
やっぱりみんなが元気で過ごせるのが1番です。

