母が転院してからというもの
ますます言葉が出なくなり
私の問いかけに、小さーーーくうなずく程度。



そんな母でも、病院ではリハビリを受けています。


療法士さんが、筋を擦ったり、伸ばしたりして
曲がって固まってしまった膝が伸びるようにするぐらいのことですが。


昨日、そのリハビリに、初めて立ち会うことができました。



ベッドから母を起こし
足をベッドからおろした状態で座らせ
まずは肩を療法士さんが擦ります。


私が母の手を握り、腕を支え
倒れないようにしながら
母に
「座っててしんどくない?」
と聞くと

母は目を閉じたままですが、ニコッとしてくれました。


療法士さんも
「わ~。〇〇さんの笑顔初めて見た~。(^O^)」
と、喜んで下さいました。


笑顔って、ほんとに幸せな気分になります。


今日は、リハビリの時間に合いませんでしたが
(何時から開始と時間が決まっていないので)
母に
「今日はしんどくない?」と聞くと、無反応。


「私の声が聞こえる?」
と、もう一度聞くと

小さーーーく首を横に振る。


おいおい。それって聞こえてるやん。

と、ツッコミ入れると

小さーーーくニヤリッ。

かぁちゃん。あんたますますおもろいな。f^_^;




そんな母ですが
金曜日、主治医に呼ばれて、母の状態について話を聞きました。


転院当日の血液検査、一週間後、そして前日木曜日の結果。

3つを見ながら、

先生「体に炎症は今はありません。」

「でも、腎臓機能がかなり落ちています。その他の数値も下がっています。」


たくさんの数値の横に下向きの矢印がありました。



先生「あらゆる体の機能がゆっくりと止まろうとしています」


先生は、「老衰に向かっている」と言われました。



私は、母の最期は、できることなら老衰で…と願っていました。

痛いとか、苦しいとか
そういったものが老衰にはないと聞いていたから。



それに、老衰ということは
母の持って生まれた寿命をすべて使いきること。


あの時もっと早く治療させていれば、助かったかも
なんてことになったら
私は自分が死ぬまで、ずっとずっとずっとずっと後悔する。



でも、老衰なら、母の命のすべてを使いきる。

「天寿をまっとうする」こと。



母と別れることは、ほんとにほんとに辛い。


今、ただ空想するだけで涙が出ます。




でも、老衰なら
それなら、自分を納得させられる。

十分に母は生きたんだと、自分に言い聞かせることができる。



母に
ありがとう
って、穏やかに伝えることができる



まだまだ、母は生きています。

今日も、いつものように、目を閉じて
私の声を聞いていました。

母のエックスデイがいつなのかわかりませんが
その日まで、母が穏やかに過ごせるように
一日でも、一時間でも、たとえ一分でも長く一緒にいられるように


今は、できる限り母のところに行こうと思います。