母が夏に入院して、季節は秋になりました。

朝夕はとても涼しく、昼間の空には秋らしい雲が浮かんでいます。



母の状態は、たまに熱を出してはいますが、落ち着いている感じ。

でも、ますます認知症は進み、ほとんど目を閉じたまま
自ら何かの意思表示はありません。

時々、パッと眼を開けて、どこかをじっと見ています。
その目はとてもうつろで
見ていて、なぜだか涙があふれます。



食事はやっとお昼だけ、嚥下食として「ゼリー食」が出るようになりました。


でも、お昼だけ。
しかも、目をほとんど開けないので、寝ていると判断されて
毎日その日のお昼の献立メモに、「2割」だとか「2割半」とかって書かれています。


先週の休みの日、やっとお昼ご飯時に病室へ行きました。
母の昼食に間に合ったので、私がゼリー食を食べさせることができました。

母はゆっくり、ちょっとずつ食べてくれましたが
2~3割あたりで口を開けなくなりました。

「もういらんの?」
「・・・うん・・・」


でも、2割とはいえ、元々運ばれているゼリー食の量が少ない。
かまぼこ(板にはりついているタイプ)のちょっと厚めに切ったものぐらいの大きさの物。
これが小鉢3つにそれぞれ2切れずつ入っています。

味はポテトサラダであったり、野菜の煮物であったりするのですが。

見た目的には、色がちょっと違うだけで、私はそれがなんなのか
まったくわかりません。(^^;


母に
「おいしい?」
と聞くと
ちょっと笑顔になって
「うん」


おいしいならよかった。(^-^)


少し間をおいて、「もうちょっと食べる?」と聞くと
「うん」

少しおけば、母は食べるんです。
何度かこれを繰り返して、結局この日は、完食しました。


それを病院に求めることはできないのは、私もわかっています。
他の患者さんや、個々の仕事があります。
母の食事なんかに1時間以上費やすことなんてできません。
でも、母の「食事なんか」ですが、母にとっては唯一の大切な「食事」なんです。
それを訴えたくても、たえずバタバタと動いている看護師さん達を呼び止めて
お願いするだけの勇気が、今の私にはありません。。。




先日、病院側と私の考えの違いでいろいろありました。
ここに書ききれないいろーーーんなことがありました。


私は母を最期まで看たい。
それには仕事が邪魔でした。

退職してしまえば、収入がなくなりますが、私は母の介護に専念できます。

でも、落ち着いて、私の性格を考えたとき
働くことをしていない自分に、社会からの阻害感を持ってしまい
どんどん悪いほうに行くようにも思えました。



親戚や友人、同僚とも話をしました。
その中から導き出した答え。
 


なんとか転院先をみつけ、私は働きつづける。



私は今の仕事が大好きです。
やっと手に入れた仕事。
それは母もよく知っています。

母のそばにずっと寄り添うことは、母もうれしいはず。
でも、私が、好きな仕事を捨ててしまうことで
母がほんとに「よかった」と言ってくれるか

もし自分が、母の立場だったらそう思うのか


「もっと自分を大切にしたほうがいいよ」
それを友人に言われたとき、とめどなく涙が出ました。


私は

   母>>>>>私

の、構図になっていました。

「大なり」が5つぐらい付いていました。




高1の夏に父が亡くなってから、母と二人、ずっと一緒に頑張ってきました。

母は私、私は母を思い、お互いにいろんなことを我慢してきました。



でも、この数年、私はとにかく「母」。
母第一でした。


私が我慢すればいいのなら、それで母が笑顔になってくれるのなら
ちょっとぐらいいいわ。
そんな気持ちでした。


友達に

自分の人生、もっと楽しんでも、いいんじゃないの

と言われました。



今まで生きてきて、楽しかったことがなかったわけではありません。
その時々で、それなりに楽しかったと思います。


でも、周りの人のように、好きに旅行に行ったり
彼氏と遅くまで遊んだり、友人と飲みに行ったり
時間をゆったりと自分の好きなように使うことは、まったくなかったかもしれません。


母が家で待っている


そう思うと、ほんとは二次会に行きたいけど、また今度にするわと言って帰りました。
「また今度」は、私にはやってこない時間。




今日、明日と転院先になりそうな病院を回ります。
事務長さんとの面談になるのですが、病室や患者さんの様子も見せてもらいます。

そして、どうしても見たいのは、看護師さんの動き、気配りです。



もしかしたら、母はもう帰宅できないかもしれません。

もしかしたら、終の棲家になってしまうのかもしれません。



帰ってきてほしいけど、それが難しいかもしれないことは、私にもわかります。
だから、私は連れて帰りたかった。
仕事を捨ててでも、連れて帰りたかった。



親戚から

もし駄目だとわかったら、それから連れて帰ってもいいんじゃないのか
慌てて、今すべてを背負わなくても、もっと自分の体のことも考えて
もうちょっと自分で看ることができるまで回復を待ってみるのもいいんじゃないのか


私は、自分が病気であることが恨めしいです。

でも、以前より圧倒的にしんどい日が多いことはどうしようもない事実。




母が、穏やかに、痛みや辛さを感じなくていい病院が
どうか見つかりますように。



そして、

母が早く
元気になりますように・・・