母の様子はあいかわらず。
特に高熱が出ることもなく、今のところ落ち着いています。
でも、未だに食事は食べさせてもらえず
日に一度、「嚥下」のチェックのために
なんとかって名前(資格の名前忘れましたが)の方が来て
母にほんの少しのゼリーと
スプーンで、これまたほんの少しのお茶を飲ませてくれます。
そして、
「もうちょっと目を開けてくれたら、ゼリー食ぐらい食べてもらってもいいんですけどねぇ」
いくら私が「目を閉じていても、口に入れたら咀嚼します」と言っても
笑って済まされる。
なんで、笑うの?
「食べる」ことに対して欲求があるのに。
なんで、「食べられる」ことを勝手に否定するの?
人が一人、人として食事をすることが、そんなに大事件なの?
誰かがそばについて、食べさせたらいいんじゃないの?
食べるか、食べないか、食べなくなったらやめればいいんじゃないの?
そんなの見てたらわかるんじゃないの?
あれから、主治医と2回話をしました。
2回目では、ワーカーさんと看護師さんも入っての面談でした。
いつものことながら、転院を勧められました。
私は絶対行かせません。
主治医が「見学に行って、納得できる先に転院すれば」と言いますが
この前行った病院だって、老健だって
見学しましたさ。
でも、良い顔しか見せやしない。
母は認知症なんだから、認知症の人が入るフロアが見たいのに
見せてくれない。
「元気な、明るいところでしょ~。(^^)」
当たり前だよ、利用者さんみんな元気なんだから。
そして、入れば、何もしゃべらず、ひたすら眠り続ける母の扱いは劣悪極まりない。
だから、いやなんです。
そう説明しても、主治医は、転院しないと連れて帰っても看るのは
とてもできない。
食事の量も十分に摂れないし、急変したときの対応も迅速にできない。
と言います。
無理でも、私はやります。
転院したって、治る見込みがないのなら、私は連れて帰る。
たくさんの管につながれ、痛みをこらえ、眉間にシワを寄せながら
それでも眠っている母と
これ以上、離れているわけにはいかない。
正直、もう何年も母と一緒にいられるとは思っていません。
ほんとに、カウントダウンに入っている母。
母はこの頃、私のことが分からなくなっているようです。
家にいるときは、「お母ちゃん」であったり、「姉ちゃん」であったのに
今は
「私は誰や~」と聞いても
私をジッと見て、笑顔ではあっても、「・・・」。
私は、最期まで、母の家族でありたい。
たとえ、「お母ちゃん」でも
「姉ちゃん」でもいい。
知らない人ではなく、家族の誰かとして、母に寄り添っていたい。
そうでなかったら、
「誰も知っている人がいない。私は一人ぼっちや。」
そう思って、旅立っていくことになる。
それが私は一番辛いです。
ワーカーさんが、ケアマネさんと話がしたいと言いました。
帰宅後、ケアマネさんに早速電話して
今までのあれこれを報告しました。
そして、転院を勧められていることも。
私が断固拒否していることも伝えました。
ケアマネさんは前回のこともよく分かってくださっているので
デイサービスの責任者さんと連絡とって
どういうふうにしていくか検討します
と言ってくださいました。
目を閉じていても、食事ができることはケアマネさんも
デイの職員さんもご存知です。
でも、ケアマネさんに言われました。
デイへの送迎は、お母さんにとってとても負担になるので
デイでのお泊りになりますよ
やっぱり私は母と離れていないといけないのか
どうしても、母といることはできないのか
一緒にいたいよー