GWも今日で終わります。
また明日からいつもどおりの日常がやってきます。
母は、3月からデイのお泊りでずっと過ごしていました。
眠るのもデイ
食事するのもデイ
日がな一日をデイで過ごしました。
GWの中日(なかび)
ふと、母を連れて帰ろうと思いたち
デイへ連絡し、この4連休 母と家で過ごしました。
母との4連休で感じたこと
意思の疎通がかなり厳しい
食事が自力ではまったくできず、介助してもあまり取れない
ほとんど眠っている、または目を閉じたままで動くこともしない
去年突然高熱が出て、入院し、うちの近所の病院へ転院 ~ 老健へ転所
そして、即退所
入れ違いに、デイへお泊り開始
この間、母が家に帰ることは一度もなく
やっとこのGWで帰宅しました。
長く病院に入っていたせいか、自宅なのに
突然か細い声で 「先生、呼んで」。
家やで。と言うと、「あ~そう。よかった。」。
こんな会話が数回。
そして、夜になると出る熱。
朝や昼間は、36℃台。
でも、寝る頃には、37℃超え。
帰宅初日は気づきませんでしたが
昨日、一昨日と 37.1℃。
今日も、10時と3時で計ってみると 36.5℃ぐらい。
でも、5時頃計ると 37.2℃。
さっき再度計ってみると 36.4℃。
病院に行ったほうがいいのか、よくわからず
とりあえず、もう少し熱が上がるようだったら・・・と思っていますが。
それから、腰の下あたりにできた褥瘡。
昨日、「キズパワーパッド」を買ってきて、貼りました。
痛みが少し治まったようで
「痛い?」と聞いても 「いや・・・大丈夫」。
いろんな思いがぐるぐる回り、ケアマネさんに褥瘡対策をうかがいました。
寝る姿勢だけなのかと思ったら、栄養不足が原因と聞き、びっくりしました。
食べる量がかなり減っている今
いくら栄養、栄養といっても、摂取量と消費量が合わないようで。
高齢者とはいえども、呼吸する、食べる、寝る、そのすべてにカロリーがいる。
そして、体を構成する栄養がいる。
でも、母の食べっぷりは、悲しいほど少ないです。
ゆっくりゆっくり食べてくれるけど
食が進まなければ、家なら 「そういえば、○○もあったけど、食べる?」
なんてことも言えますが
デイでは、当然 出てきた食事しかない。
これは当たり前です。
ゆっくりと完食しても、もともとの量が少なければ、やっぱり栄養は少なくなる。
ふいに、先日お母様が亡くなった友人の言った言葉を思い出しました。
「食事をしなくなったら、あちらの世界へ行く準備を始めている」
母の食事が減り始めていることをしっかりと受け止め
私は、もう一度、今 自分がどうするべきかを考えました。
高1の夏、父が他界してから、母と二人。
泣いたり、笑ったり、ずっと二人三脚で歩いてきました。
あれから、ずいぶん年月がたち、
認知症という病に母を追い込んだこと
働くことと母のそばにいていれないこと
この板ばさみを背負って 私は一人で走りました。
この10年、ずっと走ってきました。
しんどいとか、辛いとか、そんなの言い訳だと思って、突っ走ってきました。
でも、気づくと自分の心臓は壊れ、一刻も猶予がないと突きつけられた時
まず思ったのは、母のこと。
どうしたらいいんだろう・・・。
手術して、自宅療養して、職場復帰して。
そこには、戻ってきた家には、母はいなくて
私は自宅、母は施設。
この生活を早く打開したくて、仕事を頑張った。
しんどいなんて言わない。
絶対負けない。
でも、戻ってきた母と向き合うには、私の体は弱くなりすぎていました。
去年の高熱から4ヶ月半。
さらに、状態が悪くなった母と、もうこれ以上離れているわけにはいかない。
今こそ、私の最後のファイトをみせなくちゃ。
何をどうとっても、決して良い方に動いていません。
それは、誰に聞かなくても、私自身が一番よく感じています。
GWが明けたら、また母をデイのお泊りへ行かせる予定でしたが止めました。
毎日、母の顔を見よう。
毎日、母の帰宅を待ち、笑顔で迎えよう。
毎日、毎日、毎日。
あとどれぐらいですか?
あと何回 母の笑顔を見られますか?
置いていかれることが怖くて
胸が張り裂けそうです
また明日からいつもどおりの日常がやってきます。
母は、3月からデイのお泊りでずっと過ごしていました。
眠るのもデイ
食事するのもデイ
日がな一日をデイで過ごしました。
GWの中日(なかび)
ふと、母を連れて帰ろうと思いたち
デイへ連絡し、この4連休 母と家で過ごしました。
母との4連休で感じたこと
意思の疎通がかなり厳しい
食事が自力ではまったくできず、介助してもあまり取れない
ほとんど眠っている、または目を閉じたままで動くこともしない
去年突然高熱が出て、入院し、うちの近所の病院へ転院 ~ 老健へ転所
そして、即退所
入れ違いに、デイへお泊り開始
この間、母が家に帰ることは一度もなく
やっとこのGWで帰宅しました。
長く病院に入っていたせいか、自宅なのに
突然か細い声で 「先生、呼んで」。
家やで。と言うと、「あ~そう。よかった。」。
こんな会話が数回。
そして、夜になると出る熱。
朝や昼間は、36℃台。
でも、寝る頃には、37℃超え。
帰宅初日は気づきませんでしたが
昨日、一昨日と 37.1℃。
今日も、10時と3時で計ってみると 36.5℃ぐらい。
でも、5時頃計ると 37.2℃。
さっき再度計ってみると 36.4℃。
病院に行ったほうがいいのか、よくわからず
とりあえず、もう少し熱が上がるようだったら・・・と思っていますが。
それから、腰の下あたりにできた褥瘡。
昨日、「キズパワーパッド」を買ってきて、貼りました。
痛みが少し治まったようで
「痛い?」と聞いても 「いや・・・大丈夫」。
いろんな思いがぐるぐる回り、ケアマネさんに褥瘡対策をうかがいました。
寝る姿勢だけなのかと思ったら、栄養不足が原因と聞き、びっくりしました。
食べる量がかなり減っている今
いくら栄養、栄養といっても、摂取量と消費量が合わないようで。
高齢者とはいえども、呼吸する、食べる、寝る、そのすべてにカロリーがいる。
そして、体を構成する栄養がいる。
でも、母の食べっぷりは、悲しいほど少ないです。
ゆっくりゆっくり食べてくれるけど
食が進まなければ、家なら 「そういえば、○○もあったけど、食べる?」
なんてことも言えますが
デイでは、当然 出てきた食事しかない。
これは当たり前です。
ゆっくりと完食しても、もともとの量が少なければ、やっぱり栄養は少なくなる。
ふいに、先日お母様が亡くなった友人の言った言葉を思い出しました。
「食事をしなくなったら、あちらの世界へ行く準備を始めている」
母の食事が減り始めていることをしっかりと受け止め
私は、もう一度、今 自分がどうするべきかを考えました。
高1の夏、父が他界してから、母と二人。
泣いたり、笑ったり、ずっと二人三脚で歩いてきました。
あれから、ずいぶん年月がたち、
認知症という病に母を追い込んだこと
働くことと母のそばにいていれないこと
この板ばさみを背負って 私は一人で走りました。
この10年、ずっと走ってきました。
しんどいとか、辛いとか、そんなの言い訳だと思って、突っ走ってきました。
でも、気づくと自分の心臓は壊れ、一刻も猶予がないと突きつけられた時
まず思ったのは、母のこと。
どうしたらいいんだろう・・・。
手術して、自宅療養して、職場復帰して。
そこには、戻ってきた家には、母はいなくて
私は自宅、母は施設。
この生活を早く打開したくて、仕事を頑張った。
しんどいなんて言わない。
絶対負けない。
でも、戻ってきた母と向き合うには、私の体は弱くなりすぎていました。
去年の高熱から4ヶ月半。
さらに、状態が悪くなった母と、もうこれ以上離れているわけにはいかない。
今こそ、私の最後のファイトをみせなくちゃ。
何をどうとっても、決して良い方に動いていません。
それは、誰に聞かなくても、私自身が一番よく感じています。
GWが明けたら、また母をデイのお泊りへ行かせる予定でしたが止めました。
毎日、母の顔を見よう。
毎日、母の帰宅を待ち、笑顔で迎えよう。
毎日、毎日、毎日。
あとどれぐらいですか?
あと何回 母の笑顔を見られますか?
置いていかれることが怖くて
胸が張り裂けそうです