また症状が進んだかもしれません。
母の精神的な落ち着きは保たれていて、とても良い状態ですが、私のことがどうやら分からなくなってきたようです。

以前から私のことを自分の母親(私の祖母)だと思っていたり、自分の姉だと思っていたことは、たまにありました。

今日、おトイレの世話をしていて、母が「ほんまに申し訳ないなぁ」。
そんなに思わなくていいでというと「だって義理やのになぁ」。


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義理?

誰が?

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私が誰か分かってる?


妹やん。


あなたの下には弟しかいてないよ。


だから義理の妹やんか。


私の名前を聞いたら、それは合っていました。
私が娘なのを理解できなくなっていたとしたら、接する態度が穏やかなのもわかります。
遠慮しているということ。
だって、母にとって私は他人なんだから。


母と私は身長差が15センチほどありますが、体重は母のほうが10キロ重いので、扱うのが大変です。

昨晩、車椅子からベッドに移動させる時、あまりにも足が出なく、全体重を私の腕に預けるので、重くて重くて我慢ならず、ベッドにドサッと座らせてしまいました。


ほんまにあんたは荒いな。
優しそうに見せて、本性だしたな。



本性って。。。
私を他人と思ってるからそんなふうに言うわけ?

病気のせいだから、と思おうとしても涙があふれました。



今週は金曜日に年休を取り、ショートを一日少なくしました。
母が少しでも気分が楽になれるように、そして、介護保険の単位が超えないように、両方のことを考えてのことです。


毎回、デイを嫌がり、ショートを嫌い、ほんとに「慣れ」ているのか心配になります。
でも、様子を見にいくと、それなりにやっているようなので、ただ家から出るのがイヤなんだろうな。。。


ふと、母の人生を考えた時、今までどれぐらい笑って来れたんだろうと思います。
たくさんの辛いことを乗り越えて来た人生で、私がどれだけ笑顔にしてあげられただろうと思うと、ちょっと申し訳ないです。



今、ショートにとてもかくしゃくとしたおじいさんがおられます。
92歳だそうです。

支那事変(日中戦争)に3年行っていたことが自慢(?)なようで、顔を見るたびにその話をされます。
最初はとてもしっかりした口調と姿勢で話されるので、どこが悪いんだろうと思っていましたが、5分前に話した支那事変のことを何度も言われるので、あぁこのおじいさんも認知症なんだと分かりました。


新しい政権が誕生し、これからいろんなことをやっていくんだと思いますが、介護に関わる対策をどれだけやってくれるのかは疑問です。
これから介護の現場の実態調査をするそうなので、政権が維持されている間に何かの進展があるとは残念ですが思えません。

支那事変のおじいさんやうちの母のような、地道に働き、地道に戦後の日本の復興に貢献してきた人達に、いつになったら「今まで頑張ってきてよかった」と思える日本が来るのでしょうか。


急がないと命のタイムリミットに間に合わないかもしれないことを、鳩山さん、気づいてください。