この頃、テレビをほとんど見なくなりました。

母が家にいるときは、じっと座ってゆっくりする時間がありません。
家事をしながら母の様子を見、母に呼ばれたらすぐに部屋へ行く。
すぐに行かないと「どないしたん?」と立ち上がって私を探がそうとします。
もう自力ではほぼ歩けなくなっているので、転倒する危険があるので、呼ばれれば急いで部屋へ行かなければなりません。

ある時は子供になり、ある時はイジワルばあさんになり、でもベースは「私の親」なのです。

ちょっと私の姿が見えないと心配します。
たまに、うとうとと寝ていてふと目が覚めた時、私がいないので、子供が母親を探すように用もなく名前を呼ぶような時もありますが、私が台所で少し咳でもしようものなら、どないしたん?風邪やないか?大丈夫か?と大騒ぎです。



咳しただけやん。



そんなに広いマンションではないので、声はどこにいても聞こえます。
姿だって見えなくないんです。

でも、母の耳は聞こえにくくなり、視野は狭くなり、私の姿を追いかかけることができません。

「大丈夫やで」と台所で私が答えても、母の耳には届きません。



もう返事ぐらいしぃや。
ほんまに冷たい子やなぁ、あんたは。
と母は怒ったようにぶつぶつ言います。



用事してるんですけど
忙しいんですけど
ちゃと返事してるんですけど


私もイジワル娘になっています。




母がショートに行ってた時、少しだけテレビを見ました。
なんとなく付けたのが、フジテレビ系「ザ ベストハウス123」。

たまたま介護の話題でした。
(最近こういうことがよくあります。たまたま見たら介護の話題だったって)
今は介護経験者の本がたくさん出ているそうで、そのうちの一つ、大阪府下の市長さんが奥さんの介護をされていた話がベスト3に入っていました。

今まで家事もしたことない市長さんが奥さんの介護をする。
映像で拝見して大変だったんだなぁと感じました。
でも、あの映像は特殊な事例ではなく、今介護をしている人すべてが抱えている苦労です。

思うようにならない意思疎通。
空回りする介護する側の心。
そして挫折。

「もうあかん。二人で死のう。」と市長さんは思われ、車で死に場所を探したそうです。

苦しみから逃れることは死ぬことで解決するかもしれませんが、なんで死ぬんですか。
生きたくても生きられない人がいるというのに。
命を大切にしなければ。
死んだらあかん。
絶対にあかん。

私もこれから先、どうなっていくのか不安で不安でたまりません。
でも、死なないです。

母の年齢を考えると、あと30年も40年も生きてはいません。
カウントダウンに入ってる母の人生を、これからどう母に接していけば私が後悔なく私の残りの人生を生きていけるか、それを考えたら死なないです。

介護に「これがベスト」というものはないと思います。

自分が認知症になったことがないからです。
自分がなってみて、初めてなんでも気がつきます。
残念ですが、そこが人間なところです。

市長さんが結局行き着いた答えは「すべて受け入れる」でした。
もうとっくに成人されている息子さんのことを未だ子供のままの記憶でしかない奥さんから、雨が降ってるから息子さんを迎えに行ってほしいと言われたら、「ほな行ってくるわ」と部屋を出られる。
そしてしばらく隠れていて、「雨降ってへんかったわぁ」と奥さんの部屋に戻られる。
奥さんは「あら、そう。ありがとう。」と微笑む。


専門家の目から見て、これが介護をするベストな対応なのだそうです。


***** すべて受け入れる *****


夫婦間ならできるかもしれないと思いました。
大人になってから出会っているから。
でも、親子の場合・・・母親として彼女に育てられてきた期間が長すぎます。
母親を全面的に頼り切って大きくなってきた子供が、母親の消えていく記憶に付き合い、すべて受け入れ、同じように話を合わせる。。。


こんな悲しくて、こんなつらい修行を私はしなければいけないなんて。




助けてと言ったら、母がかわいそうなので、せめて言わせてほしいです。


苦しいよ